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自分の計画をみずから選ぶ者は、あらゆる能力を駆使する。

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 人間の能力は、知覚、判断力、識別感覚、知的活動、さらには道徳的な評価さえも、何かを選ぶことによってのみ発揮される。何事もそれが習慣だからという理由で行う人は、何も選ばない。最善のものを識別することにも、希求することにも習熟しない。知性や特性は、筋力と同じで、使うことによってしか鍛えられない……世間や身近な人びとに自分の人生の計画を選んでもらう者は、猿のような物真似の能力があれば、それ以上の能力は必要ない。自分の計画をみずから選ぶ者は、あらゆる能力を駆使する。
    --ジョン・スチュアート・ミル(山岡洋一訳)『自由論』光文社古典新訳文庫、2006年。

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1人を殺すか、それとも5人を殺すかを選ぶしかない状況におかれたとき、1人を殺すのを選ぶことを正当化するのが功利主義の立場です。計算可能性によって条件を整理していけば判断は正しさに近づいていく……。

しかしそんな選択なんて許されない……どこかで何かがひっかかる。

そこが功利主義の限界なのでしょう。

このところ、ベンサム(Jeremy Bentham,1748-1832)とミル(John Stuart Mill,1806-1873)を交互に読み比べているのですが、前者は功利主義を樹立し、後者が展開させたというのが思想史における教科書的評価です。

しかし、丁寧に読んでみるとそれだけで済まされる問題でもないってことが、「どこかで何かがひっかかる」ようにしこりとしてのこってしまいます。

確かに前者は「計算可能性」によって、人間の正しい判断とその全体化への道を拓いたことは否定できませんが、丹念に読み直すと後者はそれを展開するというよりも最終的にはご破算にしてしまった……そんな読後感がどうしてものこってしまいます。

功利主義はあらゆる価値を単一の尺度に還元してしまうという効用原理をその主軸と起きます。効用原理を否定することはできません。

計算化された効用によって人間は判断するわけですから。

まあ、卑俗な日常語でいえば、「損か得か」って行動原理です。

しかし、それで全てを説明することも不可能なんです。

それが「どこかで何かがひっかる」しこりというやつなのでしょう。

ですから、ミルは、最終的には、行動と結果がだけを問題する「効用原理」を乗り越えて……全否定するわけではありませんが……、人格とか徳を持ち出してしまう。効用を超えた道徳的理想といってよいでしょう。

効用を否定することはできないんですが、「それだけではない」人格とか徳というものもやはり必要不可欠であることを、明記しているんですね。

その意味では、ミルはベンサムの完成者というよりも、最終的には否定といったほうがよいのかもしれません。

さて……。

暑い一日が終わり、ぼちぼち日報をしあげて、市井の職場を「けえるか」……って思った矢先、

「正面入り口でお客様同士が口論しているんですが……」

……って通報あり。

正直「やっかいな」……って思いつつ現場へ急行すると、

若い兄ちゃんが壮健な老人に罵詈雑言を一方的にたれているわけですが、

話を聞くと、

「肩があたった」とかなんとやら。

たしかに「計算可能性」によって導かれる「効用原理」に従うならば「不毛な論争」という好事例。

面倒なので、かみついているニイチャンに、

「では、出るところに一緒にでましょうか」

……って声をかけると、

「あんだテメー」

……ってすごんでから、カートを蹴飛ばしてそそくさと退場してくださいました。
まあ、これは「計算可能性」によって導かれる「効用原理」に従って都合が悪いとさとって自ら退場していったというところでしょう。

結局の所、すべてをひとつの原理によって証明することはできないということを痛感しつつ、人間は都合の良いところだけ「計算可能性」によって導かれる「効用原理」に従って行動しているんだなあ……と痛感した深夜です。

まあ、だからこそ、対他的に依存する自称ではない、「人格」とかそのへんを叮寧につくっていくしかないんだよなあ~ひとり自覚した次第です。

……ということで今日は久しぶり……一週間以上ぶり?……に日本酒をやっております。

「越の影虎 龍」(諸橋酒造株式会社、新潟県)。

晩酌用の普通酒ですが、やはり新潟の酒。

決して高いものではありませんが、それなりに旨い。

細君が毎月1本買ってくれるのですが、今月は四合瓶ではなく、一升瓶でした。

ありがたい。

ここにはまさに「計算可能性」によって導かれる「効用原理」は働いていないのだろう。

いや、実は深く働いていたりして……???

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