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身軽な鳩は、空中を自由に飛翔しながら空気の抵抗を感じ、空気のない真空の中であれば、もっとうまく飛べるだろうと考えるかもしれません。

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……身軽な鳩は、空中を自由に飛翔しながら空気の抵抗を感じ、空気のない真空の中であれば、もっとうまく飛べるだろうと考えるかもしれません。プラトンも同じように、感覚的な世界が知性にさまざまな障害を設けることを嫌って、イデアの翼に乗り、この感覚的な世界の<彼岸>へと、純粋な知性の真空の中へと、飛びさったのだった。そしてプラトンは、その努力が彼の探求にいささかも起用sるものではないことには気づかなかったのである。[真空の中では]その上でみずからを支えたり、それに力を加えたりすることができるような、いわば土台となるいかなる抵抗もないために、知性を働かせることができなかったのである。
 しかし思索にふける人間の理性にとっては、自分の建造物をできるだけ早く建設してしまって、その後になってからやっと、建造物の土台が適切に構築されているかどうかを調べるという[転倒した]やりかたが、いわばごくふつうの<宿命>となっているのである。しかしそのときになると人間というものは、さまざまないいわけを考えだして、建物の土台は強固なものだと言い聞かせてみずからを慰めたり、後になってから点検を実行することは危険であると、拒んだりするものなのである。
    --カント(中山元訳)『純粋理性批判1』光文社古典新訳文庫、2010年。

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引用だけでスンマセン。

「もし、うまく地雷を踏んだら“サヨウナラ”!」

との言葉は報道写真家・一ノ瀬泰造氏(1947-1973)の絶筆になりますが、別に地雷を踏んだわけではありません。

チト、烈しく眠く、書きたいことはいろいろとあるのですが、今日はこれにて許してくださいまし。

思うに、最近、空気の濃度がきわめて薄くなりつつあります。

空気がない真空状態ほど恐ろしいものはありません。

悲喜劇がひとつの局面を起こしましたが、一番大切なことは、自分自身の事柄としての「ちゃんと生きる」ということに収斂します。

ということで、「ちゃんと生きる」ために、沈没です。

重ね重ねすいません。

眠うー。

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