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言葉に目がしみる

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 火がおこされ、槌が打たれ、日夜、埃と騒音にみまれてたゆまず仕事が続けられてゆくうちに、楽器が作り出されたのである。この過程を一つの客観的な事実として考え、その進化の跡をたどることもできよう。しかし、音楽が奏でられるときには、それぞれが互いに矛盾する性質をおびているにもかかわらず、全体として、それぞれが音楽表現のための仕事の一部であったことを、われわれは知るのである。長い歳月の後に人間にまで到達した進化の過程は、人間との一体化(ユニティー)において理解されなければならない--もちろんそれには、人間において新しい価値をおび、それまでとは違った道を歩み始みはじめたのではあるが。それは、人間のうちに自らの意味を見出す、たゆみない過程なのである。そしてわれわれは、科学が語るところの進化も、人間の世界の進化であることを認めなければならない。背革も扉も、書物そのものの部分である。同様に、われわれが感覚や知性や生活経験をとおして認めるこの世界は、われわれ自身と完全に一体化している。

 この神聖なユニティーの原理は、つねに、内面的な相互関係の原理であった。このことは、地球上の多細胞の生物の進化における、初期のある段階に啓示されている。その最も完全な内的表現が、人間の肉体のなかで成就されたのである。しかし、なによりも重要なことは、人間はまた、みずからの肉体組織の外の、いっそう微妙な組織体のなかでもそれを実現したいという事実である。人間は孤立すると、自己を見失う。すなわち人間は、広い人間関係のなかに、自らのより大きく、より真実な自己を見出すのである。無数の細胞から成る人間の肉体は、生まれては死んでゆく。しかし、無数の個人から成る人間性〔人類〕は不滅である。人間は、このユニティーの理想において、自らの生命のうちにやどる永遠性と、自らの愛のうちにやどる無限性を実感するのである。ここにおいてユニティーは、たんなる主観的な観念にとどまらず、活動源的な真理となる。それにどのような名称を与えようと、またそれをどのような形で表わそうと、このユニティーの意識は精神的なものであり、そのユニティーにたいして真実であろうとするわれわれの努力が、すなわち、われわれの宗教である。そのユニティーは、たえずわれわれの歴史において、ますます完全な姿で啓示されることを待ち受けている。
    --R.タゴール(森本達雄訳)『人間の宗教』第三文明社、1996年。

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2月になって大学の仕事もほぼほぼ終わり……ただレポートの添削だけは季節にかかわりなく無限に進行していきますが……自分自身の研究と教育の仕込作業に集中できるようになったわけですけども、マア、この作業というのが作業としては確かにひとりでコツコツやる作業です。

しかし、決してひとりで、他者から孤立してやっているわけでもない……そんなことを一人で「作業」しながら感じることが多々あります。

そしてこれは研究とか教育の孤独な一人の仕込作業にだけ限定された問題ではなく、市井の仕事にいってもそうですし、家庭人として振る舞うときもそう感じることが多々あります。つまり、物理的・時間的には確かに〝閉塞〟された、他者から〝切り離された〟環境であったとしても、なんからの関係世界のなかでの自分を意識しながら、そして意識するだけでなく、なるべく自己から世界や事物、人間に対して「孤絶」し、「引きこもっていく」ことを、本能的に避けようとしている……とでもいえばいいのでしょうか。

たえず、全体のなかでの自己自身。
そして自己自身のなかでの全体。

その関係を分断することなく、相即的に取り組むなかで、人間は人間へと成長していくでしょう。

さて……。
この他者というのは厄介です。
他者という人間の存在は確かに頭に来たり、悩みの種になったり、苛ついたり、自己自身を当惑させる「異邦人」として出現します。そして面前に存在しなくても、不在の「異邦人」が当惑させる存在として機能することもまた然りです。

しかしながら、言う前もありませんが、それだけが「異邦人」のすべてではないのだろうと思います。

頭に来たり、悩みの種になったり、苛ついたり、当惑させるように、そしてその反対のあり方であったりしても、そうさせるということ自体が、「それぞれが互いに矛盾する性質をおびている」という自然なんです。

同じでないからこそ、そうなるのが当然の通りなんです。

ですけど、違うからこそ、「音楽が奏でられるとき」のようなハーモニーにもなるはずなんです。

この他者との関係性のなかで、マア、凹むこと頭に来ることのほうが多いわけですが、決して「孤絶」し、「引きこもること」なく、全体の音色を奏でていく自己自身へ、勇気をもって選択していきたい……そう思うある日の宇治家参去です。

文豪ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe,1749-1832)は「人間はひとりでは偉くなれない」と喝破し、コツコツひとりでやることも大切だけれども、他のひととやっていくことの大切さも指摘しております。

コツコツやりながらも、他者との豊かな関係性のなかで、たえず全体へかかわっていく……そういう選択をしたいものだと思うわけですけれども……。

さて……。
本日は休みでしたので、レポート添削で終日がおわりました。
26日が返却締め切りでしたので、「なんとか無事終わった」という実感です。

書かれた皆さんはたしかに「原稿用紙」の「マス目」を埋める「孤独な作業」に徹してこられたことだと思いますが、それは決して孤立した孤独な作業ではありません。

ぜんたいのなかでいる自分自身の作業として受け止めることで、すこし違った趣がでてくるはず、踏み込んで言うならば、タスク消化の学習ではなく、生きる希望、喜びとしての学習に転換するのでは……と、そう思う次第です。

ただしかしながら……。
一日中、家の中におりますと気が滅入ってしまいますので、花粉をものともせず、大学への返送のために宅急便センターへとぽつぽつと散歩です。

今日は手袋が入らないほどの陽気です。

……ということで???

帰宅しますと、早速次のレポートの山の登場です。

嬉しいですね。

ともあれ、詩聖・タゴール(Sir Rabindranath Tagore,1861-1941)の言葉「人間は孤立すると、自己を見失う。すなわち人間は、広い人間関係のなかに、自らのより大きく、より真実な自己を見出すのである」はしみますね。花粉以上です。
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