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常にいや増す新たな感嘆と畏敬の念とをもって

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ここに二つの物がある、それは――我々がその物を思念すること長くかつしばしばなるにつれて、常にいや増す新たな感嘆と畏敬の念とをもって我々の心を余すところなく充足する、すなわち私の上なる星をちりばめた空と私のうちなる道徳的法則である。私は、この二物を暗黒のなかに閉されたものとして、あるいは超越的なもののうちに隠されたものとして、私の視界のそとに求め、もしくはただ単に推測することを要しない。私は、現にこれを目のあたりに見、この二物のいずれをも、私の実在の意識にそのままじかに連結することができるのである。
    --カント(波多野精一ほか訳)『実践理性批判』岩波文庫、1999年。

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カント(Immanuel Kant,1724-1804)の専門家ではありませんが、倫理学を担当しているおかげでカントの哲学を定期的に再読できるということは実にありがたいなと思う宇治家参去です。

カントの哲学は難解だといわれますが、再読するたびに、難解というのはどうなのでしょうか……ねぇ、、、なんて思ってしまうことが多々あります。

言葉が難解というよりも、むしろ、言葉と人間の存在に対して、誠実に真摯に探求した努力の積み重ねがそびえ立っている……そう表現した方が精確なのではないでしょうか……そんなことをフト思う昨今です。

さて……。
金曜日から福岡市へ2泊3日で出張しておりましたが、さきほど無事に帰宅しました。

まずは、ウ○コのような宇治家参去の授業を、真剣に受講してくださった9名の学生さんの皆様、まずもってありがとうございました。

ドストエフスキー(Fyodor Mikhaylovich Dostoyevsky,1821-1881)の畢生の大著『カラマーゾフの兄弟』のアリョーシャ・カラマーゾフの言葉を借りるならば、次の通りでしょう。

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みなさん、ぼくはきみたちに約束します。みなさんのだれ一人、忘れることはありません。いま、こうしてぼくを見ている一人ひとりの顔を、たとえ、三十年たっても思い出します。
    --ドストエフスキー(亀山郁夫訳)『カラマーゾフの兄弟 5』光文社文庫、2007年。

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くさいセリフですが、正直な言葉です。
なにしろ、〝カラマーゾフ〟の血の流れる宇治家参去の偽らざる信条の吐露といってよいでしょうから。

ほんとうに、〝蚊〟ほどの〝価値〟もないシャイでナイーヴでチキン野郎である宇治家参去のスクーリング講義を2日間、眠ることもなく真剣に聞き続けてくれた皆様のご厚情には、本当に感謝に堪えません。

くどいようですが、

ありがとうございました。

学生さんに対する、この〝感謝の念〟を喪失してしまった瞬間に、人間としての存在価値、そして「人間の学としての倫理学」の存在価値というものが木っ端みじんに砕け散ってしまうわけですから、そのこころをわすれないように、また今日から一日一日を真剣に生きていきたいと思います。

だからこそ、「みなさん、ぼくはきみたちに約束」するんです。

「みんさんのだれ一人、忘れることはありません。いま、こうしてぼくを見ている一人ひとりの顔を、たとえ、三十年たっても思い出します」

……のです。

ですから、ハイ、講義の余韻の残っているウチに、レポートをだしましょう!

……って、また、それかいナ!

……ってツッコミはご容赦を。

すいません。
脱線しました。

くどいようですが、

ありがとうございました。

宇治家参去が通信教育部の原点の地(=はじめて地方スクーリングで講義をした都市)にて、貴重なひとときをすごさせていただきましたが、またあたらしい決意と出発の貴重な経験となりました。

くどいようですが、

ありがとうございました。

さて……、
カントは、わが内なる道徳律と、わが外なる天空に輝く星空に対して「感嘆と畏敬の念」を抱いたわけですが、宇治家参去も、わが内なる道徳律と、わが外なる天空に輝く星空に対して「さて、カントは、わが内なる道徳律と、わが外なる天空に輝く星空に対して「感嘆と畏敬の念」を抱いてしまうわけですが、それとどうじに、

たった十数時間の短い間だったかもしれませんが、参加してくださった「学生さんの皆さん」と、こうした得難い教室で教鞭を執らせて戴く機会を与えてくださった「創立者」に「感嘆と畏敬の念」を抱いてしまいます。

だからこそ、畳の上での水泳の練習ではなく、現実の「倫理学」の教室で共々に成長していきましょう!

……そう思う次第です。

と・も・か・く。。。

いずれにしまして、ありがとうございました。

宇治家参去は「嬉しい」んぢゃ。

ありがとう、福岡スクーリング。

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