« 自分のことはよくわかるが、他人のことはよくわからない。いま自分が何を考え、何を感じているか、それは手に取るようによくわかる。しかし、いま他人が何を考え、何を感じているか、これは手に取るようにはわからない。 | トップページ | 【覚え書】「反射鏡:サンデル教授に触発された日韓反応の対照=論説委員・中島哲夫」、『毎日新聞』2010年9月19日(日)付。 »

理由は必要ありません

01

-----

  理由の他者性
  まず、多人が何を考えているかわからない、という点を取り上げてみよう。今路上でたまたま見かけた友人が、何かを必死で考えている様子である。何を考えているのか、微に入り細をうかがって彼を観察して見ても、言い当てることはまず絶対に不可能であろう。彼は道に迷って微かな記憶の痕跡を必死に辿っているのかもしれないし、何らかの必要から三桁のかけ算を頭の中で必死になってやっているのかも知れない。彼が何を考えているのか、どうすればわかるだろうか。彼に聞いてみればいい。だが、聞いてみるしかない。彼の答えが「暗算をしていた」であれば疑問は氷解するだろう。なお残るわからなさは、なぜ彼は暗算などをしていたのか、という点だけであろう。そこで「なぜそんなことをしているんだい?」と聞いてみる。もし彼の答えが「路上で暗算すると気が晴れる」だったとすれば、今度のわからなさは最初のそれとは異質である。そして、そのわからなさがどこまで問答を続けても晴れないとき、そこに「他者の問題」がある仕方で登場してくることになる。このようなばあい、に問題となる他者の他者性を、かりに「理由の他者性」と呼ぶことにしよう。
  理由の他者性について論じるべきことがらは多い。それは結局のところ人間の行為全般におよぶからである。およそ人間がみずからおこなう行為のすべては、行為というものの本質上、その人の考えることによって導かれており、人の考えることは、考えるということの本質上、理由の連鎖によって成り立っているからである。ところが、ある人にとってもっともな理由は他の人にとっては納得のいかない理由である。納得のいかない理由によってなされた行為は不可解な行為であり、しばしばそのような行為をおこなう人物は不可解な(訳のわからない)人物である。要するに、ここで問題になっているのは人間の従うべき規範なのであって、異なる規範に従う者が、すなわち他者なのである。したがって、すべての人間があらゆる点で同一の規範に従うとすれば、この意味での他者は存在しないということになる。

        永井均「他者」、『〈私〉の存在の比類なさ』講談社学術文庫、2010年。

-----

昨日は夕刻より東京駅近くの「食彩健美  野の葡萄」にて学生さんたちと会食といいますか、怪飲してきました。

飲むのに理由は必要ありません。

ただしかし、疲れたびです。

さて今日はこれから授業です。

orz

02 03

〈私〉の存在の比類なさ (講談社学術文庫) Book 〈私〉の存在の比類なさ (講談社学術文庫)

著者:永井 均
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

|

« 自分のことはよくわかるが、他人のことはよくわからない。いま自分が何を考え、何を感じているか、それは手に取るようによくわかる。しかし、いま他人が何を考え、何を感じているか、これは手に取るようにはわからない。 | トップページ | 【覚え書】「反射鏡:サンデル教授に触発された日韓反応の対照=論説委員・中島哲夫」、『毎日新聞』2010年9月19日(日)付。 »

告白・独白・毒吐の日々」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 理由は必要ありません:

« 自分のことはよくわかるが、他人のことはよくわからない。いま自分が何を考え、何を感じているか、それは手に取るようによくわかる。しかし、いま他人が何を考え、何を感じているか、これは手に取るようにはわからない。 | トップページ | 【覚え書】「反射鏡:サンデル教授に触発された日韓反応の対照=論説委員・中島哲夫」、『毎日新聞』2010年9月19日(日)付。 »