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【研究ノート】「文化内開花」の諸問題--「喜んで折り合い」がつきすぎないように……

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歴史家トインビー(Arnold Joseph Toynbee,1889-1975)は仏教に比較的好意的な見解を臆面もなく語り、その非・戦闘的性格に調和と寛容の理想像を見出したわけですけれども、そのことを受け入れつつも、手放しでは受け入れることもできず……などとアンヴィヴァレントな状況に佇む宇治家参去です。

全く異なる伝統と向かいあった場合、たしかにオリエントに由来する諸世界宗教は、ある種の戦闘的なスタイルをもって対峙するのに対し、、西アジア~東アジアで展開した仏教諸派の性格は、戦闘的というよりはトインビーの指摘するとおり「それらと喜んで折り合い、単に共存するだけでなく共同生活をするようになった」歴史であり、いうなれば「平和的な気風」というスタイルをその特徴として指摘することが可能でしょう。

たしかに言われる通りなんです。

ただ、その「喜んで折り合い」がつく場合、場合によっては、折り合いを超え、本来の性格とは著しく変容したスタイルへと転化した例も散見されますので、調和と寛容の理想像であったとしても、そうした負の経緯を自覚する必要もあるではないかと思います。

オリエントに由来する諸世界宗教の場合、例えばローマ・カトリックや世界布教に出向いていったプロテスタント諸派の動向を振り返ると、確かに、「倫理的に間違っている」ようなあり方とか、「布教の対象となった地域に存在するすべての宗教を撲滅しよう」とする戦闘スタイルがあったことは否定できません。

ですからそうした経緯をふまえた上で、第二ヴァチカン公会議以降、戦闘的な輸出というスタイルからの転換が模索されました。

例えば「文化内受肉」という議論がそれに当たります。文化内受肉とは言ってみれば、キリストの福音を知らない全く異なる文化の土壌に対して、その土壌を徹底的に根絶やしにして、いわばコンクリートで大地を埋めてそのうえにビルディングを建て、西洋的なオフィスの中にmade in EUの造花を添えるというスタイルを改め、そうではなく、その文化土壌の上で、イエスの福音を生花として開花させるべき……という議論がでるようになったわけです。言葉を変えれば、単なる輸出(それは西洋文化と渾然一体になったもの)から、本質を失わずに、その地域や伝統に根ざした発展・展開への転換といってもよいでしょう。

負の経緯を自覚しての新しい展開といってもよいでしょう。
今後どのように展開されるのかは、後世の歴史家・思想家・神学者の手を待たねばなりません。これまでに存在しなかった「折り合い」とは異なる方向性でありますし、文化的相対性は認めるものの、本質の絶対性は維持された展開がどのようになるのか、見まもっていきたいと思うものです。

さて……。
仏教の場合、すべてがすべてではありませんし、折り合いを避ける伝統もありますので、一色単には言えませんが、えてして、「折り合い」の過程で、ややもすると本質が換骨奪胎されてしまうケースが多く、いうなれば本質の絶対性そのものまでが変容してしまうことが多々あったことは否定できません。
たしかに異なる文化伝統に対して「それらと喜んで折り合い、単に共存するだけでなく共同生活をするようになった」歴史がそれであり、いうなれば「平和的な気風」というスタイルをその特徴としておりますので、それが過度に進行してしまった場合、本質変容がかんたんに行われてしまいます。

その場合、調和とか寛容といった問題ではなくなってしまう……のではないのだろうかそう思う所であり、本質が変わってしまった場合、異文化上における当該宗教・文化の展開を超え、異なるものへの変容=本来性の廃棄になってしまう……そう思う宇治家参去です。

ただこの見解は、オリジナルなものをオリジナルなものとして保存しようとする伝統的な西洋形而上学の発想、キリスト教的一元論の籠絡に絡め取られた黴くさい神学者的憶見に過ぎない、とポストモダニストとか東洋学者には難じられることは承知なのですが、それでもなお、その当該宗教がもつ代換不可能な、唯一性、絶対性、本来的な性格そのものまでが変容する段階にまで「折り合い」が進んでしまうのはどうだろうか……などと悩んでしまいます。

もちろん、すべてがすべてそうであったわけでもありませんし、同じく文化内開花を模索する探求があることは承知です。

ただしかし、世の東洋至上主義……これはアンチ西洋の裏返しであることはいうまでもありませんし、ポストコロニアル批評のサイード(Edward Wadie Said,1935-2003)が『オリエンタリズム』で表象したとおりですが……というものが、こうしたトインビーのいうような好意的な見解を手放しで喜ぶ様を見てみますと……なんだかなという違和感を否定することができません。

そうした歴史を踏まえた上で、ではどのように展開していくのか、そのことを把握しておかないと、たとえ、暴力的でなく平和的であったとしても、問題は生じてしまう……そのように思われて他なりません。

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 宗教の自由を認める第一の、そして最も明白な理由は、任意の確信に基づかなければ真のものではあり得ない改宗を力によってもたらそうとすることは、倫理的に間違っている、ということである。一人前の人間の強制的な改宗は事実不可能である。彼に強要することができるのはせいぜい、刑罰や殉教の脅威を前にした誠意のないうわべの信仰である。一方子供は、早くから新しい宗教によって教育し、本当に改宗することができる。トルコ政府によって募集され、トルコ帝国の支配者となるように教育されたキリスト教徒の子供たちは、強制的にキリスト教から回教に改宗させられたわけではなかった。しかしこれらの子供の中には、その教育が終わる前に自然に回教徒になった者がいるという例が知られている。これらの子供たちはキリスト教徒の家庭から連れ出された時から、全く回教的な環境と雰囲気の中で育てられた。自然、彼らには、人間が信奉する宗教として考えられる唯一の宗教は回教だと思われるようになった。彼らが回教を選択することは不可避的であり、強制されたからではなく、代わりに選択すべき如何なる宗教も、知力の及び範囲にはすでに残されていなかったからである。子供の時にいろいろな宗教の中からどれかを選択する機会がないのは従来、トルコの献上児童に限らず、あらゆる時代のあらゆる社会における、あらゆる子供たちについても一般に言えることだった。子供は当然、両親とか教師とか、その教育を託されている大人の宗教によって育てられる。年上の世代の教育政策が如何なるものであるにせよ、自分の宗教を自分一人で選ぶことができないのは、子供時代の先天的な無力の一つだろう。しかし今日、人類がめざして動いている新しい普遍的な社会においては、人が分別盛りに達した時、自分で自分の宗教を選ぶことができるように、徐々になることを期待してもよいだろう。
 宗教の自由を認めるもう一つの理由は、人間の諸権利の一つは、真理についての様々な概念や救いに関する種々の掟のすべてについて、何の拘束も受けずに学ぶ権利であるということである。私たちは各自、それらの一つ一つを知り、自分自身の判断によって受け容れたり否認したりする権利を持っている。人間のこの聞き、学ぶ権利は、これに対応する教え導く権利を前提としている。ある人が発見あるいは啓示によって、真実のちょっとした閃き、救いを得る方法の断片を会得したという確信を持った時、この霊的な財産を同じ人間仲間と分け合おうという衝動や義務を感じないならそれは非人間的だろう。誰かを改宗させたいと望むことは、その人の幸福を思っている証拠である。そして布教師の対象となった者自身、たとえ布教師の親切がうるさくとも、その意図は慈悲深いものであることを心にとめなければならない。
 これまで世に現れた伝道的な宗教や思想のうち最もうるさくないのは、最も古い仏教である。仏教の布教は、仏教自体が寛容なために柔軟である。仏教は、布教の対象となった地域に存在するすべての宗教を撲滅しようとはしなかった。仏教はそれらと喜んで折り合い、単に共存するだけでなく共同生活をするようになった。この平和的な気風によって、仏教は激しい反対を引き起こすことなく広まった。西南アジアに源流を持つ伝道的宗教とイデオロギーは--キリスト教、回教、そしてキリスト教以後の三つのイデオロギー、すなわち共産主義、個人主義、国家主義--より戦闘的であり、それらが引き起こした反対もそれに応じて活発だった。例えば今日のインドにおけるキリスト教の布教事業は、聡明で有能なヒンズー教徒の、政治家であり、政治評論家であるK・M・パニッカールによって厄介なものであるとして鋭く批判されている。彼の今日のキリスト教の布教事業に対する反撥は、西暦の初めの二、三世紀間の、教養あるギリシア人およびローマ人のキリスト教に対する反撥と同じものである。そしてまた、共産主義の布教事業に対する、今日の西欧世界における裕福な、保守主義的なひとびとの反撥とも同じであることは、興味深く啓発的である。
    --A.J.トインビー(吉田健一訳)『現代が受けている挑戦』新潮文庫、平成十三年。

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