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私たちが存在し過去と未来をもつことできるのは、現在においてである

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 一定の時間とひとつの歴史をもつこと、それが未来と過去とをもつことである。私たちは現在をもってはいない。現在は指の間から逃れてしまう。とはいえ、私たちが存在し過去と未来をもつことできるのは、現在においてである。現在というもののこの逆説--すべてでありかつ何ものでもない--は人間の思考と同じだけ古い。
    --E.レヴィナス(西谷修訳)『実存から実存者へ』講談社学術文庫、1996年。

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こんばんわ、宇治家参去です。

25時過ぎに帰宅して、ようやく年内の仕事が終わりましたっ!

元旦はお休みです。

ちょいとこれからいっぺえやって沈没船というところでしょうか。

「蒲鉾にお金を惜しんではいけねえよ」っていう忠言は誰もしてくれませんが、ちょいと小田原の鈴廣の結構上等なやつを買ってしまいました。

黒豆は自分で煮てみました。

薄味ですが、いい感じに仕上がっておりました。

今年一年がみなさまにとっていい年でありますように祈りを込めながら、さあ乾杯です。

まさにレヴィナス老師(Emmanuel Lévinas,1906-1995)がおっしゃるとおり、現在という時間は、「指の間から逃れてしまう」ようなアイマイな存在です。しかし「私たちが存在し過去と未来をもつことできるのは、現在においてである」わけでもありますから、ちょいと現在を叮寧に生きていこう……盃をかわしつつ、そのように思う宇治家参去でした。

おやすみなさい。

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