« 常にいや増す新たな感嘆と畏敬の念とをもって | トップページ | 「インクから手を離しても、インクは手にこびりつく」あたり、「こびりついて離れない世界と関わり合う仕方」で »

旨いもの・酒巡礼記:福岡県・福岡市編「角打萬坊(福岡空港内)」、〝こんなことが旅の楽しみであろうかと寛〟げます。

00_img_0336_2 01_img_6807_2 02_img_0426a_2

-----

 ゆうべ意伯はしばらくやめていた酒を飲み、旅の気儘さからか彼女にもすすめた。長い憂鬱からの解放感もあったろう。祝言のときに口をつけただけで酒の味を知らない万は夫の囁(ささや)きに驚いたが、恐る恐る飲んでみると案外な旨さであった。味をしめた彼女は二口目をためらわなかったし、こんなことが旅の楽しみであろうかと寛いでいた。
 意伯は夕餉のためにわざわざ料理屋を探して、彼なりに妻を慰労したようである。宿の食事は癖のない据え膳らしく、我儘が言えない。旅のはじめに料理屋で味わう土地の味は、万には一生の贅沢であった。海辺のそれはどれも野趣に溢れて、中でも時季のカツオが絶品であった。厚い刺身はねっとりとして舌を蕩(とろ)かし、骨ごと輪切りにして甘辛く煮付けた切り身は豪快であった。
    --乙川優三郎「旅の陽差し」、『むこうだんばら亭』新潮文庫、平成十九年。

-----

〝声なき声〟を〝声〟にかえ、〝音なき音〟に〝音〟を与える現代の時代小説家の一人こそ、乙川 優三郎氏(1953-)ではないかとひそかに思う宇治家参去です。

たくましく生きるひとを厳しくも慈愛あふれる筆致に描くのがその真骨頂ですが、上述した作中の人物・高崎藩藩医の意伯のように酒をしばらく「やめていた」わけでもありませんので、旅空の「気儘」なときであれ、何であれ、飲めるときには口する次第ではございますが、旅先でのいっぺえ、というヤツは何にもまして格別です。

ですからその締めとなる、最後の一杯は、丁寧に戴くようにしております。
そのために、用事が済んでから、帰りのフライト前にはすこし余裕をもちたく、すこしだけ遅らせ目の飛行機やら新幹線にしております。

すべてが済んでから、東京の現実生活世界へ帰還する前に、いうなれば、ひとつの儀式のように、最後にひとりで飲む一杯というのは、何にもまして格別です。

まさに、意伯の佳人・万(まん)が、「味をしめた彼女は二口目をためらわなかったし、こんなことが旅の楽しみであろうかと寛いでいた」と表現しておりますが、こうした場合、「二口目をためらう」のは花鳥風月を解さない野暮の骨頂ですから、そうならないようにも店は選ぶというわけですが、、、

今回は、〝呼子イカ〟で有名で、〝イカシューマイ〟発祥の店・海中魚処「萬坊」の福岡空港内の「角打萬坊店」を利用させて戴いた次第です。

……と書きますと、何度も利用していて「よく知っている」と思われそうですがそうではありません。利用は2回目で、開店した翌年、最初のスクーリング講義が済んでから、学生さんに誘われて最後の祝杯を挙げたのがこちらの「萬坊」になります。

肴に関しては絶品であることは言うを待たないわけですが、それ以上に、本格焼酎のラインナップがハンパ無く、通には〝めっけもの〟というような焼酎道場なお店です。その折は、おすすめの芋焼酎で最後の乾杯を仕上げましたが、今回はビール+日本酒で示した次第です。

さて、余裕はもって空港には到着しましたが、その日は保安検査場が大混雑してい、ゆっくりと腰を据えるというほど余裕もありませんでしたので、よくある晩酌セットで〝ひとり慰労会〟〝宇治家参去、今回はよくがんばった、自分でほめてあげましょう会〟の火ぶたを切らせて戴きました。

生ビール(グラス)ないしは焼酎に、刺身(二点盛)、日替わりの小鉢、イカシューマイのセットの「角打セット」がそれですが、グラスビールなどというものは、お冷やのようなものですから、コンマ数秒で蒸発してしまいましたので、すかさずキリンの「ブラウマイスター」をオーダーして待つことしばしば。

木目も新しい四方と丸蒸籠が手もとに運ばれてきました!

ハイ、これが「角打セット」というやつです。

03_img_0428 04_img_0427 05_img_0429a

刺身はぶりに鯛。
ぶりの脂ののり具合がほどよく、鯛はサッパリしているのですが、甘い味わいでございまして……、まさに「厚い刺身はねっとりとして舌を蕩(とろ)かし」てしまうというものです。

日替わりの小鉢は、「鯛の煮付け」になりますが、味付けは薄味なのですが、薄い味付けがかえって鯛の旨みを引き出してしまうものですから、ぱくぱくと口へと運ぶわけなのですが、それでいて添えられた菜の花がほのかに春の息吹を運んでくれるものですから・・・

酒が進むという訳です。
キリンの「ブラウマイスター」はジョッキで頂戴しましたが、これも1分たらずで底がみえはじめておりましたので、

そろそろ……、、

……というわけで、日本酒をオーダーです。
扱う銘柄は本格焼酎に及ぶほど多くはないのですが、それでも九州の銘品を揃えてはおりますので、呼子イカで有名な佐賀の銘酒「東一(あずまいち)」(五町田酒造株式会社)を頼みましたが、上品な旨みと香りが、鰤と鯛と鮮烈なハーモニーを奏でるというわけで、一押しの「イカシューマイ」に箸を付けると、

「これがイカ? でもこれはイカ?」

……などと嬉しくなって頭を抱えた次第です。

06_img_0432 07_img_0430a

さて……。
出発時間は決まっておりますので、ぼんやりとやっているわけにもいきません。

そこで、前日、『海物』本店でいっぺえやって〝目を剥いた〟「庭のうぐいす」(合名会社山口酒造場・福岡県)があるものですから、お兄さんにお願いすると、ちょうど封を切った一升瓶がなかったので、新しいやつの封をきっていただき、グラスに注いで戴いた次第ですが、

気分はまさに菅原道真(845-903)というものです。

道真公は『拾遺和歌集』のなかで「東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて  春を忘るな」と詠んだそうですが、梅の「におひ」だけでなく、その梅の木にとまった「庭のうぐいす」の音色までつたわってくるような……、そんな思いに浸らせてくれる特別純米酒!

ラベルには「うぐいす」の姿が中央に刻印されておりますが、中央に「うぐいす」が刻印されているように調和のとれた銘酒です。やさしく爽やかな米の持つ香味と繊細な酸味が調和して、辛口との触れ込みながらも、やさしい味わいとでもいえばいいのでしょうか。

薫製セットの鶏のササミと卵との調和もおどろくほどよく、時間にしては短い時間ですが、優雅なひとときをすごさせて戴いた次第です。

福岡へ赴いた折は、〝詣でなければならない〟大切な〝男の隠れ家〟ですね。

また寄らせて戴きます。

場所柄、長居するような処ではございませんが、いいものをさくっとつまんで、現実へと帰る一歩手前で〝鋭気を養う〟ことのできる名店ではないでしょうか。そう思われて他なりません。

いやはや、ありがとうございました。

〝こんなことが旅の楽しみであろうかと寛〟げます。

■角打萬坊(福岡空港内)
福岡市博多区下臼井767-1 福岡空港第2ターミナルビル3F レストラン街
TEL:092-626-5851
営業時間 10:00~21:00
(ラストオーダー20:30)

 むこうだんばら亭 むこうだんばら亭
販売元:セブンネットショッピング(旧セブンアンドワイ)
セブンネットショッピング(旧セブンアンドワイ)で詳細を確認する

|

« 常にいや増す新たな感嘆と畏敬の念とをもって | トップページ | 「インクから手を離しても、インクは手にこびりつく」あたり、「こびりついて離れない世界と関わり合う仕方」で »

」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 旨いもの・酒巡礼記:福岡県・福岡市編「角打萬坊(福岡空港内)」、〝こんなことが旅の楽しみであろうかと寛〟げます。:

« 常にいや増す新たな感嘆と畏敬の念とをもって | トップページ | 「インクから手を離しても、インクは手にこびりつく」あたり、「こびりついて離れない世界と関わり合う仕方」で »