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現世の人とこんなに長く話をしたら汚れがうつってしまうんじゃないですか、と別れ際に質問したら、ちょっと困ってから、「理論的にはたしかにそういうことになります」と正直に答えた。

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 彼女と話しているとオウム真理教というのは、理想的な「容れもの」であったのだなと納得してしまう。たしかに「現世」で生きているよりは、教団に入って修行をしているほうが、たこの人にとっては遙かに幸福であったに違いない。現世でものごとにはまったく価値を見いだすことができないし、自分の中の精神世界を追求する以外のことにはほとんど興味を持つことがない。だから現実を離れて一途に精神の修行を励めるオウム真理教団は、一つの楽園のようなものだったのだ。
 もちろん十六歳で教団に入って純粋培養されて……という「人さらい・洗脳」的な捉え方も可能なのだろうが、それよりはむしろ「世間にはこういう人がいてもいいじゃないか」という考え方のほうに、私の気持ちは傾いてしまう。何もみんながみんな、「現世」の中で肩をすり合わせてひしひしと生きていかなくてはいけないというものではないだろう。世の中の直接の役に立たないようなものごとについて、身を削って真剣に考える人たちが少しくらいはいてもいいはずだ。問題は、こういう人たちを受けとめるための有効なネットが、麻原彰晃率いるオウム真理教団の他には、ほとんど見あたらなかったということにある。そして結果的に見れば、そのネットは、たまたま巨大な悪の要素を含んだものだったということにある。結局のところ、単純な言い方をしてしまえば、楽園などというものはどこにもないのだ。
 動機の純粋さというものについて考えるとき、現実はひどく重くなる。純粋さに排除された現実は、どこかで復讐の機会を狙っているように思える。美由紀さんと話をしていて、ふとそう考えてしまった。
 現世の人とこんなに長く話をしたら汚れがうつってしまうんじゃないですか、と別れ際に質問したら、ちょっと困ってから、「理論的にはたしかにそういうことになります」と正直に答えた。真面目な人だ。自家製のパンを食べさせてもらったのだが、さっぱりとしていて、なかなか美味しかった。
    --村上春樹『約束された場所で』文春文庫、2001年。
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ちょいと再び考えるところ……マア、要するに純粋さの危険性について……があり、村上春樹(1949-)さんが、地下鉄サリン事件のあとにオウム真理教信者(元信者含む)へインタビューしたルポルタージュをぱらぱらとひもといていた宇治家参去です。

再読しつつ、確かねに!と思うことが多かったのですが、理想とか理念といったイデアールなものをどんどん先鋭化させてしまうと、結局はその行為自体が排他的な排除の構造を生産してしまうんだよなーってところを、経験的な事例から筆致した部分に、ひとつはなっとくしてしまった次第です。

それともうひとつは、春樹さんも指摘しているとおりですが、「世間にはこういう人がいてもいいじゃないか」というセーフティーネット……とまではいいませんが、受容する度量のようなもの……がほとんど存在していないし、いびつなカタチで跋扈している、そういう現状認識にストンと落ちてしまいました。

マア、宇治家参去のようなヨゴレのキャラでしたら、「ヨゴレがうつってしまうよ」ってふってしまうと、「理論的にはたしかにそういうことになります」とお茶を濁されるよりも、「理論的にも、経験的には必ずそういうことになります」って返されそうですが、それでもまじめな心根とか、理念の追求というものを受け入れる度量と、当事者における先鋭化した排除の構造を回避するチャンネルをどこかで設定していかないとネ……などと思った次第です。

ま、コレは、はじめに〝カタチ〟ありきで設定していく問題ではなく、当事者と向かい合いながら、関係性を構築していくところにしか王道はないような気がうすうすとはしますが、ひとはそのことを遠い回りくどい、有効性がほとんどない道だよ、って言うかもしれませんが、それが一番近いような気もしつつ……というところでしょうか。

このへんが実は哲学的に言うならば「他者の学習」という「寛容」の問題になってくるのだろうと思います。「寛容」の問題は、基本的には先鋭化したイデオロギー間の調停の問題に端を発するわけですが、基本的に先鋭化したイデオロギー間の対立が予定調和的に「お上」という一元的価値観に収斂されていく本朝においては、「寛容」が〝横並び〟〝ずるずるべったり〟〝寄らば大樹の陰〟として理解されているわけですので、なかなか議論にならない部分があるわけですが……だから少しでも「ヘン」とされるとつぶされ、「ヘン」にならないようにディシプリンしていくのが本朝のもつ排他性ではあるのですが……、ことなる存在をきちんと理解し、受容しないことには何も始まらない……そのことだけは、たしかに言えるな、などと思う次第です。

いずれにしても、そういう精神風土とそれを保管するディシプリンのお陰なのだと思うのですが、本朝では、ややもすると、チキショーって純粋さが先鋭化されていってしまうのかもしれません。

さて……。
今日は快晴でしたが、快晴のお陰で、5月なのですが、花粉がひどいですねえ。
かる~くアルコール消毒なわけですが、気になっていたサントリーの新商品「絹の贅沢」をやっています。

基本的に金欠大魔王ですので、1缶目はビールでいきますが2缶目は「その他の~」ってやつになってしまいます。この場合、我が家の定番はサッポロの「麦とホップ」かサントリーの「金麦」を利用することが多いのですが、やはり両者とも「加味」がまったりとしていまいちなんです。

いずれにしても「その他の~」ってやつに〝本物〟を求めてもしょうがないわけですが、「絹の贅沢」はそれでも、「加味」臭さが押さえられており、さっぱりしすぎているところが逆にいいものですね。

純粋さってえやつも、そうありたいものです。

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