« 「君自身の『人格』を固め高めるまでは休んではならぬ」 | トップページ | そのとき、思想家で政治家でもあった荻生徂徠は、この世論に抗して、四十七士を切腹に処すべきだ、と言った »

「慎みながら、楽しんでいる者は節制家である。慎みながら、慎んでいるのを嘆いている者は不節制な人である」

01

-----

節制(TEMPERANCE)
あらゆる種類の酩酊を克服した徳。したがって恐怖は節制ではない。なぜなら、それはつねに動物的部分に負けることであるから。慎重さは一種の節制であり、これは一種の酩酊である無謀さと対立する。官能的酩酊はもっとも恐ろしいものの仲間だ。賭け事の情念は一種の酩酊である。
アリストテレスから。「慎みながら、楽しんでいる者は節制家である。慎みながら、慎んでいるのを嘆いている者は不節制な人である」。
    --アラン(神谷幹夫訳)『アラン定義集』岩波文庫、2003年。

-----

いかん!

早く寝なければならないのですが、仕事が済んで帰宅して、少し仕事をしてから、少し本を読んでから、風呂に入ってサッパリして酒を飲み始めたのがよくないのかもしれません。

目が冴えてきました!

つうことで、ふたたび読書。呑みながらですが。

来週の授業で少し、アラン(Emile Auguste Chartier,1868-1951)の幸福論について言及しようかと思っておりますので、アランとヴェイユ(Simone Weil,1909-1943)と対話の最中です。

ただ、しかし、アランの『定義集』をひもときつつドキリ!

「慎みがない」のが宇治家参去の〝不徳〟なのか。

きびしく弾嘩されたようで……すこし凹む深夜です。

節制はどこにあるのか。

どうやら「あらゆる種類の酩酊を克服した」ところにあるようです。

しかし、「あらゆる種類の酩酊」、たとえば、対象が酒であろうが本であろうが、デジタル・ガジェットであろうが、そのたぐいに「酩酊」してしまうのが宇治家参去の宇治家参去たる所以です。

いやはや「慎みながら、楽しんでいる」ことが大切ですナ。

いや、しかし、「慎みながら、慎んでいるのを嘆いている」ことは全くありませんので、その意味では、「節制家」ということかしら……?

この辺の判断が実に難しいですね。

いやはや、今日もものすごくキツイ一日。

酒が五臓六腑に染み渡ります。

染み渡ると同時に、不思議なものでかえって冴えるんです。

今日は起きてから、最後の埼玉ツアー(ってなんぢゃらホイ)。

土曜の予定でしたが、前倒し。

すんだら学問の仕事して、夕方に期日前。

それがすんだらプチ飲み会。

節制した一日を送ろうかと思います。

つうことで、思索と酒の旅へ旅立ちます。

03

アラン定義集 (岩波文庫) Book アラン定義集 (岩波文庫)

販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

|

« 「君自身の『人格』を固め高めるまでは休んではならぬ」 | トップページ | そのとき、思想家で政治家でもあった荻生徂徠は、この世論に抗して、四十七士を切腹に処すべきだ、と言った »

プロフィール」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/451663/35687364

この記事へのトラックバック一覧です: 「慎みながら、楽しんでいる者は節制家である。慎みながら、慎んでいるのを嘆いている者は不節制な人である」:

« 「君自身の『人格』を固め高めるまでは休んではならぬ」 | トップページ | そのとき、思想家で政治家でもあった荻生徂徠は、この世論に抗して、四十七士を切腹に処すべきだ、と言った »