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「等価物を絶対に許さないものは尊厳を具有する」から悩むんです

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目的の国では、いっさいのものは価格をもつか、さもなければ尊厳をもつか、二つのうちのいずれかである。価格をもつものは、何かほかの等価物で置き換えられ得るが、これに反しあらゆる価格を超えているもの、すなわち価(あた)いのないもの、従ってまた等価物を絶対に許さないものは尊厳を具有する。
 傾向と欲望とは人間に通有であるが、これらに関係するところのものは市場価値をもつ、また欲望を前提しないで、或る種の趣味に適うもの——換言すれば、我々の心情の諸力によるまったく無目的な遊びにおいて生じる適意は、感情価をもつ。しかし或るものが目的自体であり得るための唯一の条件をなすものは、単なる相対的価値すなわち価格をもつのではなくて、内的価値すなわち尊敬を具えているのである。
    カント(篠田英雄訳)『道徳形而上学原論』岩波文庫、1976年。

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本日は勤務する短大の一般入試の日でした。
さきほどいっさい無事故で終了しました。

本年は四十七都道府県すべての地域から応募があり、この大学淘汰の時代において、短期大学であるにもかかわらず、実質倍率6倍という驚異的な大学であることに驚くとともに、そこに関わっているという責任の重さに押しつぶされそうになってしまう宇治家参去です。

イマヌエル・カント(Immanuel Kant,1724-1804)は、人間の「等価」不可能性に、その尊厳の根拠を見いだしたわけですが、それと対局にあるのが試験という判断基準・制度かもしれません。

もちろん、すべての受験者を受け入れることができませんので、試験というような判断基準をもって対応せざるを得ないのですが、それが「人間の尊厳」を思索するナイーヴな倫理学徒、チンケな神学者の宇治家参去としては、忸怩たるとでもいえばいいでしょうか、何か居心地が悪く……という始末です。

もちろん異を唱えるわけではありませんし、そうした制度が必要不可欠であることは、2歳や3歳のネンネではありませんので、承知は承知なのですけれども、胃の腑がぎゅっとしめつけられるような感覚を抱かざるを得ません。

ただ、こうした感覚が抱けるということに、それでよしとしない精神構造を維持できているのであるとすれば甘受せざるを得ません。

なにしろ人間とは「あらゆる価格を超えているもの」「価(あた)いのないもの」「等価物を絶対に許さないもの」、すなわち「尊厳を具有する」ものですから。だからこそ、その「尊厳を具有」という事実を忘れてはならないのでしょう。

いずれにしましても、新学期に教室で対面された際は、よろしくお願いします。

また、すべての受験者のみなさまへ。
本学を受験してくださいまして、ほんとうにありがとうございます。
公私ともにいろいろと悩むことが多い自分自身もはちまきを締め直して、向かい合っていきたいと思うばかりです。

ありがたくも本学創立者より受験生の皆様にメッセージがありました。

「(受験された皆様すべては)生命の次元でとらえるならば、皆短大生であります」。

最後に、

「風邪を引かないように」

……とのことです。

ありがたいことです。

ともあれ、いっさい無事故で終了できました。

後期の成績もつけ終え、一般入試もすみましたので、あとは卒業式を待つばかりです。

……ということで、朝から一日中はりつめておりましたので、これからちょとゆっくりさせて頂きます。

ちょいと「ツキノシズク」の住人にでもなってこようかしら・・・?

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