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われわれにとって心はつねに理性よりも身近である

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 われわれにとって心はつねに理性よりも身近である。そして理性の問題はなんとか片がつけられても、心の悩みは容易には解かれるものではない。そのため私には心の問題が、つねにもっとも重要なものに思えた。愛情のはかなさ、人間の心のうつろい易さ、道徳的感性、あるいはまた、それらがわれわれの本性のなかで結び合って、人生の謎と見なされるようになるあらゆる高遠なもの、深遠なものについて、私は倦むことなく思いをめぐらした。この場合も私は、私を苦しめるものを歌に、エピグラムに、あるいは、なんらかの韻文にして、それから逃れようと務めた。しかしそれらのものは、きわめて個人的な感情、きわめて特殊な事情にかかわるものであったので、私自身のほかは、ほとんど誰の関心もひかなかった。
    --ゲーテ(山崎彰甫訳)『詩と真実 第二部』岩波文庫、1997年。

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真剣に、正気なところ、出勤するのがだるかったのですが、不思議なもので、仕事へはいると、すぱっとアタマが切り替わり、その「モード」へ転換するものですから、人間精神……ここでいう人間精神とは俗流合理主義の説く色心二項論ではなく、その両者をふくめた意味でのトータリティといいますか、現代思想の言葉を使えば「総和」としてのホーリズム(Holism)と言ったところでしょうか……の奥深さをかいま見るある日の宇治家参去です。

とりあえず、年始ですので、大変な混雑もなく、悠々?と仕事をした次第ですが、おかげで休憩も悠々とゆっくりととらせていただきましたので、その間に大学へ返却しなければならない事務的な書類を片づけ、論文執筆用の資料に目を通して、かんたんな入力作業を終えることができました。

さきほど、その推敲が完成したところです。

さて、、先に人間の奥深さについて、仕事へ接する状況認識からちょいとふれた次第ですが、その人間の奥深さを物語るキーワードに、理性と感情という問題があるかと思います。

これはひょとすると自分だけかもしれませんが、理性的であろうとすればあるほど、感情に振り回され、感情的であろうとすればあるほど、理性に振り回されてしまうことがしばしばです。

理性!ってストロングにいってしまうと、結局感情が先にたち、支離滅裂になってしまう。そして、感情!ってダイレクトにいってしまうと、結構、理路整然とものごとと向かいあっているところがある……という消息です。

どちらかにこだわるのではなく、その職分をわきまえたうえで、ナチュラルにそれを使いこなしていきたいものだよな……そう思われて他なりません。

ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe,1749-1832)はそうした二律背反を乗り越えるために、創作に心血を注いだそうですが、自分自身も活字を使いこなすなかで、かくありたい……そう思う次第です。

……ということで、ひとつの書類作成が終わりましたので、さあ、いっぺえやって寝ます。

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