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【覚え書】「今週の本棚:村上陽一郎 評 偶然とは何か 竹内啓著(岩波新書・756円)」、『毎日新聞』2010年10月17日(日)付。

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〔今週の本棚〕村上陽一郎 評 偶然とは何か 竹内啓著(岩波新書・756円)
世界は因果のなかにあるのか

 科学の世界が厳密な因果性のなかにあると考えている人は多い。人工衛星の打ち上げが成功するのも、原子炉の安全が守られているのも、新幹線の列車が時刻通り正確に運行されるのも、ひとえに絶対的な因果性に依拠しているからであるはずだ。
 むろん、それでも思い通りにいかないこともしばしばである。しかし、それは、人間の無知と浅慮とミスによるもので、至善のなかには厳然と因果性が貫徹している。
 そう思いたいのは人情かも知れない。かつて、量子力学の誕生に伴って、そうした厳密な因果性がミクロな世界では失われている、という解釈が確立されたが、アインシュタインは、その理論の基礎となる概念の最初の提唱者の一人でありながら、頑強にそうした解釈に反対し続けたことは、よく知られている。彼は、暫定的に因果性の崩壊を認めたとしても、それは人間の知識の一時的な限界によるものだ、とみなした。問題は、その限界を肯定的に捉えるか、なのだが、厳密な因果性という考え方が、近代的な社会に生きる人間にとって、その心奥に深く浸透していることを語るエピソードだろう。
 しかし、一方で、全くそうした因果性の枠組みから外れた事象と思われるものも、決して少なくない。そこに私たちは「偶然」という言葉をあてがうことになるが、それを、人間の知識の一時的な限界に帰し、いずれはその限界は縮小されるはずだ、という解釈はあり得る。しかし、人間の知識には本来の限界があり、因果性によって把握できない領域がある、という解釈も成り立つ。本書は、後者の立場に立ち、偶然を、無知という否定的な角度から捉えず、それに積極的な価値を賦与することを目指す。
 一読、とにかくまずは、著者の明晰な頭脳から生まれる明晰なレトリックに感嘆する。一例を挙げよう。宝くじを買う人が、一、〇〇〇、〇〇〇番と四、一九四、三〇四番の二枚のくじがあったとき、普通は後者を選ぶだろう。実際にはこの二枚のくじが当たることは「同じ程度に確からしい」ことを理解している人でも、前者のくじのような「不自然な番号が当たるはずはない」という心理が働くことは避けられない。と言いつつ、後者のくじ番号は実は二の二二乗であって、それゆえ二進法で書くと、一の後に〇が二十二個並ぶような番号なのである。こうした筆法を通じて著者は「こちらの方が当たりそうだ」と思って一方を選んで買ったとしても、それが特にあやまっているとはいえないであろう、と結ぶ。
 このような見事なレトリックを駆使しながら、著者は確率、賭け、ランダムネスなど、判っていると思われながら、その実正確な理解が難しい概念を、鮮やかに解き明かしていく。そこには晦渋(かいじゅう)さはおよそない。
 しかし、本書がカヴァーする範囲は、そうした説明だけではない。歴史における偶然と必然の説明では、ある民族や国家の歴史を「偶然」と捉えることこそが、不適切な民族意識や国家意識を緩めるのに役立つだろう、という見解が述べられるし、あるいは意識としての「自由」を巡る議論では、外から見れば偶然である内面的必然性を、人間に特有な主体性として解釈すべきでは、といった哲学の分野にまで、明快な分析は及ぶのである。
 小さな書物には違いないが、端倪すべからざる内容を備えた書物として推奨する。
    --「今週の本棚:村上陽一郎 評 偶然とは何か 竹内啓著(岩波新書・756円)」、『毎日新聞』2010年10月17日(日)付。

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久しぶりに書評を読んで本を手にしたくなった。→ので、【覚え書】。

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