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何も引用しない・・・不真面目な一日

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毎日、コツコツと研究を続けております。
毎日、さやさやと本は必ずひらきます。

金曜日はひさしぶりに市井の職場も学問の商売もお休みでした。

ゆっくり寝てしまいました。

昼過ぎにおいてから、たまっていたDVDで映画を見ていました。

小津安二郎『お早よう』(1958、松竹)
野村芳太郎『拝啓天皇陛下様』(1963、松竹)

前者は何度もみておりますが、シャープな佐田啓二(1926-1964)と、朗らかな久我美子(1931-)のやりとりがほほえましく、後者は、渥美清(1928-1996)と長門裕之(1934-)のコミカルな演技にたまった疲れがいやされるというものです。

映画を見てから、少々、バルト(Karl Barth,1886-1968)の『教会教義学』をひもとくものの、あたまにはいってこず……。

短大の試験とレポートの採点もあります。金曜日に届けられた通信教育部のレポートもひとやまあります。

ですけど……。

たまには、「不真面目に」「何もやらない」「一日」がたまにはあってもよいのではないだろうか・・・と思い起こしてから、バルトの著作を閉じ、たまった仕事も「要 処理」とのラベルを貼ったBOXへ移しただけで、何もしませんでした。

日本社会はまじめであることが第一義であることを要求するシステムとして成立しておりますが、こればかりが先に立ってしまうと、何かがあったとき折れやすい鋼鉄となってしまいます。だから3割ぐらいは「不真面目」な部分も必要だろうというのが宇治家参去の人生訓です。

ですから、何もしなかったついでに、息子殿のはがきが雑誌に掲載されたお祝い?もかねて、寿司へ行ってしまいました。

宵の口から飲み始めてしまい、また早々と寝てしまう始末です。

ですけど何もしなかったおかげで、さあ、今日からまたがんばります。

たまには不真面目に何もしないで一日を過ごすことって必要だと思うのですが・・・。

ただ細君にいわせると、宇治家参去のもともとの性根が「不真面目」だから、真面目な人が改めて「不真面目な一日」を意識的に送るようなことはしなくてもよい……とのことだそうですね。

やれ、やれ。

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