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要するに現今の教育は、善良なる国民は作つたけれども、世界の一員としての資格は作つてやらなかつた

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 日本人は能く米国の理想を解することが出来るかといふに、残念ながら予は否と答へざるを得ぬ。何故かといふに、日本従来の国民教育の方針が全然この主意に反して居たからである。従来併びに今日の国民教育は、子弟に向つて世界文明の進歩に対するする日本帝国の責任といふやうなことを教へて居るか。我々は一個人として知らねばならぬ多くの智識は教へられた。郷党に対する義務、殊に国家に対する義務は完全に教へられた。併し世界の一員としての責任については、何等の智識も授けられて居ない。要するに現今の教育は、善良なる国民は作つたけれども、世界の一員としての資格は作つてやらなかつた。
    --吉野作造「学術上より見たる日米問題」、『中央公論』一九一四年一月。

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大正デモクラシーの論壇をリードしたのがクリスチャン・デモクラット吉野作造(1878-1933)ですが、その吉野が主たる舞台として健筆をふるったのが『中央公論』。

そして『中央公論』における吉野のデビュー作が上述した「学術上より見たる日米問題」で、この論説では、日露戦争後とくに激しくなったアメリカにおける日本人移民排斥の問題をとりあげ、その解決策を論じた。

当時の日本人移民排斥の問題では、当初の労働者の雇用をめぐる摩擦という域を超えて政治的色合いを濃くし、日米戦の可能性までも話題とされ、一九一三年のカリフォルニア排日土地法の成立は、その議論をますますヒステリックなものへと加速させ、「白閥打倒」を声高に叫び始める論者も多くなってきた。

吉野の「学術上より見たる日米問題」という論説は、こうした状況の下で執筆されたものである。しかし吉野の問題についてのとりあげ方は、冷静そのもので理路整然問題を対象化していた。

吉野はこの論説で、確かにアメリカ側の日本人対する誤解や偏見があること、そしてそれが排日思想の一つの原因となっていることを認めながらも、基本的には日本側にある問題をより重視する立場をとった。

すなわち吉野は日本人移民の移住動機そものものが「個人的乃至国家的利己心」に存在し、移住先たるアメリカの建国の理想を理解しようとする気持ちが見られない。

「之では米国に於て歓迎せぬのも、当然ではあるまいか」。

この状況では、アメリカに限らず世界のどの地域でも日本人が受け入れられるはずがない。そしてその根本原因こそ「要するに現今の教育は、善良なる国民は作つたけれども、世界の一員としての資格は作つてやらなかつた」という吉野は述べている。

吉野は、排日問題の根本原因を、これまでの日本の教育が、国境をこえて広く世界や人類を見つめる普遍的な視座を欠如し、ひたすら国家に忠誠な内向きの国民の創出に終始してきた、その偏狭さにあるとした。ここには、今後の吉野の社会的発言を特徴づける、国民国家の相対化・世界志向の発想が明快な形で示されている。

……などと考えつつ、さて仕事にもどります。

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