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自分のことはよくわかるが、他人のことはよくわからない。いま自分が何を考え、何を感じているか、それは手に取るようによくわかる。しかし、いま他人が何を考え、何を感じているか、これは手に取るようにはわからない。

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 自分と他人は違う。自分のことはよくわかるが、他人のことはよくわからない。いま自分が何を考え、何を感じているか、それは手に取るようによくわかる。しかし、いま他人が何を考え、何を感じているか、これは手に取るようにはわからない。この自他の非対称性は、誰もが持っている事実である。
 通常「他者の問題」といわれているものにはいくつかの種類があるが、そのどれを取っても、もとにあるのはこの事実であってそれ以外ではありえない。しかし、この事実をどのようにとらえるのか、そのどこに「問題」を発見するかによって、「他者の問題」は多様な相貌をみせるのである。それはまた、他者の他者性をどこに見いだすか、ということである。
    --永井均「他者」、『〈私〉の存在の比類なさ』講談社学術文庫、2010年。

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どうも宇治家参去です。
他者問題についてそろそろひとつまとめようかと思いつつ、「理由の他者」性と「感覚の他者」性の違いを踏まえつつ、議論を進めていかないと、現実とかけはなれた作業架設に陥るか、それとも恣意的な感覚主義になってしまうか……、永井均(1951-)先生の著作を紐解きつつ、昨夜は思索を続けていたわけですけれども、飲みながらの思索の途中で、自宅周辺をお世話になっている英会話・米文学のS先生が自転車で通過(⇒帰宅途中)されるとのことを聞き、

「ぢゃ、そこまで行きますワ」

……ってことで、自転車にビールぶっこんで、そのまま出かけてしまった次第です。

1時間ほど、哲人ならぬ鉄人会議を遂行w

自転車道脇のテラスにて、ああだ・こうだとくだらぬ話をしたわけですが、やはりいろいろな媒体はありますけれども、会って話をする、とくに学問の話とか下らぬ話であったとしても、会って話をするというのは大事だなア……と思いつつ、再会を期して辞しました。

S先生お忙しいなかありがとうございました。

さて……。
帰宅してから、また少し飲みなおしてから寝たのがorzでした。

日曜は、朝から家人と美術館に行く予定でしたが、起床すると誰もおらずのorz

これは、まあ、日頃から疲れているのでゆっくりやすんでいいよ……というメッセージとうけとめつつ、

まさにこれこそ「自分のことはよくわかるが、他人のことはよくわからない。いま自分が何を考え、何を感じているか、それは手に取るようによくわかる。しかし、いま他人が何を考え、何を感じているか、これは手に取るようにはわからない」という奴か。

さて……。
他者問題をもう一度考え直しましょうか。

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