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『人生のちょっとした煩い』

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 何年か前、秋田の大館へいったとき、このごろはセミの声をさっぱり聞かなくなったということを聞いた。いったいなぜなのだろう?
 東京は昔とくらべたらますます大都市化しているが、声から判断するかぎりではセミの数はそう減っているとも思われない。セミは都市化に耐えてしっかり東京に住みついているいるらしい。
 それは多分、セミたちが子ども時代を土の中ですごすからではないか。ぼくは単純にそう思っていた。都市の空気は汚れているだろうが、土の中に車の排気ガスはそれほどしみこんではいくまい。だからそこで五年も六年もかけて成長するセミの子どもたちは、都市化の影響をあまり受けていないのであろう。他の虫が大幅に減ったりいなくなったりしている大都市東京でセミの数が減らないのは、きっとこういう理由だろうとぼくは思っていた。
 けれど先日聞いたところでは、東京でもセミの数は年々減ってきているという。もしそれが本当なら、どういう理由なのだろう?
    --日高敏隆「セミたちと温暖化」、『セミたちと温暖化』新潮文庫、平成二十二年。

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ここ数年、本屋には喫緊の用事がない限り出向かないように心がけております。
と……いいましても、やはり必要上から、訪問することはしばしばあるのですけど、基本的に「必要な」書籍は、amazonか、「スーパー源氏」という古本・古書の検索販売サイトにて入手するようにしておりますが、それでもやはり、今日中に必要であるとか、たまには気晴らしに……というときには本屋をのぞくことが時折あります。

どうして急な案件がない限り本屋に行かないかともうしますと、要するに必要以上に買い込んでしまう……ということがしばしば以上にあるからです。

1回の訪問でのマックス購入量は20万円という額が最大です。
この20万円という額は、きわめて例外であるにしましても、目的の書籍の価格が1000円であったとしても、まあ、ぶらぶらみていると次から次へと手に取ってしまいますので、だいたい5倍から10倍にはなってしまいますので、“喫緊の用事がない限り出向かない”ように心がける宇治家参去です。

結婚してからこのエンゲル係数ならぬ、ビブリオ係数とでもいえばいいのでしょうか……それがハンパ無く家計を圧迫するものですから、学問上どうしても必要不可欠なものは、「常識の範囲」でならば協議の上、可決。それ以外はamazonで月1万円を超えない程度の利用ということで予算委員会の審議が決しましたので、そのルールに則り、なるべく本屋を意識的に避けるようになってしまった次第です。

しかしながらそれでも行くのは行きますが、大枚をはたくことはだいぶ少なくなった次第です。
※ただ、amazonのカートにはすでに30万円分ほどぶっこんではおりますが、小出しにしか購入できないところが難ではあります、貧乏はつらいっス。

さて……。
昨夕は、昨夏出版された村上春樹(1949-)さんが翻訳したアメリカの作家グレイス・ペイリー(Grace Paley,1922-2007)の短編集『人生のちょっとした煩い』(新潮文庫、2009年)がなかなかブック・オフで手に入らないので……ちなみに節約のため、新刊本は基本的に、本をその価値でプライスしないブック・オフにて利用するよう心がけておりますが、、、嗚呼ビンボー臭い!……、いいかげんに、本屋で買うかということで、細君からちょいとお金をいただき、その他に必要な書籍もまとめてみていたわけですが、……大いなる失敗、しかもよくやる失敗をぶっこいた次第です。

上述の通り、本屋へ行きますと、1冊で済まないのが宇治家参去です。
図書館もむろん利用しますが、母親から「本を買うことにお金を惜しんではいけない」との家訓を年少より耳にタコができるほどきかされて育ったものですから、ある程度、「これとこれ」というのは頭に描きながら、訪問したわけですけど、それでもよくやる失敗をしてしまった次第です。

だいたい数冊から10冊程度はいっぺんに買いますので、いつも本屋に出向いて不便だなとおもうことがひとつあります。

スーパーなんかですと買い物かごがありますが、一部例外をのぞいて基本的にはセキュリティ都合もあり、買い物かごなんておいてある本屋はまれです。

そのおかげで要するに、カバンをもって、何冊も本を抱えながら、中身を確認しながら本を買おうとするのですが、その不自由な状況ゆえに、この本を買うかどうか迷って中身を確認しているとき、すでに購買を決定した本なんかを、その迷った場所の近くなんかに積み重ねてしまうわけなんです。

両手をすっきりさせてから、さあ、この本はどんな内容か、ぱらぱらってめくるわけなのですが、そのために、すでに購買を決めた本を、陳列された本の上にいわば借り置きするわけです。

そこで……。

事故が発生してしまうというやつです。

はい。

ぱらぱらめくっていた本を買うにせよ、まあこれはいいや!って戻すにしても、いったん、売り場に借り置きした購入予定の書籍を再び手に取るわけですが、、、

そこで……。

事故が発生してしまうというやつです。

はい。

売り場に借り置きした購入予定の書籍を再び手に取る際に、その本を置いて置いた売り場の本まで一緒にレジまでもっていくという寸法です。

レジまでいくと……、育ちの所為?でしょうか。
中身までは確認しません。

ですから帰ってから袋をあけると……、

「なんぢゃコリャ???」

……って記憶にない本が混ざっていることがよくあるんです。

だから、本屋は恐ろしいいんです。

だから、、、

「本屋へ行く」

……というと細君が眉をひそめ、

「欲しいのがあるなら、amazonにしておきなさい」

……と言われてしまう宇治家参去です。

さて……。
今回のオナモミ(Xanthium strumarium)のごとき“ひっつき虫”、“くっつき虫”は何でしょうか。

すでに持っている本でも、読んでしまった本でも、そして読むに足らない本でもなかったのが不幸中の幸いでした。

京都大学名誉教授の故・日高敏隆(1930-2009)氏の自然をみつめるエッセイ集『セミたちと温暖化』(新潮文庫、平成二十二年)がそれでございます。

日高氏の著作は数冊読んでおりましたので、今回はまさに“不幸中の幸い”というやつです。

本を選びながら、ある程度合計額は想定しており、とりあえず、本日は福沢先生お一人で100円前後おつりがくるなぁ~って思いつつ、会計をしておりますと、500円程度オーヴァーしており、しかたくカード決済したのですが、そのときに内容を確認しておくべきだったのかもしれませんが、存外にいい本を手に入れることができたという意味では、事故でなかったのかもしれません。

ともあれ、だからなかなか細君は本屋に宇治家参去を行かせてくれません。

ただこれは律儀な社会科学系の研究者ではなく、人間世界に鷹揚なちょいといい加減な人文科学の研究者であるわけですのでイタシカタナイというところなのでしょうが・・・、これほどいい加減という意味では、世の真面目な人文科学の研究者につっこみを入れられてしまうというものですので、イイカゲンな宇治家参去の“いいかげん”というところでしょうか。

ま、これが『人生のちょっとした煩い』というやつでしょうか。

……というところで、毎晩の晩酌に関しては落ち度なく念入りに準備をするという意味ではたんなる“イイカゲン”な宇治家参去というわけではありません。

夜になっても十五度を下回らない、初春らしからぬ初春ですので、湯豆腐よりも冷や奴!というわけでございます。

買い置きアイテムの「寺岡家の豆腐のつゆ」(寺岡有機醸造(株)/広島県)が届いたばかりでしたので、九条葱をきちんと切り、冷や奴をやった次第ですが、十五度をこえると、やはり冷や奴ですね。

さて……。
これも「温暖化」???

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セミたちと温暖化 (新潮文庫) Book セミたちと温暖化 (新潮文庫)

著者:日高 敏隆
販売元:新潮社
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人生のちょっとした煩い (文春文庫) Book 人生のちょっとした煩い (文春文庫)

著者:グレイス ペイリー
販売元:文藝春秋
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