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密偵たちの宴

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ほれ、ごらんなさい。お前さんだって、青くなった。粂八さんも伊三さんも宗平おじさんも彦十おじさんも、みな青くなった。そりゃあねえ、一味を捕まえたときは、長谷川様もお気がつかなかれなかったろうよ。でも、今度のいたずらをごらんなすって、先のことがいちいち腑に落ちなすったに違いない。ねえ、お前さん方、長谷川平蔵さまをあまり甘く見てはいけないってことが、今度はよくわかりなすったろう。よござんすか、私は知りませんよ。お前さん方、これから先、どんな顔をして長谷川さまの前へ出られますかえ。その顔が見たい。ああ、見たいねえ。何をみんな押し黙っているんだ、バカ野郎め。女の私にこんなことを言われても口惜しくないのか、ええ
    --池波正太郎「密偵たちの宴」、『鬼平犯科帳 12』文春文庫、2000年。

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昨夜は久しぶりに昔の職場の上司、後輩と新宿で一献しておりました。

学生時代、某業界紙の編集補助のアルバイトを都合10年やっていたのですが、そのときの編○長、上司、バイトの後輩と三名で、夕刻より新宿の鮨やでいっぺえという寸法です。

補助とはいえ、記事も書くし、取材もする。
時代も時代で怒濤の10年だったかと思いますが、そこで人生の基本はしっかりつくられたなあと思います。

たった数名のスタッフで、よくもまあ二週にいっぺん刊行の紙面を切り盛りしていたなと思いますが、そこはまさにあ・うんの呼吸で、言い過ぎかもしれませんが雰囲気は一種、池波正太郎先生(1923-1990)の描く『鬼平犯科帳』の火付盗賊改方の組屋敷w

さながらトップは長官の長谷川平蔵であり、自分は、まあ密偵のようなもので、「小房の粂八」ではなかろうかと。

まあなんでもやったし、どこからでも学んだからくどいようですが、人生の基本、学問の基礎がそこで作られたことには感謝するほかありませんし、また何が起ころうともたいていしのいでいける精神も鍛えられたと思います。

まあ、一種の梁山泊だったかなと。

いい子いい子仲良しグループではありません。
議論が白熱したこともしばしばw

おもえばキリスト教学への志も当時の編○長とのやりとりのなかで、哲学の文献学をやるよりも、キリスト教そのものをやったほうがいいのではないかということで、大きく舵をきったのも忘れがたい思い出です。

キリスト教学ではいまのところ飯のタネにはなりませんが、やったことに後悔はないし、あとはなんとかするだけ。

なんか印象批判ですいません。ただ、またがんばろうと決意することのできたひとときでした。

Kさん、Kさん、Yくん、皆さん、愛をありがとう☆

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コメント

てやんでぃ、なぜ、おいらをよばねぇんだよ。

投稿: まっと | 2010年8月17日 (火) 18時24分

さーせん。大元帥閣下が参上されるとは思いもよらず、、、ある意味でサプライズでして・・・。

でも数日前(くらい)に一緒に行ったって伺いましたよ、、、ふふふ。

また今度ちょっくらやりましょうw

投稿: 宇治家 参去 | 2010年8月18日 (水) 01時47分

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