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【覚え書】「統帥権干犯問題と政党政治の自滅」、松本健一『日本のナショナリズム』ちくま新書、2010年。

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 しかし、『統帥権干犯』の問題で民政党の浜口内閣を攻撃すべく口火を切ったのは、軍部ではなく政治家だった。犬養毅と鳩山一郎が政友会の側に立って、浜口雄幸内閣を次のように弾劾したのである。「政府がロンドン海軍軍縮条約を結ぶのは統帥権干犯だ。天皇の名において軍事を決めるのは軍部がやることで、それを政党あるいは政府がやることは許されない」と、統帥権干犯という言葉を使って民政党内閣を批判したのである。そうして民政党を政権の座から逐い落としていく。
 鳩山は野党として倒閣のためには手段を選ばず、このような責任内閣制、政党政治を自己否定する議論で、浜口内閣を攻撃した。これも、大衆迎合のポピュリズム政治をやると外交、ひいては国際政治の上での国策を誤るという例である。この統帥権干犯の議論はポピュリスティックな言論であり、これがある種の大衆ナショナリズムを刺激し、軍部主導の戦線拡大路線へと日本を突き進ませる大きな原因となった。
 戦線拡大の軍部のみならず、軍部にすり寄っていた当時の政権の側にも問題があった。政党はなぜ自壊していったのだろうか。昭和三年頃の民政党と政友会は、お互いに政権をとったり維持したりすることだけが目的になっていた。このために賄賂合戦、暴露合戦、スキャンダル合戦がものすごく、政権交代時に前政権の機密費はどこに使われていたのか、などいまと同じような話が出てきていた。政権をとることが自己目的化する二大政党政治の最大の矛盾点であり、欠陥であるが、どちらが権力をとるかによってお金の流れ方、人の集まり方が大きく違うので、過激なスキャンダル合戦となる。すると、それを見ている国民のほうには、政党は汚い、そういう汚い政治に携わっていない「清新」な軍人に任せようという考え方が出てくる。軍人とすれば政党政治をやられるよりも、政党政治自体を超えるような国民人気をもった近衛文麿を担ぎ出したほうが、軍主導の国家運営には都合がいい、というので、最終的には政党政治が解体してしまう。
    --松本健一『日本のナショナリズム』ちくま新書、2010年。

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時間がないので【覚え書】をひとつ。
きちんと昭和史をひもとけば引用した内容は詳細且つ煩瑣なまでに指摘されている部分ですが、コンパクトにまとまったものがあまりありません。

そんななかで松本健一(1946-)氏の指摘は、その消息を比較的簡潔にまとめた一文だと思い、紹介する次第です。

歴史の教科書などをひもときますと、大正時代に確立された政党政治への道が確立と同時に腐敗し始め、「気がついたら」軍部主導の政権運営になっていったと叙述されるきらいがありますが、その叙述を一皮むいて、尋ねてみますと、結局の所、政党政治は軍人によって引導が渡されたのではなく、政党そのものによって自己解体してしまったというのが真相です。

与党にしても野党にしても、たしかに「政権」運営というのが焦眉の課題となることは否定できません。しかしながら、〝「政権」運営=政権をとること〟によって、何を目指していくのか。

吉野作造の言葉に従えば、民衆の「利福」の促進にあるはずなんです。

期待させるような言葉や絵に描いたような餅は必要ありません。

何がどこかまでできるのか、何ができないのか、はっきりと示しながら、積み上げていくスタイルが本来は必要なのですが、〝「政権」運営=政権をとること〟自体が目的となってしまうと、そうした議論はすっとんで、○○合戦になってしまうのでしょう。

○○合戦がつづくと、結局の所、政党政治は自壊してしまう。

もちろん、「歴史は繰り返す」とは思いませんから、軍部独裁が再来するとは思えません。しかしより新しい洗練されたカタチでのスライドは想定可能でしょう。

議院内閣性を根幹とする民主主義の政治システムを維持するのであれば、やはり問題は多かろうと政党政治で運営していかざるを得ません。

であるならば、〝「政権」運営=政権をとること〟を焦眉の目的としつつも、どこに目を向け、何かを具体的にかたっていくのか。

そこが大切なはずなのですが……。

選挙カーから流れる言葉のひとつ、TVで利益誘導されるかたちで報道される言説の数々に耳を傾けますと、クラクラしてしまうのは自分一人ではありませんが、、、

政治をやろうとする人間は、うすっぺらい言葉を連呼するようなあり方、無責任な大風呂敷を広げるようなあり方ではないものを見せて欲しいものだと思います。

……つうことで、出勤します。

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