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一対一で対話するようなジャズが好きでした。それは今も同じです。

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 大学が紛争状態(引用者注、インタビューされている柳井正氏は1967年の大学入学になりますので、先の大学紛争のこと)でしたから、下宿で麻雀ばかりやってました。それからジャズです。大学時代にはひたすらジャズを聴いていた。ジャズ喫茶はほとんど行かず、ひとりで下宿で聴くのが好きでしたね。マイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーン。ビル・エヴァンズ、それからボーカルも好きでした。エラ・フィッツジェラルド、サラ・ヴォーン、クリス・コナー、フランク・シナトラ、ナット・キング・コール、メル・トメーメ、リー・ワイリー……歌がうまい人の音楽がとにかく好きでした。
 仕送りのかなりの部分をレコードにつぎ込んでました。飯も食わずに節約してレコードを買うこともあった。月に十枚ぐらいは買っていましたね。もうロックは聴かなくなっていて、ロックを聴くヤツをバカにしてた(笑)。ロックは不特定多数に叫ぶ感じがなんだかうるさい気がした。一対一で対話するようなジャズが好きでした。それは今も同じです。
 大学紛争にはまったく興味がなかった。学生運動をやってる連中の言うセリフが全部一律なんです。台本があるみたいに。頭が硬直化しているとしか思えなかった。世の中の現象は変化するものだし、触れ幅もある。単純化してしまったら見えなくなることのほうが多いでしょう。それを決まり文句で片づけようとするんだから、どだい無理なんですよ。
    --「柳井正氏に聞く」、『季刊誌 考える人』新潮社、2010年夏号。

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だいぶまえに『考える人』(季刊誌)を買い求めたのですが、なかなか読めない宇治家参去です。ちょうど村上春樹(1949-)さんの長文のインタビューが掲載されていたので手にした次第ですが、それよりも表紙あけてすぐと、裏表紙ととじてすぐの位置に、ユニクロの代表取締役会長兼社長の柳井正(1949-)氏に「聞く」が載っておりましたので、思いもよらずそちらを精読した次第です。

ちなみに、春樹さんと柳井氏、同じく早稲大学で学年は1年違い。ただ生年は同じですしので、同世代というわけですから、まあ、読み手としては編集者に一本やられたナ……、正直そう思ったわけですが、千葉の短大ので昨日の授業では上記の「柳井正氏に聞く」をひとつの教材としてつかったわけですが、まあ、なんとかうまく成功しました。

わたし自身、倫理学を講じる中で大切にしているのが、みっつあります。

ひとつが、異なるものを尊重すること。

そして、自分の言葉で語ること。

そして最後が、「話してみないとわからない」。

今日は、うえの文章や、スピヴァク(Gayatri Chakravorty Spivak,1942-)女史の『サバルタンは語ることができるのか』(みすず書房,1998年)なんかを教材に、そのことを白熱教室したわけですが、授業が一対一といこともあるのかもしれませんが、おたがいに……

結局の所、、、

「そうなんだよなア~」

、、、とがっちりと学生さんと握手をするような授業ができたのが幸いです。

その対極にあるのが、まあ、いわずもがななんですが、「頭が硬直化」しているような「セリフが全部一律」というのがそれですしねえ、柳井さんも述懐するとおり、まあ、あんまりいい印象は残さないわけですよ。

ですから、相手と自分がいるということは、まさに倫理の「倫」が「二人」を意味するように、必ずしも同じ見解にならないとしても「二人」で「いなければならない」のが世の常ですから、ぶん殴りあいをするよりも、話し合うなかでお互いの差違を尊重するしかないんです。

ちがうのはアタリマエなんです。

ですけど「違う」ことに「恐怖」するのもアタリマエなんです。

しかし、それを「恐怖」ですませてしまうと、まあ、ろくなことがない。

であるとすれば違うオプションするしかないんですよね。

だからこそ「台本があるみたいに」「それを決まり文句で片づけよう」としてしまうと、だいたいの場合、よき結末は迎えません。

ですから、たどたどしくてもいいんですが、自分の言葉に転換する努力と労力を惜しまない……これは大切だと思います。

そして、それを媒介するのが、やはり、どうしても「話してみないとわからない」というチャンネルです。

話もしないで、憶測や偏見で「決めつけてしまった」きたのが人間の歴史の不幸です。

話した結果、たとえ、相反する路を歩もうとしても、やはり「手続き」としては「話をしない」とわからない。

この部分を大切にしていきたいと思います。

一対一の授業ですから、まあ、なんでもありで、まさに徹底的に討議しながら授業をさせてもらっていることはある意味では幸せかもしれません。

類型論的な図式で見取り図を描けば、一対一の授業を一緒に走り続けてくれている学生さんはある意味では自分の対極にある発想をもった持ち主です。

しかし、べつに、そんな発想はどうでもいいんです。

おたがいに異なる発想をもった存在を、お互いが許容していく……この許容とはスルーの黙認とは違いますヨ、クドイですが、差違の尊重!……それをお互いに学んでいる、ある意味ではひとつの実験をさせていてくれているようで、ホント、4月からの非常勤講師の採用でしたが、担当大学には感謝です。

ということで、いずれにせよ、講義してから市井の仕事で疲れ果てました。

ロックもたいがい聴きますよ。

ですけど、やっぱりJAZZが好きなんです。

まさに柳井さんの指摘するとおり、「ロックは不特定多数に叫ぶ感じがなんだかうるさい気がした。一対一で対話するようなジャズが好き」っていうところです。

昼も一対一でしたが、深夜も一対一でジャズと向かい合う。

その実験的な思索のなかで、また新しい発見があるというものです。

というわけで、いやーしかしながら、柳井さんのリストアップ、日が昇るまでレコードを回しそうなセレクトではないではないですか。

ばやいのを。

また寝不足ぢゃ。

いやー、しかし今日の物井@千葉県佐倉市は暑かった。

たった一人ですが、その受講生によると、東日本の最高気温を計上するのは現在は埼玉県の熊谷市が常ですが、その記録を破るまでは、千葉県佐倉市だったとのこと。

東京で言えば、八王子市のようなものでしょうか。

ここもたいがい熱中症をトリガーさせる危険な地域です。

そこから逸脱したいのですが、どちらからも逸脱させてくれない……という意味では、こんどは人間と大地の関係をめぐってひとつ「風土」@和辻哲郎を論じる必要があるんだゼ……っつことかしら???

いや、そんな想念は無用。

とっとと飲んで寝よう。

今日も軽い熱中症。

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