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果たして此の道を能くすれば、愚なりと雖も必ず明らかに、柔なりと雖も必ず強からん

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 博学之、審問之、慎思之、明弁之、篤行之、有弗学、学之弗能弗措也、問之弗知弗措也、有弗思、思之弗得弗措也、有弗弁、弁之弗明弗措也、有弗行、行之弗篤弗措也、人一能之己百之、人十能之己千之、果能此道矣、雖愚必明、雖柔必強、    (以上、朱子章句第二十章)

 博くこれを学び、審らかにこれを問い、慎みてこれを思い、明らかにしてこれを弁じ、篤くこれを行う。学ばざることあれば、これを学びて能くせざれば措かざるなり。問わざることあれば、これを問いて知らざれば措かざるなり。思わざることあれば、これを思いて得ざれば措かざるなり。弁ぜざることあれば、これを弁じて明らかならざれば措かざるなり。行わざることあれば、これを行ないて篤からざれば措かざるなり。人一たびしてこれを能くすれば、己れはこれを百たびす。人十たびしてこれを能くすれば、己れはこれを干たびす。果たして此の道を能くすれば、愚なりと雖も必ず明らかに、柔なりと雖も必ず強からん。

 何事でもひろく学んで知識をひろめ、くわしく綿密に質問し、慎重にわが身について考え、明確に分析にして判断し、ていねいにゆきとどいた実行をする。〔それが誠を実現しようとつとめる人のすることだ。〕まだ学んでいないことがあれば、それを学んでじゅうぶんになるまで決してやめない。まだ質問していないことがあれば、それを思索してなっとくするまで決してやめない。まだ分析していないことがあれば、それを分析して明確になるまで決してやめない。まだ実行していないことがあれば、それを実行してじゅうぶんにゆきとどくまで決してやめない。他人が一の力でできるとしたら、自分はそれに百倍の力をそそぎ、他人が十の力でできるとしたら、自分は千の力を出す。もしほんとうにそうしたやり方ができたなら、たとい愚かな者でも必ず賢明になり、たとい軟弱な者でも必ずしっかりした強者になるであろう。
    --「中庸」第11章二、金谷治訳注『大学・中庸』岩波文庫、2001年。

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今日は休みなのですが、まったく勉強をしておりません。

まあ、たまにはこんな一日が必要です。

しかし、また学問と生活と格闘する一日が明日から始まりますので、『中庸』なんぞを紐解くわけですが、まあ、学問というものは、「ていねいにゆきとどいた実行をする」ことによって自分自身を育てていくことなんだよなアとひとり納得。

夕方少し散歩をしつつ、帰宅しますと、7月から育てているゴーヤがいい感じで大きくなってきております。

そういえば、ものの大きさを比べる際に、そのもののよこにサイズ比較で煙草の箱がおかれていた図式をむかしはよく見かけたものですが、最近ではとんとお目にかかることがめっきりへりました。これも健康増進云々かんぬんの所為でしょうか。

ま、さておき、このゴーヤが育っていくように、我が身も育てていきたいものです。

日中は何も学問をやらなかったのですが、さてぼちぼち、開始しましょうか!

「果たして此の道を能くすれば、愚なりと雖も必ず明らかに、柔なりと雖も必ず強からん」ですから。

さて……。昨夜はひさしぶりに宅飲ですが鯨飲。

こりない人間ですので、今晩も鯨飲。

その御馳走目指してがんばるか。

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