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「肉がないのに肉にかける塩をほしがる子供の状況」への挑戦

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 思考の自由について、自由なくして思考は存在しないというのは、おおむね正論である。だが思考が存在しないとき思考はもはや自由ではないというのも、これをうわまわる正論である。この数年、思考の自由はあふれかえっていたが、思考は存在しなかった。肉がないのに肉にかける塩をほしがる子供の状況に似ている。
    --ヴェイユ(冨原眞弓訳)『根をもつこと』岩波文庫、2010年。

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 基本的な「条件」として、枠組みにおける「自由」の問題は看過できないわけですが、枠組みのみが先行し、コンテンツが忘れ去られてしまうと、共倒れしてしまうというのが人間世界の実情でしょうか。

 ですから「条件」の整備だけをはやりの〝仕分け人〟のごとく声高にメディア受けする〝ポーズ〟ですませてしまうことはかなりの違和感のある宇治家参去です。
※1.2010年04月23日日本テレビ系列の18時のニュースの特集で、例えば蓮舫女史(1967-)を筆頭与力とする仕分けの追跡特集がありましたが、要するに仕分けが目的ではなく、支持率の鳩山政権の目をくらますために、仕分けでまぎらわせてしまおうって戦略が報道されておりましたが、なんだかな~って感じです。
※2.もひとつ、指摘するならば入れ子構造のごとく、それをまた〝客観性〟の〝美徳〟のまま、安全地帯から報道する姿勢にもなんだかな~って感じです。

 ずれこみましたのでもどります。

で、、、要するに、本日はKO……ぞくに〝低脳未熟〟と揶揄されますが……で埼玉を盛り上げてやろうゼってことで1カ所だけでしたが、細君および、埼玉在住の大学の同期の桜のM倉夫妻と、埼玉盛り上げKOツアーを刊行させていただきました。

ヴェイユ(Simone Weil,1909-1943)の指摘のとおり「肉がないのに肉にかける塩をほしがる子供の状況」ほど〝つまらねえ〟ことはありませんので、内実をつくる戦いをするべという次第です。

詳細は置きますが、とりあえず目当て1カ所へ訪問、用件をすませてから、郊外のちょいとこぢゃれたイタリアンにてランチ。

一服してから、NHKの連続テレビ小説「つばさ」(2009年上半期)の舞台で有名な埼玉県・川越市を観光させて戴いた次第です。

自宅から30分のところに情緒残る街並みがあったんだよなア~と思いつつ、小さな子供抱えた夫婦二組には過酷な観光?となりました、いい思い出となりました。

16時過ぎに帰宅してから、もうパワーが残っておりませんでしたので、そうそうに宇治家参去一家御用達の鮨やにてはやめになりますが〆の祝宴!

今日は早めに沈没いたします。

ただしかし、M倉ご夫妻、と宇治家参去一家、状況が同じなんです。
細君同士、亭主同士がそれぞれの大学の同期でして、、、お互いに〝逃げられない〟状況というのが……、かえって「根をもつ」うえでは確かな契機となっていることだけは否定できません。

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