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【覚え書】「今週の本棚:海部宣男・評 『進化の運命』=サイモン・コンウェイ=モリス著」、『毎日新聞』2010年9月26日(日)付。

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今週の本棚:海部宣男・評 『進化の運命--孤独な宇宙の必然としての人間』=サイモン・コンウェイ=モリス著
 ◇『進化の運命--孤独な宇宙の必然としての人間』
 (講談社・2940円)

 ◇「人間は必然」と説く著者の必然とは
 地球上の生物の四十億年近くにわたる進化は、科学の胸おどるテーマだ。次々に発見が続く化石資料はもちろん、DNAやタンパク質の解析という定量的な手法も加わったことで、めざましい進歩がつづいている。

 だが進化の専門家の間ではいま、厳しい対立が起きている。そこでこの本を取り上げながら、その対立点を探ってみよう。

 実をいえば「進化」は、ダーウィンによる進化論の提唱以来ずっと、激しい対立の渦の中にあった。進化は原始的生物から自然に発展して人間が生まれたことを意味するのだから、この世界での私たち自身の位置が問われたわけだ。当然、神による世界創造・人間中心の立場に立つ一神教、とりわけキリスト教との激しい軋轢(あつれき)を起こした。この点、世界創造を説かない仏教の立場は大きく異なる。自然(じねん)、すなわち自(おのずか)ら然(もよお)したものというのが、自然界についての仏教の基本的立場だ。それもあって日本の私たちからは、欧米におけるこの論争の激しさは理解しにくい。今回もこの本を読み終わり、その思いを深くした。

 アメリカで猛威をふるうキリスト教原理主義は、措(お)いておこう。ここで取り上げるのは、進化論の本家・イギリスを中心とした論争である。進化学者同士の論争だから、進化が適者生存を基本に進んだというダーウィンの理論は、どちらも否定しない。では、論点は何か。

 「生物の進化は、ランダムな試行錯誤なのか? それとも方向性を持って進むのか?」である。

 例えば六千五百万年前の巨大隕石(いんせき)衝突で恐竜が滅びた結果、哺乳類(ほにゅうるい)が繁栄し、人間が出現した。ではもし、大隕石が衝突していなかったら? その後の進化で、何が起こっただろうか。有名な進化学者の論客グールドたち「ランダム派」は言う。人間は現れていない可能性が高い。進化の方向は偶然の作用が大きく、生命の歴史のテープを巻き戻して再生すれば、全く違う結果に導くだろう。われわれ人間は偶然の結果、たまたまここにいるにすぎない。

 この本の著者コンウェイ=モリスは言う。進化には方向性がある。隕石落下がなかろうと、さまざまな偶然が重なろうと、人間はいずれ必ず現れたと。それが、この本の主題だ。

 彼は、カンブリア紀の進化爆発で有名なバージェス動物群の発見者だ。一九九七年の著書『カンブリア紀の怪物たち』(講談社現代新書)で、バージェス動物群はランダム進化の実験場でその場限りの種を数多く生んだというグールドが唱えた説に、真っ向異議を唱えた。バージェス動物群の多くは現存する動物につながる存在だと。私はこれも本欄で書評したが、軍配は密(ひそ)かに彼に挙げた。

 コンウェイ=モリスは進化には方向性があり人間は必然と主張するため、本書を書いた。主な根拠は、「収斂(しゅうれん)進化」という現象である。哺乳類のオオカミと有袋類のフクロオオカミなど、全く異なる系統から非常に似た形態や機能が生まれることが、進化上の収斂だ。似た環境と似た食物、生態上の必要が収斂を生むのであり、もちろんダーウィン的適応の結果である。本書の核心、六章から九章の二四〇ページ(本文の半分)は、面白いこと請け合いだ。著者は、驚くべき収斂進化の実例を次々に挙げる。

 レンズと網膜を備え、像を結び色を認識する人間の眼(め)は素晴らしいが、似たようなカメラ眼は哺乳類・鳥類とは別に、タコなどの頭足類、クラゲまで含め、十五回以上も独立に進化した。知能への収斂進化もあり得ると、その例も豊富に挙げる。イルカの脳は二千万年前くらい前までに大型化し、百五十万年前までは、イルカが地球で脳が最も発達した動物だった。人間の要件とされる道具の使用も二足歩行も、それぞれ独立に何回か進化を経たという。なるほど進化には方向性があるんだと、読む者を納得させる迫力がある。

 ところで本書の第一章から第五章は、分子レベルで見た生命の複雑さ、自然発生の困難さ、そして宇宙の生命についてである。生命の起源にはいろいろ見方もあろう。だが地球に似た惑星の存在はほとんど望みがないとする宇宙の生命の章は正確さを欠き、少々驚いた。前半で著者はなぜか結論を急ぎ、「生命は奇跡」へと結論を引っ張るのである。

 第十章では著者の「神」が徐々に姿をあらわす。グールドらへの反論をまとめた第十一章は学問的批判を超え、ほとんど読むに堪えない。『カンブリア紀の怪物たち』の著者がかくも感情的になるとは。

 この世のことは気まぐれに過ぎないという主張は精神を蝕(むしば)む、と著者は危惧(きぐ)する。著者の最後の言葉は、「進化の重要な事実と天地創造との調和を自問せよ」。ここで重要な事実とは、収斂進化のことだ。大きな意味での天地創造だと言いたいのだろう。しかし収斂進化は、神がなくとも知性が生まれることをも示すのではないだろうか。だいいち、仏教徒はどうしてくれます?

 一方のグールドの主張は、『神と科学は共存できるか?』(日経BP社)などを参照。訳者あとがきは、この本が書かれた背景の懇切な説明になっている。(遠藤一佳・更科功訳)
    --「今週の本棚:海部宣男・評 『進化の運命』=サイモン・コンウェイ=モリス著」、『毎日新聞』2010年9月26日(日)付。

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進化の運命−孤独な宇宙の必然としての人間 Book 進化の運命−孤独な宇宙の必然としての人間

著者:サイモン・コンウェイ=モリス
販売元:講談社
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