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……これまでの倫理則はすべて、ただひとつの前提条件の上に成り立っていた。つまり、個人とは、相互に依存しあう諸部分から成る共同体の一員であるということである。

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……これまでの倫理則はすべて、ただひとつの前提条件の上に成り立っていた。つまり、個人とは、相互に依存しあう諸部分から成る共同体の一員であるということである。個人は、本能の働きにより、その共同体のなかで自分の場を確保しようとして他人と競争をする。だが同時に、倫理感も働いて、他人との協同にも努めるのである(それとて、競争の場を見つけるためなのかもしれない)。
 土地倫理(ランド・エシック)とは、要するに、この共同体という概念の枠を、土壌、水、植物、動物、つまりはこれらを総称した「土地」にまで拡大した場合の倫理をさす。
    --アルド・レオポルド(新島義昭訳)『野生のうたが聞こえる』講談社学術文庫、1997年。

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どうも宇治家参去です。

いっぱしの酒飲みを自認する自分としては飲む酒以外にも口にする飲料に関しては様々な掟を作っております。

なにしろ、それが対象と向き合う「人間のあり方」としての「倫理」に他なりませんから。

さて基本的なルールとして大切にしているのは、インスタントはやらないこと。

ですから、お茶・珈琲・紅茶にせよ、基本的にはアナログ飲用です。

ペットボトル飲用だとか缶飲料は除外かもしれませんが、市販のペットボトルでやる場合も、ミネラル・ウォーター、お茶、珈琲のみというストロングスタイル!

決して、ジュースだとかスポーツドリンクなんかはなにがあろうとも手をつけません。
※ただし薬用品などは除外です。

それが「漢」と書いて「おとこ」と読む、本格派の酒呑み(つとめにん)の流儀だと自負しております。そしてそれが対象と向き合う「人間のあり方」としての私の倫理の「ひとつ」でございます。

さて……。
今年は猛暑……現在も継続中……ですので、不幸にも「熱中対策水」というのは飲用しておりましたが、まあこれは除外中の除外というやつで、どんなに暑かろうとも、アクエリアスだとかポカリスエットなどには手をだしません。

よく風邪でポカリスエットを呑むといのはありますが、自分の場合は、卵抜き卵酒にて退治するのをモットーとしておりましたので、雨が降ろうが矢が降ろうが、手をつけなかったのですが……、、、

本日、およそ20年ぶりに、アクエリアスなんぞを呑んでしまいましたw

不覚です。

どうもふらふらで、呑んだところ、微妙に回復。

物に負けてしまった。

非常に悔しいです。

……ということで、仕事の休憩中に読んでいた環境倫理の嚆矢となるアルド・レオポルド(Aldo Leopold,1887-1948)の話をしようと思っていたのですが、そのショックで論じることが出来ません。

もったいないので引用文のみ掲しますが、、、、スンマセン。

いやー、負けた。

悔しー!

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