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かなり暑いとかそれほどでもないとか、すごく悲しいとかそんなに悲しくないという言い方はよくなされるわけであって、、、

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 感覚、感情、情念、努力といった意識の諸感情は、減ったり増えたりできるものだと通常は認められている。なかには、或る感覚がそれと同じ性質をもつ他の感情より二倍、三倍、四倍も強いと言いうるのだと断言するひとさえいる。もっとも後で検討することにするが、こういうことを言うのは精神物理学者である。しかし、精神物理学者への反対者でさえ、或る感覚が他の感覚より強いとか、或る努力が他の努力より大きいとかいう語り方をすることに何の痛痒も感じないのであって、それどころか彼らは純粋に内的な状態相互のあいだに量的な差異を設けようとしているのだ。その上、この点に関しては、常識というものが何のためらいもなく判断を下してしまっている。かなり暑いとかそれほどでもないとか、すごく悲しいとかそんなに悲しくないという言い方はよくなされるわけであって、こうした量的多寡の区別が、たとえ主観的事実の拡がりのないものの領域にまでもち込まれても、驚くひとはいないのである。けれども、ここにはきわめてあいまいな点が、否、一般に思われているよりはるかに重大な問題が潜んでいる。
    ーーベルクソン(中村文郎訳)『時間と自由』岩波文庫、2001年。

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「生の哲学」の思想家として知られるアンリ=ルイ・ベルクソン(Henri-Louis Bergson,1859-1941)の営みとは、ひょっとすると、唯心論でもなく、唯物論でもない、生活世界と真理をとをつなぎ止める独創的な歩みではなかった……そう実感するところがあり、ひさしぶりにベルクソンをひもとこうと、鞄に入れてはいたのですが、市井の職場へ出勤しますと、これがマア、東京では大雪……ということで、ゆっくりと読書の暇をとることのできない宇治家参去です。

春の淡雪ですから、ほっとけば消えるとは思っていたのですが、それなりには激しく降っておりましたので、店長から、、、

「念のために、融雪剤を撒いておこうか……」

とのことで、二人してあらかたの雪かきをしてから、、、店舗の周囲や納品口などに散布した一日です。

「面倒なのでやめましょうよ」とはいわずに、、、

「風流なのでこのままにしておきませんか」

……とは申し上げたのですが、

「お客様が転倒した方が面倒なので、風流よりも労苦を選ぼう」

……ということで、雪かきデーとなった次第です。

雪とはみている分には「風流」でよいのですが、真正面から向かい合うと、これまた難儀なシロモノです。

ただしかし、雪と縁遠くなった東京ではやはり雪は珍しい季節のおくりものですので、汗をながしつつも、その向かい合いのひとときを、子供のように嬉々として楽しませていただいた次第です。

ただ、作業をやりますので、汗をかくと言いますか、体は熱いのですが、指先などの感覚が麻痺してくるとでもいえばいいのでしょうか。

要するに、寒い!ではなく、冷たい!

……というやつです。

しかしそのなかでも少々違和感が!!!

たしかに指先や足の先は寒いのですが、袖口が熱いといいますか……。

なんちゅうか・ほんちゅうか……という古いネタではスルーできない状況が到来した次第です。

はい、火傷です。

融雪剤とは要するに、「苛性ソーダ」と評される「水酸化ナトリウム(sodium hydroxide,NaOH)という「毒物及び劇物取締法」で規定される「劇物」です。

今日は降雪だけでなく、風も強かったのですが、散布するときに、塗れた袖口にはいったようで、そこで化学反応?がおこったようで、、、

雪で……精確にはNaOHですが……火傷してしまうとは思ってもみなかったものです。

雪国の皆様の苦労がしのばれます。

両腕の袖口が火傷っちゃいましたが、マア、おかげさまで、導線は確保できたのはなによりで、23時ぐらいからは、みぞれになりましたので、先月の大雪?のようなことはなさそうです。

しかし、寒くて!、冷たくて!、熱い!……ひとときでございました。

まあ、これがベルクソンのいうところの「かなり暑いとかそれほどでもないとか、すごく悲しいとかそんなに悲しくないという言い方はよくなされるわけであって、こうした量的多寡の区別が、たとえ主観的事実の拡がりのないものの領域にまでもち込まれても、驚くひとはいないのである」という盲点でしょうか。

ベルクソンのこの著作は旧訳では読んでいたのですが、買ってから放置していた新訳ですが、おかげさまで最初の数ページしか読めなかった次第です。

ともあれ、帰宅時には雪はやんでおりました。

そうそう、帰宅前に思い出したのですが、本日は細君の誕生日でございます。

プレゼントは、ユリのモノグラムで有名な?「パトリックコックス(PATRICK COX)」のショルダーバックを用意して、仕事の都合上、前日には渡しておいたのですが、やっぱり当日にも何かほしいよなア~と思い起こして、ユリつながり?で、安物ですが花束を用意しました。

起きて机のうえの花束をみると喜んでくれることでしょう。

……ってことで、今日は寒くて!、冷たくて!、熱い!一日でしたので、熱燗で締めて沈没です。

ベルクソンはもういちど本日読み直しですね。

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