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「理論が純粋になるだろうと「考えないこと」、純粋に応用できるような現場が見つかるとは思わないこと」

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 人は理論の使い方を学ばなければなりません。われわれのポストコロニアル理論の方法は、じゅうぶんに使うことが可能です。ただし、自分の状況にぴったり来る理論を持っていてはダメです。それでは使えないでしょう。アルチュセールは「矛盾と重層的決定」という論考で、あれほど早期にかつあれほど明確に、このことを述べています。彼はフランスの共産党のただ中から語っていましたが、勇気ある発言でした。曰く、理論が純粋になるだろうと「考えないこと」、純粋に応用できるような現場が見つかるとは思わないこと。
    --ガヤトリ・スピヴァク(大池真知子訳)「抵抗として認識され得ない抵抗」、『スピヴァク みずからを語る 家・サバルタン・知識人』岩波書店、2008年。

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ようやく二日目が終了。

とりあえずウルトラセブンのところまで。

なんで「倫理学」でウルトラセブンなのかというツッコミは抜きにして、オリジナル教材ですから「イタシカタアリマセン」。

さて……。
明日はガヤトリ・スピヴァク女史(Gayatri Chakravorty Spivak, 1942-)のポストコロニアル理論の紹介から授業をスタートさせます。

いやー、スピヴァク女史、読めば読むほどやばいんです。

「理論が純粋になるだろうと「考えないこと」、純粋に応用できるような現場が見つかるとは思わないこと」。

ここを錯覚したばかりに現実が翻弄されてしまったわけですが、明日も白熱教室!

のこり二日間がんばります。

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著者:ガヤトリ スピヴァク
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