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出会うと同時にこの出会いそのものを相手に対して必ず表明しなければならないような唯一の存在、それが人間である

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 出会うと同時にこの出会いそのものを相手に対して必ず表明しなければならないような唯一の存在、それが人間である。まさにこの点でも、遭遇は認識と区別される。人間的なものに対するどんな態度のなかにも、挨拶--たとえそれが挨拶の拒否であれ--が存している。知覚とはこの場合、地平に向けて、私の自由、私の権能、私の所有物の領野に向けて自己を投影し、このなじみ深い基底を起点として個体を掌握することではない。そうではなく、知覚は純然たる個体、存在者としての存在者と係わるのだ。「了解」という語をあえて用いて述べるとするなら、このことはまさに次のことを意味している。つまり、存在を存在者として了解することはすでに、私が存在者に対してこの了解を表現することなのである。
 語りかけることもなく、他者と接することはできない。この不可能性は、思考が表現と不可分なものであることを意味している。ただし、他者に関する考えを他者の精神のうちにいわば移し替えることが表現なのではない。このことを初めて述べたのはハイデガーではなく、ソクラテスである。表現はまた、他者と私が共有する了解を後から言葉として表明することでもない。表現とは、了解によって得られる共通内容へのいかなる融即よりも先に、社会性をある関係によって創設することである。だからこそ、この関係が了解に還元されることはありえないのだ。
 このように、他者との関係は存在論ではない。他者との絆は他者を表象することではなく、他者に請願することでえある。しかも、この絆においては、了解が請願に先立つことはない。われわれはこのような絆を宗教と呼ぶ。言説の本質は祈りである。人物との絆においては呼格がかたちづくられるが、この点において、人物との絆は事物を目指す思考とは区別される。つまり、命名されたものは同時に呼びかけられたものでもあるのだ。
    --E.レヴィナス(合田正人訳)「存在論は根源的か」、合田正人編訳『レヴィナス・コレクション』ちくま学芸文庫、1999年。

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本日……精確には昨日……が最終出勤日の市井の職場のバイト君と最後の仕事をがっつりとやってきました。

東京は、雨模様。

よって……といいますか、商圏として自転車・徒歩でのお買い物で来店されるお客様が7割を越えるGMS店舗ですので、比較的のんびりと業務を遂行する予定でしたが・・・、

そうは問屋がおろさない・・・という慣用句があるように、

「暇だろうから、店内のレイアウトチェンジよろしくネ」

……という不幸の手紙という名の引継書に図面が添付されてい、

「アウントウェルペン!」

……とさけびつつ、最後の出勤日だったバイト君S君と一緒に

「ありえねえー」

……とハグしつつ、えっちらおっちら作業は完遂した次第です。

店外の雨模様は落ち着きましたが、店内の景色はすでに秋模様!

セキュリティをセットして、ミッドナイトMgrへ引継をしてから、お互いに、、、

「お疲れさま、おせわになりましたっ」

どちらから声をかけるわけでもなく唱和という寸法w

このままそれでクローズさせるのも難ですよね。

なにしろ、自分が現在の店舗へ移ってから最初に採用されたバイト君。

思い返せば3年間、同じ釜を喰ったといいますか……。

関西から上京して、3Dグラフィックで仕事を探していたのですが、探しているだけでは「喰っていく」ことは不可能ですから、〝つなぎ〟で始めたバイトなわけで、在職中に何度も「ご縁がありませんでした」をくらいつつ……、必死かつのんびりにくらいついていった結果、時間はかかりましたが、試用期間有りの、まずは限定採用ですが、なんとか仕事が決まり、今日になった次第です。

まあ、負けないで食らいついてほしい。

何度も厳しい話をしつつ、幾千と泣かせて……。

なにしろ、宇治家参去は、アメリカのテレビ・ドラマでいうと「COMBAT!」のチップ・サンダース軍曹ですから、ビシビシやったわけですが、それを乗りこえてガッツしてきましたので、

「それを忘れずに、自分から〝できましぇん〟なんてクローズするなよぉぉ」

って弾嘩してきたわけですが、、、、

某ヨット・スクール張り(ネタが古い?)のしごきに耐えてきましたので、まあ、がんばってほしいと思います。

……って終わらせてしまうと、わたしであってわたしでないでしょ。

ですから、

勤怠をカード・スキャンしてから、、、

「いくか」

……ってことで〝強引〟に行った次第です。

ホント、これこそ悪しき「日本教」orzなのですが、こーゆう「日本教」もありかぁ!と思いつつ、

「じゃあ、最後ですから」

⇒ って逝った次第です。

まあ、S君、酒がNGなわけなのでw

⇒ とわいうものの、23時過ぎてから近隣で営業しているのは居酒屋かファミレスぐらいなので、前者。

ウーロン茶と生ビールでまずは乾杯!

初鰹よりももどり鰹のほうがこのみですので、鰹のたたきを頼んでからゆっくり懇談。

「いやー、アレまじはんぱなかったすよねえ」

とか。。

「これも、ありえなかったですよねえ」

……って江田島@海軍兵学校ばりに思い出話をつらつらとやりつつ、S君は飲めないので高菜チャーハンでサンマの塩焼きをやってもらいつつ、こちらは、焼き鳥で舌鼓。

いろんな問題とか、才能の問題はとか、いろいろあるのは知っているんです、一般論として。

ですけど、キチンと続けていくのは大事なんだよなア~としみじみ思いつつ、

サクッ

……と締めてから

「お互いに、〝負けない〟人生を!」

とエールを交換した次第です。

正直なところ、極めて金欠でしたので、

「いきたいけど、いくとマズイよなア、まあカードで払う手もあるけれども」

……と忸怩たるところもあったのですが、やっぱり思い切って正解w

人間の価値は、金では換算できませんし、ねえ。

ホント、逆に自分もがんばるべ……と思ったひとときでございました。

いや、ホント、レヴィナス老師(1906-1995)は「出会うと同時にこの出会いそのものを相手に対して必ず表明しなければならないような唯一の存在、それが人間である」と語りますが、本当に、人間は素晴らしい、ありがとうではその出会いに感謝しきれません。

いやー、

負けないで進め!

……オイラもw

とかいいつつ、結局帰宅後最終的に鯨飲しているなうw

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