« 「日々眼前に行われる平凡なる現象を分析し解釈することによって、最も具体的なる人生の相を理解」しようとした一事例??? | トップページ | 心にかなう道を、目に映るところに従って行け。 »

【覚え書】「『本州に核持ち込み』 米軍、沖縄から 元当局者が語る 1966年」、『毎日新聞』2010年2月25日(木)付。

01_dsci0136

-----

「本州に核持ち込み」 米軍、沖縄から 元当局者が語る 1966年
 【ワシントン共同】ライシャワー元駐日米大使(在任1961~66年)の特別補佐官を努めたジョージ・パッカード氏が、米外交専門誌「フォーリン・アフェアーズ」最新号で、米軍が1966年に沖縄から本州へ核兵器をひそかに持ち込んでいたと明らかにした。
 パッカード氏は60年の日米安全保障条約改定時、米軍の艦船や航空機が日本に立ち寄る際に核を搭載することを可能にする「密約」が結ばれたと指摘。66年の例については、具体的に本州のどこに、どれだけの量が持ち込まれたかなどには言及していない。
 日本は67年12月に当時の佐藤栄作首相が国会で、核兵器を「持たず、つくらず、持ち込ませず」とする非核三原則を公式表明している。日米両政府は安保改定の際に交わした交換公文で、米軍の核持ち込みについて「事前協議」の対象となるとした。日本側に事実上の拒否権を付与した形となっているが、米側から事前協議開催の申し入れが行われたことはなく、日本政府は「事前協議がない限り、寄港も含め持ち込みはない」との見解を堅持してきた。
 ライシャワー大使は63年、「核を積んだ艦船と飛行機の立ち寄りは『持ち込み』ではない」との解釈の確認を当時の大平正芳外相と行っている。
    --「『本州に核持ち込み』 米軍、沖縄から 元当局者が語る 1966年」、『毎日新聞』2010年2月25日(木)付。

-----

まあ、だいたいそんなことだろうなあと想像はできているといいますか、是非は問わないにしても、そうはいわれていなけれども、まちがいなくそういうことはあるんだよなあってことってよくあるんです。

ですけど、それに対して「そうなんだよな」って、断定ではなくとも、確証するような言葉が出てくると、う~んとうなってしまう宇治家参去です。

ことがことだけにだからでしょうか。

ブッシュ政権以降、核の問題が耳目から払拭され、目の前の火の消しあいにばかり注目させてしまうようなメディアの利益誘導の傾向が顕著に見られるわけですけど、その存在の問題としてはまったく時代はかわっていないということは認識する必要があるのでしょうねぇ。

03_dsci0143 02_foreign

Foreign Affairs [US] March April 2010 (単号) Book Foreign Affairs [US] March April 2010 (単号)

販売元:Council On Foreign Aff
Amazon.co.jpで詳細を確認する

|

« 「日々眼前に行われる平凡なる現象を分析し解釈することによって、最も具体的なる人生の相を理解」しようとした一事例??? | トップページ | 心にかなう道を、目に映るところに従って行け。 »

覚え書」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/451663/33541647

この記事へのトラックバック一覧です: 【覚え書】「『本州に核持ち込み』 米軍、沖縄から 元当局者が語る 1966年」、『毎日新聞』2010年2月25日(木)付。:

« 「日々眼前に行われる平凡なる現象を分析し解釈することによって、最も具体的なる人生の相を理解」しようとした一事例??? | トップページ | 心にかなう道を、目に映るところに従って行け。 »