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2010年10月

法人のために使用される「Inc.」という省略記号

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 本書上梓の端緒は、(当時バークリー校のジョン・H・ボールト講座の法学教授であった)私の友人マックス・ラディンと、床から天井まで、そしてドアから窓まで書物や書類挟みやノート--そして生活--で一杯になったボールト・ホールの彼の小さな研究室で私が十二年前に交わした会話である。質問で彼の関心を呼び起こし、つねに刺激的で興味深い放しへと彼を唆すことは、そう難しいことではなかった。或る日私の郵便受けに、合衆国の或るベネディクト会修道院により刊行され、典礼に関する定期刊行物の抜刷りが送られてきた。ヨーロッパ大陸からやって来て、英米の洗練された法的思考の訓練を受けていない学者にとり、慣例的には会社その他の法人のために使用される<Inc.>という省略記号が、かつてユスティニアヌス帝がアテナイのプラトン学園(アカデミア・プラトニカ)を廃止したまさに同じ年に、聖ベネディクトゥスがモンテ・カッシーノの岩山に設立した尊敬すべき団体に添えられているのを見ることほど、困惑させるものはなかった。私の質問に対してマックス・ラディンは、確かに今世紀になって修道士の団体が法人組織とされたこと、同様のことがローマ教会の司教区についても言えること、そして、たとえばサンフランシスコ大司教は法律用語で言うと「単独法人」(Corporation sole)として表現されうることを、私に教えてくれた。この話題は、当該テーマに関するメイトランドの有名な研究へと我々の会話をただちに向けさせることになり、さらに会話は、法人として抽象的な「王冠」、エリザベス朝時代のイングランドで展開された「王の二つの身体」という興味をそそる法的擬制、シェイクスピアの『リチャード二世』そして「抽象的なる王」という観念の中世におけるいくつかの先駆的形態へと及んでいった。言い換えれば、我々は有意義な会話、読者諸氏でもつねに切望しておられる類いの会話を交わしたのであり、マックス・ラディンこそこのような会話の理想的な相手だったのである。
    --E・H・カントーロヴィチ(小林公訳)「序文」、『王の二つの身体 中世政治神学研究 (上)』ちくま学芸文庫、2003年。

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邦訳が文庫化されたとき、学問の恩師、そしてお世話になっている副査の先生から、「この本を読んでいた方がいいよ」っていわれて、発刊された年に購入だけはしておいたのですが、なかなか手にすることができず……。

都合7年近く放置していたのですが、部屋の整理をしていたらたまたま出てきた……というかワタクシの部屋は決まったところにそれを置かないとひょっとしたら一生出会うことが不可能であるかもしれないレベルまで混雑(>_<)しておりますのでホント「一眼の亀の浮木の孔に値えるが如し」邂逅であったわけですが、普段ならそのまま放置するところですが、何か気にかかって、仕事へ行くときにフト鞄へいれて仕事へ出たという寸法にて、休憩中に序文だけを読んだのですが、

「これかッ」

度肝をぬかれた次第です。

E・H・カントーロヴィチ(Ernst Hartwig Kantorowicz,1895-1963)の「The King's Two Bodies: A Study in Mediaeval Political Theology, (Princeton University Press, 1957」というやつがそれです。
⇒邦訳は、小林公訳『王の二つの身体 中世政治神学研究』ちくま学芸文庫、2003年。

11月はこのホント格闘しそうですネ。

要するに、宗教と宗教性は異なります。宗教は必ず集団化するんです、社会として。
そして宗教性の根源はどこまでも自分を個別化させていこうとする性癖に直観を置きます。

宗教史は基本的に、宗教団体史にほかなりません。

それをいわばどのように読み解いていくのか。

団体化するということは不可避的に問題を招来します。

そこで頭を悩ませる次第なのですが、安易に宗教性に依拠もしたくない(⇒スピリチュアルへ傾きたくない)というジレンマでぐだぐだやっていたわけですが、この本に一つのヒントがありそうです。

まだ序文しか読んでいないのですけどネ。

いやはや、<Inc.>が会社を意味するだけでなく、その出現のときにおいて、宗教「組織」を意味するとは……。

一本とられましたヨ。

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王の二つの身体〈上〉 (ちくま学芸文庫) Book 王の二つの身体〈上〉 (ちくま学芸文庫)

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王の二つの身体〈下〉 (ちくま学芸文庫) Book 王の二つの身体〈下〉 (ちくま学芸文庫)

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The King's Two Bodies: A Study in Mediaeval Political Theology Book The King's Two Bodies: A Study in Mediaeval Political Theology

著者:Ernst H. Kantorowicz
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科学の探究者が単なる科学者にならないように、教師が単なる教育者にならないように、牧師が単に法衣をまとった聖職者にならないように

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 第二三章 教育の職業的側面 
 一 職業の意味
 現代では、哲学の諸説の衝突は、教育における職業的要素の正しい位置と機能に関する論議に集中する。哲学の基本的な考えの重要な相違が主として問題になるのはこの点に関してである、と述べただけでは、変に思われるかもしれない。つまり、哲学上の諸観念を定式化する抽象的で一般的な用語と、職業教育の具体的な細目との間には、あまりにも大きな隔たりがあるように思われるのである。だが、教育における、労働と閑暇、理論と実践、身体と精神、精神の状態と外界との対立の基礎をなしている知的前提を頭の中で再吟味すれうば、それらの対立がついには職業教育と教養教育の対立に達することが明らかになるだろう。伝統的に、一般教育とは、閑暇や、純粋に静観的な認識や、身体の諸器官の積極的使用を伴わない精神活動という概念と結びつけられてきた。そしてまた、教養は、最近、純粋に個人的な洗練、つまり、社会的指導または奉仕からかけ離れたある種の意識とその構えを育成することと結びつけて考えられがちであった。それは、社会的に指導されることの回避であえり、なすべき奉仕をしなかったことへの慰藉だったのである。
 このような哲学上の二元論は職業教育の問題全体と非常に深くからまり合っているので、職業を中心とする教育が、単なる金銭以上んぼものではないとしても、狭い意味で実践的である、という印象を避けるために、職業の意味をいくらか詳しく定義することが必要になる。職業vocationとは、成し遂げられる諸結果のゆえに、ある人にとってたしかに有意義なものとなり、また、彼の仲間にとっても有益なものとなるような、生活の活動の一方面を意味するにすぎない。本業の反対は、閑暇でもなければ教養でもない。それは、本人自身にとっては、目標がないこと、気まぐれであること、経験に蓄積的な成果がないことであり、社会にとっては、無用な見栄や、他者への寄生的依存である。仕事occupationは、連続性を表わす具体的な用語である。それには、機械的労働をすることとか、収入のある色に就くことは言うまでもなく、専門的な仕事や実業的な仕事ばかりでなく、あらゆる種類の芸術的才能、専門的・科学的能力、有能な市民としての権能の発揮をも含まれるのである。
 われわれは、職業という概念を、直接目に見える財貨を生産する仕事に限定するこを避けるだけでなく、職業が排他的に各人にただ一つだけ割り当てられるという考えも避けなければならない。そのように限定された専門はありえないのである。人々を、ただ一つの方面の活動だけを目ざして教育しようとすることほどばかげたことはないだろう。第一に、各個人は、必ず、さまざまの職分をもっており、それらのおのおのにおいて、彼は理知的に有能であるべきであり、第二に、どの一つの仕事も、それが他の関心事から孤立していればそれだけ、その意味を失い、何事かにただ機械的に忙しく立ち働いているだけのことになるのである。(i)芸術家であるだけで、他の何ものでもないような人間はいない。しかも、ある人がそのような状態に近ければ近いほど、彼はそれだけ人間として発達していないことになり、彼は一種の怪物である。彼は、その生涯のある時期に、ある家族の一員でなければならない。友人や仲間をもっていなければならない。自活するかまたは他の人々によって養われなければならない。だから、彼は、ある職業をもつ。彼は、ある組織された政治的単位の一員である、等々。彼が他のすべての人々と共通にもっている職分よりも、むしろ彼を特徴づける一つの職分の名をとって、彼の職業の名とするのは当然のことでえある。だが、教育の職業的側面を考察することになったときには、彼の他の諸々の職分を無視し、事実上否定するほどまでに、言語に支配されてはならないのである。
 (ii)ある人の芸術家としての職業は、彼の多種多様な職業活動の著しく特殊化された側面にすぎないのだから、その職業における彼の能力--能率(エフイシエンシーという語の人間的な意味での能力--は、それと他の諸々の職分との関連によって決まるのである。彼の芸術的手腕が技術的完成以上のものであるべきなら、彼は経験をもたなければならない、すなわち、彼は生活しなければならないのである。彼は、自分の芸術活動の主題を自分の芸術の内部に見出すことはできない。それは彼が他の諸関係の中で苦しんだり楽しんだりするものの表現--それは彼の興味の鋭敏さや共感のいかんで決まるもの--でなければならないのである。芸術家に当てはまることは、他のいかなる専門的職業にも当てはまる。確かに--習慣の基本的性質におおよそ一致して--、あらゆる特殊な職業は、あまりにも支配的になり、あまりにも排他的で、その特殊化された面に集中するようになりがちである。このことから、意味を犠牲にして熟練や専門技術的方法が強調されることになるのである。それゆえ、この傾向を助長することは、教育の努めではない。教育のつとめは、むしろ、それを防いで、科学の探究者が単なる科学者にならないように、教師が単なる教育者にならないように、牧師が単に法衣をまとった聖職者にならないように、等々することなのである。
    --デューイ(松野安男訳)『民主主義と教育(下)』岩波文庫、1975年。

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学生さんからの質問もあり、そして、現実には職業教育が大学教育において隆盛をきわめる中で、その対極にある教養教育にどっぷりと携わっておりますものですから(=肩身が狭いw)、今日は一日、職業教育と教養教育に関して哲学者の知見をまとめて読んでいます。

この問題は社会学者のヴェーバー(Max Weber,1864-1920)やテンニース(Ferdinand Tönnies,1855-1936)、はたまたジンメル(Georg Simmel,1858-1918)あたりに知見があるかと思いきや、現代社会をデザインしたというべきプラグマティストのデューイ(John Dewey,1856-1952)にあったことには実に驚きです。
※もちろん、ヴェーバーやらテンニースに知見がないという意味ではありませんよ、念のため。

大学の専門学校化・職業訓練学校化の潮流の中で……それが悪いとはいいませんけれども……資格試験の奨励やスキル系の科目が増え、機械的な習熟に眼目が増えてきているのが現状です。

それが結構必修科目になったりしていて、対極にあるワタクシなんかからすると、「なんじゃらほい」って感覚です。

まあ、それが悪だという訳ではありませんよ。
大学は学生さんたちに対して、それを提供することは「しかるべき」だとは思います。
しかし問題なのはそればかりになってしまい、選択肢が無くなってしまうということです。極論ではありますが「人間とは何か」という問題を古典との対峙のなかで磨き上げていく、ひとびとと言葉をかわすなかで鍛え上げていくという労作業を割愛して、技術的知のみを吸収したのでは・・・本末転倒だろう、そんなところです。

だからコマとしてはあって「しかるべき」なんです。
だけどそれだけでは問題だろうということ。

まあ、それが社会の要請でありますし、大学はどの企業になんぼ人間を入れたかによって「ランク付け」が変動しますから「イタシカタない」わけですが・・・。

脱線しました。戻ります。

さて……。
現代の職業教育の特徴は何かといった場合、沢山指摘できますが、大きな問題は、やはり、テクネーの教授にのみ先鋭化した(人間の)分断といところでしょう。

デューイはプラグマティズムを高唱し、現在の社会を設計した哲学者・教育学者であるといってもよいと思いますが、プラグマティズム(実際主義・実用主義)というものは、実践優位・実用偏重とイコールではありません。

否、むしろどちらかといえば、優位や偏重を避け(逆に言えば、それまでの古典の詰め込みに重点を置いた旧世界的教育にもノーですが)、人間の全体性を回復することに主眼をおいた哲学なのではないかと思います。

ですから、古典偏重でも技術偏重でもない。その両方に足をつけた人間、生活者としての人間、そこに注目した哲学者でありつづけた……それがデューイの生涯だろうと思います。

さて全体性の回復に焦点を合わせてみた場合、人間の一側面にしかすぎない「職業人」のみへの注目は全体性を破壊する行為に他なりません。

生きている人間は、そもそも職業人であり生活者であり、親であり、子である……様々な側面をもっております。お互いがお互いを輝かせるためにはどのように向き合っていくべきなのか。その有機性の回復こそ教養教育の位置であり、そしてそれは本来的には職業教育と相反するものではない……ということです。

「確かに--習慣の基本的性質におおよそ一致して--、あらゆる特殊な職業は、あまりにも支配的になり、あまりにも排他的で、その特殊化された面に集中するようになりがちである。このことから、意味を犠牲にして熟練や専門技術的方法が強調されることになるのである。それゆえ、この傾向を助長することは、教育の努めではない。教育のつとめは、むしろ、それを防いで、科学の探究者が単なる科学者にならないように、教師が単なる教育者にならないように、牧師が単に法衣をまとった聖職者にならないように、等々することなのである」。

この一節は意義は深いと思います。

技術への過度の傾斜は、最終的に「科学の探究者が単なる科学者」に、「「教師が単なる教育者」に、「牧師が単に法衣をまとった聖職者」にならせてしまうわけです。

むろん、テクネーの職業教育が悪いわけではないのです。

しかしながら、「排他的でその特殊化された面に集中する」だけでは、職業人を作ることはできるけれども、人間をつくることはできません。

なにしろ、人間は○○屋(職業名)だけがその全てではありませんから。

そこを失念すると本末転倒になるのでしょう。

デューイは、その極端な事例として芸術家で分析しております。
芸術家は芸術家であるだけでなく、「彼は生活しなければならないのである」はずです。
そのことはつまり「芸術家であるだけで、他の何ものでもないような人間はいない」ということです。

しかし「ある人がそのような状態に近ければ近いほど、彼はそれだけ人間として発達していないことになり」、そうした場合結果としてその人は「一種の怪物である」という事態へと至ってしまうということです。

まあ、本朝の場合、割合的には、職業教育が教養教育より圧倒的な多数を占めるわけですので、教養教育の擁護をせざる得ないのですが、本来それは相反するものではないことを確認する必要はあるでしょう。

長い目で考えれば、職業教育の枠の中で教養教育があったり、その逆も然りというのもいいとは思うのですが。。。まあ、無理なんだろうけれど。ぼやきでは終わらせませんけどね、いちおー。

さてtwitterでは何度も紹介しておりますが、アメリカの名門私立大学・コロンビア大学では、ガチ古典学習の教養教育(プラトンから現代までの哲学・自然科学・社会思想の名著を徹底して読む)が90年以上も続いております。

【コロンビア大学 コア・カリキュラム】1919年から続いている文系・理系ほぼ全ての学生が必修のコアカリキュラムがそれです。
http://www.college.columbia.edu/core/ 

サンデル(Michael J. Sandel,1953-)をヨンデルといっても理解の土壌が違うわな。

教養教育なんて手をいれず就職予備校と化す日本と対極です。

まあ、結局のところ、本朝ではその仕込みを独りでやらなあかんという・・・ジレンマ

……などと考え込んでもしょうがないので、本日は季節限定の本格芋焼酎『赤霧島』(霧島酒造株式会社・宮崎県)でもいっぺえやりながら沈没しようかと思います。

くぅぅ、染みるねえ。

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民主主義と教育〈下〉 (岩波文庫) Book 民主主義と教育〈下〉 (岩波文庫)

著者:J. デューイ
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もし小林秀雄が生きていて、クオリアという考え方に接したら、「君、僕が言いたかったことはそれだよ」と言ったことだろうと私は確信している。

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クオリア
小林秀雄は、どのようにして、強大な科学的世界観に対抗しようとしていたのだろうか。
小林は、人間の経験全体を引き受け、その切実さに寄り添うことで、その生涯の仕事をした人である。科学に対抗するといっても、それは小林にとっては為にすることではなかった。自らの表現者としてての生き方の延長線上に、ごく自然に科学的方法論に対する異議が立ち現れた。

この科学的経験というものは、全然違うものなんですよ。今日科学が言っている経験というものはだね、私たちの経験とは全然違う経験です。それは合理的経験です。だいたい私たちの経験の範囲というのは非常に大きいだろう。合理的経験ばかりすりゃあしないですよ。ほとんどの私たちの生活上の経験は、合理的じゃないですね。その中に感情もイマジネーションもいろんなものが入っていますね。道徳的経験。いろんなものが入っている。
人間の広大なる経験の領域というものは、いろんな可能な方法にのばすことができるでしょ。それをのばさないように、計量的な経験、勘定することのできる、計算することのできる経験だけに絞った。他の経験は全部あいまいである、もしも学問をするなら、勘定できる経験だけに絞れと、そういう非常に狭い道をつけたんです。

人間の経験のうち、計量できないものを、現代の脳科学では、「クオリア」(感覚質)と呼ぶ。もし小林秀雄が生きていて、クオリアという考え方に接したら、「君、僕が言いたかったことはそれだよ」と言ったことだろうと私は確信している。小林とクオリアについて語りあうことを夢見たことは何度もある。

人間の精神の歴史は、仮想の世界の拡大の過程、別の言い方をすれば「仮想の系譜」においてとらえられる。五歳の女の子が世界のどこにも現実としては存在しないサンタクロースのことを想うのは、仮想の系譜に連なることである。小林秀雄が蛍におっかさんを見るのも、和泉式部以来の日本の「蛍」にまつわる仮想の系譜の中に位置づけられることである。
人間は、現実にないものを見ることによって、現実をより豊かなコンテクストの下で見ることができるようになった。次第に豊かな仮想のコンテクストが積み重ねられる過程で、言語が誕生した。仮想の系譜が積み重ねられる中で、人々は、様々なものを仮想の世界に託した。小林秀雄の場合、託されたのは美しい芸術、切実な人生体験への思いであった。
小林秀雄の講演が音声として残っているおかげで、私たちは、小林の声の生々しいクオリアに接することができる。もし情報というものが文字で表現しても音声で表現しても同じものだとすれば、クオリアは情報を超えている。
    --茂木健一郎『脳と仮想』新潮文庫、平成十九年。

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クオリアの有効性の是非は、ひとまず横に置きますが、茂木健一郎氏(1962-)の指摘するとおり、歪んだ形での科学「主義」が人間の存在をむしばんでしまうことには至極納得します。

しかし、同時に、安直な科学否定の態度にも首肯することはできません。
認識の問題以前として、科学技術を全く否定して、原始の生活に帰ることもできませんから、どのように向かいあうのか、キチンと踏まえた上で、対処していかなければならないし、そこから、科学が対象とできない部分を見つめ直していかなければならないはずなのですが、どうも本朝での議論は、アレかこれかの二元論……例えば、科学か反科学(スピリチュアルか)……になってしまい、そこに頭を悩ませてしまいます。

さて、『脳と仮想』では茂木氏が小林秀雄先生(1902-1983)の講演を引用しながら、その二元論を超克するひとつのヒントを紹介しており、「科学的経験」の限界とそこからあふれ出してしまう経験を論じておりますが、その部分は至極納得できます。

しかし上述したような態度へ流れてしまうこと、すなわち、論者のほうではなく、読み手の方ですけれども、なってしまうことだけには危惧があります。

そしてその危惧を見つめ直していくと、そもそも小林秀雄先生が指摘している先鋭化した「科学的経験」に基づく科学「主義」なるものにも、実のところ至っていないのが本朝での現状ではないのだろうかなあ……。

そんなことまで考えてしまう次第ですが、まあ、要するに、民間世界で、「科学に基づく」「科学に即して」「それは、そうだろう」「それは、ちがうだろう」って言い方は、実は自然科学のイロハにも基づいていない億見がほとんどで、科学「主義」にさえ到達していないことの方が多いのでは???

そういうことによく直面します。

その意味では、「科学的経験」からあふれだしてしまう部分を問題とする以前に、科学的経験をイロハをきちんと鍛え直す、学びなおしたうえで、科学「主義」に陥ることもなく、安直な反対論に流れることもなく、あふれだしてしまう経験を考えるという段取りを取らなければならないのではないだろうか・・・そんなことを実感する次第です。

さて……。
クオリアの有効性の是非は措きますが(苦笑)、本書で一番おすすめなところは、科学の問題よりも、実は、小林秀雄先生の秀逸な入門となっているところ。

実に興味深いものです。

この本を手にとった所為で、小林秀雄先生の講演を聞き直したり、著作をまたひもとこうかと思ってしまうところが実に不思議なものです。

まあ、これがクオリアか(謎

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脳と仮想 (新潮文庫) Book 脳と仮想 (新潮文庫)

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信ずることと考えること―講義・質疑応答 (新潮CD 講演 小林秀雄講演 第 2巻) Book 信ずることと考えること―講義・質疑応答 (新潮CD 講演 小林秀雄講演 第 2巻)

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現代思想について―講義・質疑応答 (新潮CD 講演 小林秀雄講演 第4巻) Book 現代思想について―講義・質疑応答 (新潮CD 講演 小林秀雄講演 第4巻)

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【研究ノート】吉野作造の民本主義と貴族主義

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 世間の人は、議会の不体裁とか、議員の不体裁(ふしだら)とかを挙げて、ややもすれば多数政治の醜穢をうんぬんする。むろん多数政治にも訓練を加えざればいくたの弊害を生ずるは免れない。ことに多数政治は徹底的にこれを行わざれば往々にしてその弊かえつて少数政治よりも大なることがある。しかしながらだいたいからいえば、少数政治は密室の政治なるがゆえにその弊害は多くは天下の耳目に触れずして済み、多数政治は明けつ放しの政治なるがゆえに微細の欠点を誇張して数えらるるの傾きがある。ゆえにもつとも公平に、もつとも精密に、その弊害の性質・分量を比較したならば、少数の政治の方あるいははるかに多数政治を凌駕して弊当のいちじるしきものがあるだろうと思う。
 かくいえば、民本主義の政治においては少数賢者の階級はまつたく用のないものかのごとくに誤解するものもあろうが、これは決してそうではない。少数の賢者が独立の一階級をなし、多数と没交渉に政権の運用を専行するときにはもちろん弊害ある。けれども彼らがみずからへりくだつて多数の中に没頭し、陽に多数者の意向に随従しつつ、陰に多数者の精神的指導者として公事に尽くすとき、彼らは真の賢者としての役目をもつとも適当に尽くすことを得るものである。そもそも多数・少数の両階級の関係は、形式・実質の両面に分かつて観察するを必要とする。近代の政治は、その政治組織の形式的方面においては、もとより多数専制を容認するものではない。多数政治といつても、文字どおりの衆愚の盲動が政界を支配するようでは、国家の健全なる発達は期せられない。多数者は形式的関係においてはどこまでも政権活動の基礎、政界の支配者でなければならなぬ。しかしながら彼は内面において実に精神的指導者を要する。すなわち賢明なる少数の識見・能力の示教を仰がねばならぬのである。かくて多数が立派な精神の指導を受くるときは、その国家は本当にえらいものである。少数の賢者は近代の国家において実にこの役目を勤むべきものである。もし彼らがその賢に誇つてみずから高しとし、超然として世外に遊び、降つて多数者の中に入りてこれを指導することをあえてせざるときは、彼らはただその志を遂げ得ざるのみならず、国家の進歩にもまたなんら貢献することあたわずしておわるのほかない。彼らにしてもし真に国家社会のために尽くさんとせばその賢をもつて精神的に多数を指導するとともに、またみずから多数者の役するところとなつて、彼らの勢力を通して公に奉ずるの覚悟がなけれなならぬ。かくのごとく多数と少数との相倚(よ)り相待つことの密接なる国が、もつとも献膳に発達するのである。少数の政治は弊害もあり、また勢いとしてこれを今日回復することはできない。さればといつて多数の政治は少数賢者の指導なしにはもと健全なる発達をみるにあたわざるものである。二者相待つて初めて憲政は完全なる発達をみることができるのである。この関係を政治的にみれば、多数の意向が国家を支配するのであるけれども、これを精神的にみれば、少数の賢者が国を指導するのである。ゆえに民本主義であるとともに、また貴族主義であるともいえる。平民政治であるとともに、一面また英雄政治でえあるともいえる。すなわち政治的民本主義は精神的英雄主義と渾然相融和するところに憲政の花は見事に咲き誇るのである。もしこの二者の関係が彼此相疎隔せんか、その国は決して円満なる発達をみることを得ない。二者の疎隔によつて苦しんだ国は古来その例に乏しくない。あるいは指導者なき平民の盲動は革命的暴虐となつて国家を塗炭の苦しみに陥れたこと、革命当時の仏国のごときあり、あるいは節操なき衆愚が少数奸雄の操縦利用するところとなつて、国民全体の利益を蹂躙するところとなつて、国民全体の利益を蹂躙して顧みざること、現代のメキシコのごときがある。憲政をしてその有終の美を済(な)さしめんとせば、政策決定の形式上の権力は、これを思いきつてこれを民衆一般に帰し、しかも少数の賢者はつねにみずからの民衆の中におつてその指導的精神たることを怠つてはならぬ。
    --吉野作造「憲政の本義を説いて其有終の美を済すの途を論ず」、『中央公論』1914年1月。

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いやしかし、休みが全くなく、まとまった考察ができずスイマセン。

ただ、民本主義を説いた吉野作造(1878-1933)先生が、民本主義の欠点を埋め合わせるためには、貴族主義的なものの不可欠さを説いたところを覚え書として抜き書しておきます。

まあ、これはオルテガ(José Ortega y Gasset,1883-1955)のいう「貴族主義」と通底をなすところ。

たしかに、システムとしては多数の支配がいいのでしょうが、独裁者とかイデオロギストとかそうしたものではない、内在しつつ超越していく「精神に誇り」をもったひとびとの存在は不可欠でしょう。

まあ、ひとりひとりがそうなることが先決なわけだけれども・・・。

さて、、、。

今日もよく働き疲れ果てましたので、お休みでござんす。

最近、仕事が済んでからファミレスの「ジョナサン」へ逗留することが多いのですが、(店によりますけれど)、おつまみメニュー2品(乃至はアルコールメニュー2品)で525円というコースがあり、どうも寄ってしまいます。

酒ふたつ頼んで、おつまみ二つ頼んで、深夜料金含めて1155円なり。

これが最近の癒しとなっています。

……浅はかw

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「最大の悲劇」をレコンキスタする二日間に感謝(2)

01

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 最初に「アロウの不可能性定理」のことを私に教えてくださったのは、ミシガン大学のアラン・ギバード教授である。といっても、大学院で<論理学>を専攻していた私は、<倫理学>を中心に講義されていた先生の授業を受けていたわけではなかった。なにかのシンポジウムの後の立食パーティで、「君はゲーデルを研究しているそうだが、社会科学の分野にも不完全性定理のような事実があることを知っているかね」と、ワイングラスを振り回しながら教えてくださったのである。
 当時の私は、先生が「キバード・サタースウェイトの定理」を証明されたことさえ知らなかったが、畏れ多いことに、ギバード先生は、コンドルセのパラドックスからアロウの不可能性原理にいたる概略を、紙ナプキンに図を書きながら丁寧に説明してくださった。そのおかげで、私は社会科学の分野にも衝撃的な世界があることを知ることができたばかりか、それ以上にありがたかったのは、先生が、狭い専攻分野だけに拘泥していた私の視野を広げてくださったことである。
    --高橋昌一郎『理性の限界--不可能性・不確定性・不完全性』講談社現代新書、2008年。

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二日連日で先の週末の秋期スクーリングのエピソードでスイマセン。

まあ、それぐらい色々と考察することがあったので続編ということでw

さて、人生において<生>があれが、同時に<死>があるように、ものごとには、<明>もあれば<暗>も存在します。それぞれが自存できないのが事実であるにもかかわらず、それぞれが自立存在するように扱ってしまうのが、近代の学問の陥穽という奴でございます。

ですから、本当の学問という奴は「教室」や「教材」だけで終わるわけでないにもかかわらず、システムとしての教育「制度」はそれで完結させてしまうわけですから、、、

そこに強烈な違和感を抱いた変人がワタシということなのでしょう。

まあ、だから、学問で「喰って」いけないという不断の事実を突きつけられてしまう訳ですけれども、その辺をテキトーにやってしまうと不味いわけですから、丁寧にやる!

--っていうわけで、連日共に、夜の白熱教室?を続けてしまった次第です。

初日(土曜日)は、最初から愛知の学生さんHさんと差しで飲むという約束をしておりましたので、準備万端望む筈が、前日の金曜日が市井の仕事を入れてしまっていたので、2時間寝てブッ通し講義を朝の9時から18時までやったものですから、ヘロヘロになって参加。

ちょうど昼休みに、2年前の秋期スクーリング--実はこれが初めて秋期スクーリング担当で、激論になっちゃって、自分が「まあまあ皆さん」て抑える役に回ったという貴重な体験をした--に参加した学生さんMさんと遭遇。

ぢゃあ来る?

……って次第にて・・・。

それから、教室へ戻ろうとすると、本年の6月末に地方スクーリングで受講した学生さんTくんと遭遇w

ぢゃあ来るか?

……って次第にて・・・。

そして午後の講義を終えて、

「今日はありがとうございました。みんな徹夜なんかするなよッ、キチンと寝てから明日の講義を参加するように」

……って念を押してから、

質問の応対をしてから、最後の学生さんのAさんと応対をしているといい時間。

「いまから〝軽く〟みんなで行くケド、来る?」

……って誰何したところ、、、

「今日よりは明日の遅い時間の方がいいんです。明日試験ですよねえ。でも・・・」

「行くかッ」

……って寸法で膨らんでしまい、皆さんでレッツラゴーという始末です。

参加者一同、ホテルを取っておりましたので、チェックインしてから集合w

静大センセ御用達の「月の雫」に結集した次第です。

さて……。

「月の雫」@八王子の入っている駅ビルは、様々な居酒屋さんが同居している激戦区。
エレベーター口の1Fはまさに、

「わたしの店に入って!」

……という激戦区。

客引きの声を背中で受け流しつつ、

「あれ、センセ」

……って声にorz

以前、短大で哲学を教授した優秀な学生さんに、

「センセ」

……って声をかけられてドン引き。
アルバイトでがんばっていたようです。

訪問先がちがったの、無礼をわびた次第ですが、

いや~ぁ、この界隈で悪いことはできませんネ。
※って悪いことは何もしておりませんがw

さて……。

「〝軽く〟」の予定であり、「差し」でやる予定でしたが、23時まで怪飲。
散会してから、Hさんと二人で2次会。

イミフに26:30ぐらいまでやっていて、ホテルへ戻って爆死。

2時間寝てから授業の準備をして二日目の講義を開始した次第です。

緊張感の漂う中、二日目の白熱講義を続行w

泣きがあり、笑いがあり、学問としての峻厳とした時間を経て、最後のスクーリング試験。

試験は50分ですが、20分過ぎると退出できますので、三々五々と一人一人の学生さんたちが退出していくわけですが、

嗚呼、この瞬間を経験するたびに、

「今回の授業も、もう終わったんだよなあ」

という寂寥感にさい悩まされつつ、本当に参加してくれた学生さんひとりひとりに「ありがとう」と最敬礼w

そしてすべて終わってから、、、早く退出した学生さんが廊下で待っていたようで、サインをしたり、雑談したりしながら、

「センセ、2年間……倫理学は2年次配当科目……いろんなスクーリングを受けてきましたが、最高の授業の二人目でした。ホントありがとうございます」

……と受講した若い青年Wくん。

話を聞いていると、もう一人のセンセのことがなんとなく理解できたので、

「ひょっとして、そのセンセって」

「英会話の佐野潤一郎先生です。授業で泣きました」

……とのこと。

もう一度会いたいんですヨ

なんていうので、佐野センセは、今日、担当教員で来ているヨ。

……って話をし、まだ校舎にいるんでわw

などという流れ。

ちなみに、こんな話をしたくはないですし、天狗にもなりたくもありませんし、自慢しようとも思いませんが、誰もほめてくれないので、少し書いただけ。ごめんなちゃいw

えらそーに聞こえたらスイマセン。

さて……。

昨日、白熱教室@二部に参加したAさんから、

「今日もやるなら、用事があるので遅遅くなりますが合流しますw」

……っていわれて、、、

「やってもサクッっとヨ。明日は授業もあるからw」

……って連絡の確認だけしてから、

岩手の学生さんSさんから

「昨日、実は参加したいビームをおくりつづけていたのにぃ」って言われていたので、、

「ぢゃア、いくべ」

……って、試験終了後の事務処理をしてから、

キャンパス1F(文系A棟)の滝山テラスで合流。
※合流するまえに煙草を1本吸わせて戴いた。何しろ、試験開始から合流まで1本も吸えず(涙

移動ちうに、先の青年と合流するや、佐野センセとも遭遇。

「軽くいきますかぁ」

……って話をしてから、佐野先生御用達の「しぞーかおでん 酒道ハナクラ」(静岡おでん)へ殴り込みw

岩手の学生さんの知人S2さん(同じく今回の倫理学受講者)も合流。

またしても白熱講義となった次第です。
ちなみにWくんだけでなくS2さんも佐野センセの英会話を受講していたので驚き。

佐野センセ、Sさん、わたちも2月生まれで驚き。

サクッと帰るつもりだったのですが、終演=終焉できません。

22時くらいに、「遅れて合流する」っていっていたAさんも合流で、エンドレス。

しかしこのへんが大事なわけよねん。

佐野先生も次の日、静岡で授業があるにもかかわらず、当方も次の日、短大での哲学の講義があるにもかかわらず、オイタをしたという次第です。

しかし、「ワイングラスを振り回しながら」、酒席で「紙ナプキンに図を書きながら」、教員であるとか、学生であるとか、そうしたカテゴリーを一切ぶっこわして、裸の一個の人間として、あれやこれやと議論することほど、お互いに益になることはありません。

参加されたご一同、ありがとうございました。

その感謝の念を忘れずに、ウンコのような宇治家参去ですけれども、また負けずに生きていこうかと決意できたひとときでした。

皆様、愛をありがとうw

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 日本を変えたいと考える市民が忘れてならないのは、日本の多くの知識人が「管理者たち(アドミニストレーターズ)」にそそのかされて、既存体制の宣伝活動をさせられていることだ。
 このパターンは、大平正芳首相に助言するために作られたブレーン・トラスト(専門家顧問集団)に始まる。佐藤誠三郎、香山健一、村上泰亮、公文俊平、西部邁といった学者たちが、完了と自民党議員の仲間に組み入れられ、政治家のあいだでするべき議論にかわって、自民党による一党支配と官僚の権力をイデオロギーによって正当化することを期待された。
 一九八〇年代前半には、当時の中曽根首相が強力に推進して、既存体制の維持を目的とする二度目の知識人の大動員が行われた。京都に国際日本文化研究センターができたのは、この運動の一環だった。設立には多額の資金が投入されている。
 外国と日本の学会の交流の場である同センターの表向きの目的は、日本文化の真髄を見出し、日本の真意を諸外国に紹介することである。独立の立場から政治を考えるいまや珍しい存在となった政治思想家、石田雄は、私にこう語った。」「この研究所が日本文化の『ユニークさ』を強調するほど、宣伝臭くなって、知的でなくなる」
 この種の体制派知識人は、信じがたいほどばかげた話をつくりだすことがある。たとえば、政府がスポンサーのこの研究センターで所長をつとめる梅原猛が言ったことを見てみよう。
 日本の「哲学者」のなかでも多くの著作をものし、テレビにもよく顔を出す梅原は、日本の文明は狩猟採集時代の「森林文明」の痕跡をとどめていると信じている。彼は日本文化の本質を解く鍵と、全人類の指針となる全く新しい価値観を求めて、およそ二五〇〇年前まで日本列島に住んでいた縄文人にまでさかのぼるのだ。壮大な話である。しかし、文字どころかほとんど何も発明されていなかった時代の縄文人のことだから、私たちが正確に知りうることはほとんどなく、いわんや彼らの「精神生活」について本当のことはまるでわからない。文部省は、日本のえせ学問に対する梅原の貢献に多額の金を払っていることになる。
 日本の体制派知識人の論文は、せいぜいよくできたとして、戦後アメリカの機能主義に影響された欧米の学者のものまねである。既成の政治システムを論じるときに「科学的中立」を保つことで、彼らはその既成システムを追認しているかに見える。いや、日本の体制派知識人がやっているのはもっともひどいことだ。アメリカやフランスで流行っている社会学説を未消化のまま寄せ集めて読者に押しつけようとするのである。
 彼らを見ていて私がまっさきに連想するのは、徳川時代の知識人の境遇である。当時の学者たちも、既成の政治体制が最善であるとの説に公然と疑義を呈することができなかった。日本の雑誌での(たとえば村上泰亮との)論争の経験から私が受けた印象では、既存の政治体制の知的吟味から得られた有益な成果について私が何を言おうと、こうした知識人にとってはなんの意味もないのである。
 これらの著名な体制派知識人のほかにも、政治化された日本社会の現実を「日本人論」式に説明している者は多い。彼らもまた、この現実を日本人が当然受け入れるべきだと考えている。
 戦後の決定的に重要だった時期、つまり日本が生産マシーンへと変貌し、サラリーマン文化が出現した時期に、既存の体制に批判的だった学者の多くは、説得力に欠ける時代遅れのマルクス主義理論のなかに迷いこんでいた。これは、日本の知的風土にとって大きな不幸だった。いまの日本では、もうマルクス主義的理論に影響力はない。しかしこの思想は、本来なら政治を鋭く分析するために使われるべきだった知識人の知的エネルギーの大半を、何十年にもわたって浪費させてしまったのである。
    --K.V.ウォルフレン(鈴木主税訳)『新訳決定版 人間を幸福にしない日本というシステム』新潮社、2000年。

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03_2 06

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「最大の悲劇」をレコンキスタする二日間に感謝(1)

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 日本の有害な惰性の第二の原因は、一般の人びとがあいかわらず「しかたがない」と言いつづけ、思いつづけていることだ。無能な人たちが組織を運営し、構成員の間に無関心が広がっていれば、それは組織の衰退と破滅の決定的な要因となる。組織を運命する者が無能でも、構成員が組織の運命に大いに関心をもち、つねに心配しているなら、なんらかの手段を講じるだろうから組織には再生のチャンスがある。だが関心をもつメンバーが少なく、全体として充分な力がなければ、組織には再生のチャンスがない。つまり、無関心は組織にとって最大の脅威なのだ。これは、無能な政府に率いられた国にも当てはまる。
 一九八〇年代末までの東欧諸国のような全体主義国家や、チベットやイラク、ミャンマー、北朝鮮などのように外国の圧制者や専制的権力者に支配された国なら、人びとの無関心というよそはあまり関係がないか、まったく関係がない。しかし、日本はこうした独裁国家とはちがう。官僚独裁主義におかされているとしても、不可避的にそうなったわけではない。日本の有害な惰性は、つまるところ非常に強固で根が深い無関心が社会全体に蔓延している結果なのだ。
 こうした無関心は決して人が生まれついてもっているものではない。人間の遺伝子に書きこまれているいるわけでもないし、知性や感覚に生まれつき植えつけられているわけでもない。事実はまったく逆で、私たちは生まれつき、外界に積極的にかかわり、知的にも感覚的にも社会に関与する能力と傾向をもっている。自分たちの社会と政治のありかたにたいする日本人の無関心は、人為的に植えつけられたものだ。日本人は無関心でいるようしつけられているのだ。これが、長いあいだ政治的に抑圧されてきたことと関連しているのは言うまでもない。そして、日本の政治化された社会環境が、無関心のままでいることをうながしつづけいる。このように日本人が押しつけられたまま無関心であることは、これまでのところ日本にとって最大の悲劇となっている。
    --K.V.ウォルフレン(鈴木主税訳)『人間を幸福にしない日本というシステム 新訳決定版』新潮社、2000年。

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全世界の一千万読者?の皆様、二日ほど新しいエントリーをupすることができず非常に申し訳ございません。深く反省する次第です。

言い訳のようで恐縮ですが、土日(10/23-24)と秋期スクーリングにて『倫理学』を講じてきたわけですが、これまでのスクーリングのなかである意味では、もっとも白熱教室となったわけ--しかも昼夜!--、書きこむ気力・体力・知性ともにすべて蒸発した次第でございまして、お許しいただければと思います。

なにしろ3日で10時間ぐらいしか寝ていないんです(涙

また、この席を借りてになりますが、二日間受講してくださいました六九名の学生の皆様、本当にありがとうございました。

二日間に渡って徹底的に「倫理とは何か」について具体的に考察をすすめ、身近なものごとに注目するなかで、価値創造を目指していくその学の性質をみてとった次第ですが、二日間の講義を終えると、どうしてもその学問としての無力さをいつもながらに痛感します。

たとえば、社会科学の場合、何かを改善しようとした場合、具体的な手順を理解したり、その道筋を--それが効果があるかどうかは別ですが--示してみせることが可能ですが、倫理学の場合、そうした学問とは対極にありますから、そうしたことを一切描いてみせることが不可能なんです。

これは全体のなかで、ひとびとと共に徹底して遂行していく根源的な学問でるからそうならざるを得ないのですが、

結局は、(月並みな表現ですが)「がんばろう」と声をかけ続けたとしても、最終的にはどこまでもその一人一人の当人の取り組みと自覚に収斂していきますので、、煽るだけ煽ってから、最後ははしごをはずしてしまうような、ところがあり、学問としての無力さを痛痒してしまうんです。

ようするに具体的なところを紹介できないという意味で。

しかし、これまでの歴史を振り返ってみると、何かできあがった体系やイデオロギーというのがそうしたデザインを担当してきたわけですが、二三の例外を除くと、それがことごとく失敗しているところをみると、結局は自覚して生きていくことのできる人間が、他のひととの有機的な関係性--それを縁起といってよいかもしれませんが--を大切にしながら、自分たちでデザインしていく方向性へ転換していかないかぎり、根源的な変革も不可能なのだろうと思うわけでは、学としてのその矜持は守って然るべきなのかもしれません。

出来合の思想やイデオロギーに頼るのではなく、自覚した一人一人の民衆がそれが妥当するのかどうか、ひとびとと検討するなかで、誰かに社会をデザインして貰うのではなく、自分たちがデザインしていくことが大切なのでしょう。

その意味では、ウォルフレン(Karel van Wolferen,1941-)が指摘するとおり「押しつけられたまま無関心であること」は「最大の悲劇」なのではないかと思います。

学ばせて戴いたのはこちらの方だと思います。

二日間本当にありがとうございました。

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人間を幸福にしない日本というシステム Book 人間を幸福にしない日本というシステム

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道徳的不一致に対する公的な関与が活発になれば、相互的尊敬の基盤は弱まるどころか、強まるまずだ。

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 道徳的不一致に対する公的な関与が活発になれば、相互的尊敬の基盤は弱まるどころか、強まるまずだ。われわれは、同胞が公共生活に持ち込む道徳的・宗教的信念を避けるのではなく、もっと直接的にそれらに中尉を向けるべきだ--ときには反論し、論争し、ときには耳を傾け、そこから学びながら。困難な道徳的問題についての公の討議が、いかなる条件でも同意に至るという保証はないし、他者の道徳的・宗教的見解を認めるに至る保証さえない。道徳的・宗教的教条を学べば学ぶほどそれが嫌いになるという可能性は、つねにある。しかし、やってみないことには、わからない。
 道徳に関与する政治は、回避する政治よりも希望に満ちた理想であるだけではない。公正な社会の実現をより確実にする基盤でもあるのだ。
    --マイケル・サンデル(鬼澤忍訳)『これからの「正義」の話をしよう いまを生き延びるための哲学』早川書房、2010年。

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3時間後には起きて、大学へいかねばなりませんが、がんばろうかと思います。

「哲学」だとか「倫理学」を講じていていつも直面するのは、道徳的不一致。

しかし、話し合ってみないと分からないというのが実際のところです。

だから、土日は、『倫理学』の集中講義(スクーリング)ですが、まあ、白熱講義しましょう。

くれぐれも胸ぐらを掴まないでくださいましw

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これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学 Book これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学

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トイレと公共に関するツイート

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 ヒューマニズム(人間主義)は、すでにその名の示すように、人間を宇宙の中心にひきあげて、そこにすえること、人間の反逆、人間の肯定と発見を意味する。これがヒューマニズムの一面である。ヒューマニズムは人間の個性を発見し、これを十分に発揮させ、中世の生活におけるあの屈辱から解放し、自己肯定と創造の自由な道を教えたものと言われている。しかしヒューマニズムにはまたこれとは反対の原理がある。そこには人間の向上、創造的人間能力の発見の原理ばかりではなく、人間の低下、創造的能力の枯渇、人間の弱体化の原理もある。なぜなら、ルネサンスのヒューマニズムは人間を自然に向かわせ、人間的人格の重心を中心から周辺に移したからである。それは自然的人間を精神的人間から引きはなした。それは自然的人間に、--生の内面的意義から遠ざかり、生の神的中心を捨て、人間本性の最深の基礎から離れた自然的人間に、創造的展開を許した。人間が神の似姿であること、神の本質の反映であること、これをヒューマニズムは否定した(*)。ヒューマニズムの主流をなすものは、人間的本性が神的本性の似姿ではなくて、現世的自然の似姿であり、人間は自然的必然によって造られた一個の自然的存在、世界の子、自然の子、自然的世界から血肉をうけたものであって、したがって自然的存在が持っているあらゆる制約、あらゆる苦悩と欠陥を共有しなければならない、と主張する。こうしてヒューマニズムは人間の自意識を肯定し、人間を高めはしたものの、また他面これを神敵起源をもった高次の存在と見なすことをやめ、その天井の故郷を主張することをやめ、もっぱら地上の故郷と地上の起源のみを主張することによって、人間を低下させるにいたった。それによって、ヒューマニズムは人間の地位を引きさげ、ここに神から離れた人間の自己主張--神的絶対的な高次の本性との、高次の生の源泉との関連をもはや感得したり、認識したりしなくなった人間の自己主張--がかえって人間の破壊をまねきよせるということになった。キリスト教的精神の中にあって人間を高めていた原理、それによって人間が神の似姿であり、神の子であり、神によって子として受けいれられた被造物となったころの原理が、ヒューマニズムによってくつがえされた。人間に関するキリスト教的意識は、力を失いはじめた。こうしてヒューマニズムの内部で、自己破壊的な弁証法が展開した。
 *〔原註〕初期のキリスト教的人間主義のために、その例外もあげておく。パラケルスス、ピコ・デラ・ミランドラ、エラスムス、トーマス・モーアである。
    --ベルジャーエフ(氷上英廣訳)『歴史の意味』白水社、1998年。

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ホントは、慢心しきった現代人を衝く言葉してオルテガ(José Ortega y Gasset,1883-1955)の一節を紹介したいところですが、何しろ本日は鞄の中に、ベルジャーエフ(Nikolai Aleksandrovich Berdyaev,1874-1948)の『歴史の意味』しかいれておりませんでしたので、まずは冒頭の引用に対して読者諸氏にお断りいたしたいかと思います。

ツイでは概述しましたが、少し補足しながらエントリーしておきます。

まあ、市井の職場のある日のひとときです。

さて、休憩にいくかいな……って思った矢先、内線電話でサービスカウンターを担当していた若い女の子から次の通りの報告が、、、

「あのぉ~、1Fのお客様用のトイレの小用の方で、、、そのうちのひとつが、つまって水があふれ出しそうになっているようで……。はい。お客様からお聞きして、、、。確認したのですが、はい。その通りでして……」

「ちっ、若い女の子にこんな報告させるような事件を起こさせるなよ」ってちょい憤りつつ、案件としてはつまるところ……

お客様用トイレ(男性・小用便器)がつまっていた……わいな!

実況検分すると報告の通りでして、詳細を描写すれば、使用者でしょうねえ、まあ、トイレットペーパーを便器につまらせていたようで、流水があふれ出している始末w

まじで、ありえへん。

ほんま、ありえへん。

掃除してきましたワ。

仕事といえば仕事ですから放置できません。ついでにいえば、本来の仕事がなおざりになってしまうわけでして ⇒ 糞、このどチンピラがッ!

……って、壁にパンチをしても問題は解決しないし、ツイッターで「ガッデム」って吠えても収まらないので、まじめに吠えさせていただきます。

倫理とは人間の在り方であり、人間関係の在り方を同時に意味する言葉です。人間の在り方は、人間関係の在り方を規定し、人間関係の在り方は人間の在り方そのものを規定します。

存在としては代換え・還元が不可能な唯一性を持った存在が人間だけれども、同じような他者が存在する。だから倫理が要請されるという必然なのです。

それを政治分野のコトバでテクニカルにスライドさせれば「公共」(空間)の問題になるでしょう。臭い話で恐縮ですが、自宅で用を足したときに、粗相があれば自分で始末しなければならない。外で用を足したときに粗相があれば自分で始末する必要はないけれども、限りなく粗相をしないように「賢慮する」必要はあるでしょう。まあ、自分にかわって「代換え不可能な唯一性」を保持した尊厳存在なるものが、その始末をしなければなりませんからネ。

さて始末の問題はさておきますが、外で用を足すということは、自分一人がそこで用を足すということを意味しないのは論を待ちません。複数の人間が使うわけだからよけいに慎重にならなければならない……わけですよね。ここがひとつの公共なわけでしょう。

そのヘンをはき違えた連中が、ホントもう多くて困ってしまう。

市民社会の成立と科学革命、そして産業革命は、すべての人間を国王の地位に据えることに成功しました。しかしながら留意しなければいけないのはそれは利便性としてという意味にすぎないということこです。

かつては国王が占有していたそれが解放されただけだから。国王は用を足してたら用人がそれを始末してくれたわけだけれども、ウォシュレットに代表されるように、それを現在は機械がなしてくれる。庶民が馬車に乗ることはなかったし、乗れなかったわけだけれども、カネを出せば、以上の代換え物がはこんでくれるというわけネ。

そこを、もう、勘違いしないでほしい。

別段、実生活で必要とされる以上の倫理を要求しているわけではありませんが、ほんと、なにというか、、、アタマを抱えます。

だから、(自室の中までは問いませんが・しかし自室においても公共は成立するけれども)一歩、外にでたら、複数の人間と一緒に生活していることを忘れないでほしい。

「お客様は神様」と客商売ではいいます。

しかしながら、王様や神様は自分一人ではないんです。

現今の「平等社会」においては、神様だとか王様は自分一人ではないわけネ。

自分と同じような神様だとか王様だとかがいるわけヨ。

だから、ほかの神様に迷惑をかけるようでは困るんです。

だからくどいけれども現代文明批判の古典といえる『大衆の反逆』でオルテガは、そうした在り方を「慢心しきったお坊ちゃん」と指摘しましたが、そこに乗っかかって権利主張するだけならば、ホント、それは尊厳性への居直りであり、尊厳性を涵養するどころか破壊してしまうことにつながるんですよ。。。

ふう。

そんでもうひとつ。

あえて公共という表現を使いましたが、そうした状況を見る復古論者があおるからあえてつかったのです。

要するに、、、

「今の社会は、ぐだぐだのげれげれの自己中ばかりじゃないか。だから昔のような強烈な空気の圧縮・権威的空間の方がましなんだ、悔い改めよ」ってね。

それも困るんじゃ。

特に本朝においては、何度も繰り返しましたが、公共の議論が始まると、すべて一元的に国民国家に集約され、排他的に限定されてしまうからです。

しかし、倫理というコトバの二重の契機にみるように、公共とは、国民国家という空間世界だけに限定されるものではありません。だからこそ、たとえば一歩外へでた瞬間に、そこからいろんなレベルの公共空間が立ち上がるというのが筋であるわけですよね。

だとすれば、一人であろうが、対面しようが、そこに個人としては他者の眼差しを解除してしまうと、そりゃ、まあ「慢心」になっちまうべ。

そして問題なのがつぎのとおり。歴史を振り返ると証左なわけですが、、、

「慢心しきったお坊ちゃん」のままでいると、知らない間に、公共が「滅私奉公」を強制する国民国家に限定されたカタチで招来され、必要以上に拘束されてしまうということを覚悟しなければならない。

しかし、あれだろうなあ。

結局は「おれは何もしらなかった、無辜の市民なんだ。だまされた」とかぬけぬけと後になってからいうんでしょうなあ。

糞。

……すいません。あまりよろしくない表現を連投しまして(涙

などと憤りつつ、そのまんま、飲み屋へいって弔い合戦です。

しかし、団塊サラリーマンが、赤提灯でくだをまいてしまうとイミフになりますので、素材に即して楽しんで来た次第ですが、ひゃー、なかなかいい仕事に乾杯&慰留でごわす。

さて……。

「大でなかったのがせめてもの救い。不幸中の幸いと感謝」なわけですが、これは実は氷山の一角。実は、大のトラブルの方が多し(涙)

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【ご案内】10/23-24:秋期スクーリング,1期B群 東京 『倫理学』

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【ご案内】10/23-24:秋期スクーリング,1期B群 東京 『倫理学』

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けだし、驚異することによって人間は、今日でもそうであるが、あの最初の場合にもあのように、智恵を愛求し(哲学し)始めたのである。ただしその始めには、ごく身近な不思議な事柄に驚異の念をいだき、それから次第に少しづつ進んではるかに大きな事象についても疑念をいだくようになったのである。
    --アリストテレス(出隆訳)『形而上学 上』岩波文庫、1961年。

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賞罰告知といいますか、定型文といいますか、毎度同じ呼びかけで恐縮ですが、例の如く、アカデミズム底辺の荒涼たる裾野をさまよう宇治家参去で御座います。

開催まで数日になりましたので、告知ということで、、、。

表題のとおり、今週末より、東京で開催される通信教育部の秋期スクーリングにて「倫理学」を講じてきます。

受講される学生さん方がいらっしゃいましたら、どうぞ宜しくお願いします。

で……。
例の如く引き続き定型文のような内容ですが……

できれば……といいますか、学生さん方へのお願いです。

できれば……教材の序論だけでも結構です。必ず読んできて欲しいと思います。

忙しいとは思いますが、目を通さずに、授業に望まれてしまうと、これはきわめて“モッタイナイ”状態です。

是非、宜しくどうぞお願いします。

お互いに気の抜けない過酷な(?)ロードレースをやりましょう!

こちらも万端の準備と仕込みで乗り込んでいきますのでどうぞ、よろしくお願いします。

授業中には寝ることもできない……の贅沢を提供いたします、はい。
眠ることもできないほど最高のフルコースですよ。

秋期スクーリングは今回で三回目です。

初回は胸ぐらをつかまれるようなスリリングな展開。
二回目は、ほろりと涙するようなひととき。

今回はどうなるのでしょうかッ!

でわ、教室でお会いされる学生諸氏、どうぞ宜しくお願いします。

でわでわ。

011 02

形而上学〈上〉 (岩波文庫) Book 形而上学〈上〉 (岩波文庫)

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【覚え書】「今週の本棚:村上陽一郎 評 偶然とは何か 竹内啓著(岩波新書・756円)」、『毎日新聞』2010年10月17日(日)付。

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〔今週の本棚〕村上陽一郎 評 偶然とは何か 竹内啓著(岩波新書・756円)
世界は因果のなかにあるのか

 科学の世界が厳密な因果性のなかにあると考えている人は多い。人工衛星の打ち上げが成功するのも、原子炉の安全が守られているのも、新幹線の列車が時刻通り正確に運行されるのも、ひとえに絶対的な因果性に依拠しているからであるはずだ。
 むろん、それでも思い通りにいかないこともしばしばである。しかし、それは、人間の無知と浅慮とミスによるもので、至善のなかには厳然と因果性が貫徹している。
 そう思いたいのは人情かも知れない。かつて、量子力学の誕生に伴って、そうした厳密な因果性がミクロな世界では失われている、という解釈が確立されたが、アインシュタインは、その理論の基礎となる概念の最初の提唱者の一人でありながら、頑強にそうした解釈に反対し続けたことは、よく知られている。彼は、暫定的に因果性の崩壊を認めたとしても、それは人間の知識の一時的な限界によるものだ、とみなした。問題は、その限界を肯定的に捉えるか、なのだが、厳密な因果性という考え方が、近代的な社会に生きる人間にとって、その心奥に深く浸透していることを語るエピソードだろう。
 しかし、一方で、全くそうした因果性の枠組みから外れた事象と思われるものも、決して少なくない。そこに私たちは「偶然」という言葉をあてがうことになるが、それを、人間の知識の一時的な限界に帰し、いずれはその限界は縮小されるはずだ、という解釈はあり得る。しかし、人間の知識には本来の限界があり、因果性によって把握できない領域がある、という解釈も成り立つ。本書は、後者の立場に立ち、偶然を、無知という否定的な角度から捉えず、それに積極的な価値を賦与することを目指す。
 一読、とにかくまずは、著者の明晰な頭脳から生まれる明晰なレトリックに感嘆する。一例を挙げよう。宝くじを買う人が、一、〇〇〇、〇〇〇番と四、一九四、三〇四番の二枚のくじがあったとき、普通は後者を選ぶだろう。実際にはこの二枚のくじが当たることは「同じ程度に確からしい」ことを理解している人でも、前者のくじのような「不自然な番号が当たるはずはない」という心理が働くことは避けられない。と言いつつ、後者のくじ番号は実は二の二二乗であって、それゆえ二進法で書くと、一の後に〇が二十二個並ぶような番号なのである。こうした筆法を通じて著者は「こちらの方が当たりそうだ」と思って一方を選んで買ったとしても、それが特にあやまっているとはいえないであろう、と結ぶ。
 このような見事なレトリックを駆使しながら、著者は確率、賭け、ランダムネスなど、判っていると思われながら、その実正確な理解が難しい概念を、鮮やかに解き明かしていく。そこには晦渋(かいじゅう)さはおよそない。
 しかし、本書がカヴァーする範囲は、そうした説明だけではない。歴史における偶然と必然の説明では、ある民族や国家の歴史を「偶然」と捉えることこそが、不適切な民族意識や国家意識を緩めるのに役立つだろう、という見解が述べられるし、あるいは意識としての「自由」を巡る議論では、外から見れば偶然である内面的必然性を、人間に特有な主体性として解釈すべきでは、といった哲学の分野にまで、明快な分析は及ぶのである。
 小さな書物には違いないが、端倪すべからざる内容を備えた書物として推奨する。
    --「今週の本棚:村上陽一郎 評 偶然とは何か 竹内啓著(岩波新書・756円)」、『毎日新聞』2010年10月17日(日)付。

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久しぶりに書評を読んで本を手にしたくなった。→ので、【覚え書】。

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偶然とは何か――その積極的意味 (岩波新書) Book 偶然とは何か――その積極的意味 (岩波新書)

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科学技術・地球システム・人間 (双書 科学・技術のゆくえ) Book 科学技術・地球システム・人間 (双書 科学・技術のゆくえ)

著者:竹内 啓
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子安宣邦先生の怒りの「批判」と島薗進先生の「応答」

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大阪大学名誉教授の子安宣邦先生(日本思想史)が、東京大学大学院教授島薗進先生(宗教学)の新著『国家神道と日本人』(岩波新書、2010年)を、「『怒りを忘れた国家神道論』--島薗進『国家神道と日本人』批判」として「糞食らえ、」と批判しました。

全文をそのままのせたいところですが、webで全文読めますので、URLを紹介しておきます。

■ 「怒りを忘れた国家神道論」―島薗進『国家神道と日本人』批判
  http://chikyuza.net/n/archives/3705

それに対して、島薗先生は、「『国家神道と日本人』への批評について――とくに子安宣邦氏の論説に応答する」として、その「怒り」に対して「応答」しました。

こちらも全文をそのままのせたいところですが、webで全文読めますので、URLを紹介しておきます。

■ 『国家神道と日本人』への批評について――とくに子安宣邦氏の論説に応答する
  http://shimazono.spinavi.net/?p=127#more-127

ファースト・インプレッションは、twitterで流しましたが、どうも批判の中核となる「怒り」に関しては「応答」できているような感がぬぐえません。

もう少しキチンと、読み直してから、両先生の「国家神道」を巡る議論を追跡してから、キチンとしたコメンタリーをしてみようと思います。

まずは速報まで。

国家と祭祀―国家神道の現在 Book 国家と祭祀―国家神道の現在

著者:子安 宣邦
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国家神道と日本人 (岩波新書) Book 国家神道と日本人 (岩波新書)

著者:島薗 進
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「健康は義務である」(第三帝国)

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 「人間という生きものは、悪いことをしながら善(い)いこともするし、人にきらわれることをしながら、いつもいつも人に好かれたいと思っている……」
    --池波正太郎「谷中いろは茶屋」、『鬼平犯科帳 (2)』文春文庫、2000年。

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昨日の夕方、叫んで連投していたので、まとめておきます。

「あの~もう何度も話題になってると思うのですが、喫煙者はやっぱり「悪」なのですか、喫ンデルセンセ?」

→善悪という範疇よりも、良いか悪いかという意味では、「やや悪」から「限りなく悪」の狭間でしょうか(苦笑

悪が相対的な相互移項可能な対象であり、善は真・善・美と三位一体の絶対的なものとすれば、悪かどうかというのは、善悪の二項対立で議論するよりも、行為としてはその行為が良いのか・悪いのかという意味合いで見た方がすっきりするかと思います。
※しかし、以前にもちらっと触れましたが、「絶対的」という言葉は不動の概念として流通しているフシがありますので、この概念に関してもそうしたプラトニズム的解釈ではない意味合いで考える必要はあるかと思います、一応念のため。不動の概念はときとして相即的相対性へと転化しますから。

脱線したので戻ります。

で、、良いか悪いかという意味では「やや悪」から「限りなく悪」の狭間かなというのが実感です。喫煙者という個に即してみれば、ダイレクトに健康に悪影響を与えるという意味で見てみれば、「限りなく悪」でしょう。

しかし、功利主義的数量計算によってスルーすれば(苦笑、他の要因よりも「よりマシ」(乃至かえって良い効果がある〔例えばストレス軽減〕)になるとすれば、「やや悪」から「どちらでもない」領域へ推移可能です。

では、全体との関係を見てみた場合。喫煙者共同体においては、喫煙の二次被害に関しては、被害があるという事実、そして相互にそれを承認しているという意味では「やや悪」でしょうか。しかし非喫煙者を含む共同体においては、一方的に影響を与えてしまうという意味では「限りなく悪」へスライド。

ただどちらにしても功利主義的軽量計算で計らないとorzなわけですが、まあ、これは「良いのか、悪いのか」って言い方自体が功利主義的だからどうしようもありません。

判断基準を健康以外に求めてみるとまた「良いのか、悪いのか」というゾーンは移動するんじゃあないでしょうか。まあ煙草を善とする理由は、根拠のない確信以外にはないとは思いますが(苦笑

ついでの蛇足ですが、私は喫煙者ですが、本朝の喫煙者のマナーの悪さ自体は問題だと思いますから、改良されて然るべきだと思います。いうまでもないことですけどね。しかし、言葉狩りを彷彿とさせるような、ヒステリック嫌煙論には違和感はあります。

それとヒステリックではないものですが、健康という基準を唯一の「善」とする御旗を掲げて「健康」を強要するような言説にも悩みます(しかしその対極にある「すべては自己責任」と言い切ってしまう還元主義にも均しく悩みます)。

言い方がどれも「美しくない」からでしょうかねえ。

ま、いずれにしましても、喫煙者ですけれども、喫煙マナーに関しては厳しく律するようには心がけております(キリッ  

人が一人生きることができないのであるすれば、自分は横に置くとしても、他者に配慮はしたいものです。

しかし、この「自分は横に置く」という発想が、実はナンセンスなのかもしれませんけれどもネ。人の命に配慮すると断りながら、自分の命には配慮しないという言説破綻をみてとれます(苦笑

ただ、このことは喫煙マナーだけにかぎらないことは明記しておこうと思います。人間が生きるということ自体、良いことにせよ、悪いことにせよ、絶対に「影響」を与えてしまうわけですから。そこから自由になることはその人が「生きていて」も「死んでいても」不可能です。

ちなみに、ナチス・ドイツは、実は嫌煙国家。ヒトラーの個人的趣向に起因する理由(菜食主義+嫌煙家)と「産めよ増やせよ」という国家プロジェクトに起因する理由からです。

ロバート・N・プロクター(宮崎尊訳)『健康帝国ナチス』(草思社、2003)でその辺の消息は詳しいです。

藤原辰史『ナチス・ドイツの有機農業―「自然との共生」が生んだ「民族の絶滅」』(柏書房、2005)もおもろいですよ。

「生命のために」の禁煙その他健康奨励国家が「生命」を破壊する消息がよく理解できます。

高度に完成されてゆく全体主義国家と国民のためとしてデザインされる高度な福祉国家とは交差してしまうものなんです(涙。 ともに管理社会ですからネ。

しかし、そもそも、本当に「煙草」は躰に悪いのか?? まあ、いずれにしても「引かれ者の小唄」にしかすぎませんけれどもネ。

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健康帝国ナチス Book 健康帝国ナチス

著者:ロバート・N. プロクター
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大日本「健康」帝国―あなたの身体は誰のものか (平凡社新書) Book 大日本「健康」帝国―あなたの身体は誰のものか (平凡社新書)

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党派性と中立性を取り違えたあり方に唾棄しつつ、それを無辜の日本教と説くあり方とわたしの闘いは続く!

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 <中立的なもの>の哲学に属する思想の運動はその起源と影響とにおいてさまざまであるけれども、哲学の終焉を告げる点で一致している。その運動は、いかなる顔も命じることのない従属を称揚するものであるからである。前ソクラテス期の哲学者たちに対して啓示されたと言われる<中立的なもの>に惑わされた<渇望>によって、哲学は解雇される。あるいは欲求として解釈された渇望、したがってまた活動の本質的な暴力に帰着する<渇望>が哲学を解雇してしまい、渇望は芸術や政治においてのみ自己満足することになる。<中立的なもの>の称揚は、《私》に対して《私たち》が先行し、状況内の諸存在に対して状況が先行しているというかたちをとって主張されることもある。
    --レヴィナス(熊野純彦訳)『全体性と無限(下)』岩波文庫、2006年。

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<中立的なもの>を装うというのが現代の特色かもしれませんねえ、実に。

近代以前の情況であれば、党派制のような<何かに関わっていること>を踏まえた上で、言論空間が成立していたような気がしますが、現代の特色とは、実はそれとつながりをもったまま、<中立的なもの>を装ってしまうエートスに一つあるのかも知れません。

中世なんかですと、まあ西洋においてはキリスト教徒であることが人間であることを意味しましたから、特定の党派性=全体性を代弁するものとして「列記として」言表が成立するので、異教徒とのやりとりというものは、ガチ真理性の喧嘩となってしまう。

おたがいが全てをレプリゼントするわけだからね。

だけれども、市民社会へ移項するなかで、「あなたは色がついてますよ」って言い方の方がおおきくなり、着いている色から価値中立@Weber……しかもマックス・ヴェーバー(Max Weber,1864-1920)の本意とは違う了解が大量に流通しているけれどもここでは置く……で発言しろや、ボケ、ってなってちゃったから、ねえ。

みんな勘違いしちゃったわけサ。

ガチ真理性に喧嘩に対する反省は、本来、そこに属していることを踏まえた上で発言しなさいよ、って戒めであったわけじゃないですか。

それがねえ。

自覚の戒めでなく、所属意識に対するところに無自覚になって、かってに<中立的なもの>を装うって寸法になってしまったところがマア、orzなわけなのよねん。

あらゆる人間は、自分属している文化・出自・思想・宗教という色眼鏡を外して「外部の観察者」として「記述」することは不可能なんです。これがヴェーバーの指摘なはず。
※量子論的には超越的な可能性はありますがひとまず置く。

だから、実は、かな~り、そうした臆見に属して居つつも、「わたしは、ハンドフリーの、<中立的なもの>としての立場からの言表よねん」ってウンコが量産されてしまうという次第。

そしてそれが特に顕著なのが本朝でしょう。

そして附言するならば、その対極もネ。

自覚があるから好きなことをナンボでいうぜい!って開き直りがヘイト・スピーチ系の恫喝の議論。

ホンマ、この二者択一では至善へ段階させることは不可能なはずなのやけれども。

もう、疲れるワ。

さて……。

昨日は、市民まつり……という、まあこれも神社やら特定の宗教や共同体との無縁を装った<中立的なるもの>としての市民まつりに行って参って次第です。

まあ、息子殿が楽しみにしておりましたので致し方ありません。

しかし、日本の祭に限らず、古今東西の政治(政=まつりごと)とは宗教(祀りごと=まつりごと)とイベントとしての祭りを巧みに利用してガスを抜いてしまうものです。

古代ローマの民衆慰撫が「パンとサーカス」w

本朝のガス抜きシステムが、「ハレとケ」の翠点となる「祭」りやないけ!

……っていう理を理解しておりますから、行きたくはなかったというよりも、寝不足の二日酔いというパターンでしたので、ヘロヘロで連行されましたので、、、

まあ、ガスが抜かれるといよりも、不満のガスが溜まる一方にて・・・。

途中で解放されましたが、お陰で帰宅するとばたんQ……。

出勤まで寝ていた次第ですorz

クソ。

党派性と中立性を取り違えたあり方に唾棄しつつ、それを無辜の日本教と説くあり方とわたしの闘いは続く!

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すべての人は不死なる魂を持っており、永遠の幸福に達することも、永遠の破滅に陥ることもできます

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 すべての人は不死なる魂を持っており、永遠の幸福に達することも、永遠の破滅に陥ることもできます。その幸福は、神の恵みを得るに必要なことがら、またそのために神によって命じられたことがらをこの世において信じ、行なうかどうかにかかっています。そこからして、まず第一に、これらのことを守ることが人類に課せられた最高の義務であり、それを探究し実行するためには極度の注意と努力と勤勉さが必要である、ということになります。なぜなら、この世には、永遠と比べれば、大事なものは何もないからです。第二に、人が謝った意見を持ち、不適当な礼拝のやり方をしているからといって、だれもその人の権利を犯しはしないし、また自分が破滅に陥っても、それは他人になんの損害も与えはしないのですから、各人の救済への配慮は、ただただその人自身に属するものだ、ということです。しかし、私はなにも、人々を誤りから引きもどすための親切な忠告や、愛情あふれる努力を非難するつもりでこう言っているのではありません。事実、そうしたことはキリスト教徒たるものの最大の義務であります。他人の救済を促進するために、人は好きなだけ勧告し説得してよいのです。けれども、暴力や強制はすべて避けられねばなりません。何ごとも押しつけられてはなりません。この問題においては、その人自身が納得した以上に、他人の勧告ないしめいれいに服従するよう強いられてはならないのです。ここでは、人はだれでも、めいめいがみずから判断をくだす最高絶対の権威の所有者です。それは、他のだれもそれに関係はないし、そこでの行為からだれも損害を受けることはないからです。
 しかし、その不死なる魂のほかに、人はまた、この地上に現世的な生活をも営んでおります。この地上の生活はもろくはかないものであり、継続期間も不確かなものでありますが、それを支えるにはいくつかの外的なとり決めが必要でありますし、そのとり決めは努力と勤勉によって獲得し維持されねばなりません。なぜなら、われわれの生活の快適なささえとして必要なそれらのものは、自然がひとりでに生み出すものではなく、またわれわれにすぐ使えるような形で与えられるものでもないからです。したがって、これは別の配慮を要求し、必然的にまた別の仕事をもたらします。
 しかし、人間は堕落していて、みずから努力して必要に備えるよりも、むしろ不法にも他人の労働の成果を奪おうとするものです。それで、人々が正直に働いて得たものを所有し、さらにほしいと思うものを獲得するための自由と力とを守る必要から、人々は互いに結んで社会を造り、相互に助け、力を合わせて、この地上の生活の快楽と幸福に役だつものを財産として互いに確保できるようにせざるをえなかったわけです。そして一方、各自の永遠の幸福は各人の配慮にゆだねられ、その獲得は他人の勤勉によって助けられることもないし、それを失ったところで他人の害になるわけでもなく、またそれへの希望が外部の暴力によって奪われることもありません。
    --ロック(生松敬三訳訳)「寛容についての書簡」、大槻春彦編『世界の名著 ロック ヒューム』中央公論社、1980年。

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疲れたので入力だけして寝ますわ。

しかし、ロック(John Locke,1632-1704)の見通しは甘かったとは思います。

システム論の整備としては市民社会を準備することに一役かったわけですけれども、人間論に関してはツメが甘かった。

しかし、人間が不完全な生き物であるからこそ「寛容」が「肝要」となる道理はよく理解できます。

……ということで、沈没します。

すいません。

02 03

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美と宗教の邂逅(1)

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「教会とか多くの宗教権力が美学(建築や儀式などなど)を重視してきたのは、倫理的側面からか。それとも美が善だからという意識が無意識にあったと思われますか? それともただの成金?(成金っていうのは、通俗的な、権威主義の範囲っていう事w)。

さて、この問題。単純に権威に奉仕する美(芸術一般)という意味で考えていたのですが、実はここに大きな落とし穴があった。真善美が議論されたのは古代ギリシアとカント以降の価値論だったことを失念したわけね。

そもそも、真善美というような形を定式化したのはまあ、プラトンを嚆矢とするでしょう(西洋では)。文明の営みの象徴として「美」(フィジカルな肉体美もココね)。そしてそれが「真」であり「善」であると議論が沸いていくる。

示唆したのはソクラテス(苦笑)。「それが何だかわからないけれども、そーゆうのはあるんじゃないけ」って彼独特の慎ましさでね。そして語るまえに亡くなった。

その作業を引き受けたのが弟子のプラトン。詩作によって美善合一を目指す運動(カロカガティア)の伝統をヒントに、感覚的美と道徳的な美を統合するなかで、イデア論が創造されるという寸法。認識として真理。行為(=倫理的行い)として善。審美上の美。これが三位一体としてイデアとなる。

さてこれがアリストテレスにいたると少し変貌する。『ニコマコス倫理学』の冒頭で、最高善は幸福であると示唆されるが、ここで大目的(最高善)に対する連鎖が言及されるわけですが、この連鎖が中世において大きな問題となる。要するに位階性の発生。これはアリストテレスの本意ではないでしょうけど。

アリストテレスは超越的な概念としてのプラトンのイデア論をやんわりと退けましたが(といよりも生理的嫌悪か?)、プラトンと共通するのは、真善美なるものを大切にしたという一点。プラトンはそれをイデアとして規定しましたが、アリストテレスによればそれは形式的規定にほかならない。

だからアリストテレスは、一歩踏み込んで、真善美の三位一体を「最高善」としてタームし、内実を「幸福」として規定した。しかし前述したように、目的の連鎖論が位階制度を招来することとなる。

これが中世スコラ学でしょう。プラトンの理想主義的な超越的感覚は、神を思弁するうえでひとつの論拠となり、アリストテレスの現実主義的目的論の連鎖は、カトリック的ヒエラルキーを補完する構造へとミスリードされてしまう。

※ここでいうミスリードとは、対他の弁証論として俗流超越論への流用と(バルトの宗教の廃棄としてのキリスト教を参照)、ヒエラルキーの成立は、初期教会の特色としての円周的空間から権威的空間への移行において、目的の連鎖が流用されたというところ。

※※ だからいえば、ローマ帝国で国教化される前後200年の弁証家(弁解・証明)の教父の議論をみているとこの変貌がよく見て取れます。

さて……。注目したいのは、古代ギリシアにおいては、真善美の問題は、ひとつの全体人間を体現する徳目であるから、温度差はあるけれども、基本的には同一線上におかれている。めざすべきイデアであるとか幸福を担保する価値として措定されているから、まさにそうなるわけ。

そしてそれが超越論と目的連鎖論からミスリードされたのがその後の西洋哲学史(カント以前)。ちなみにいえば、それが完成されるのが中世スコラ学だけれども、その完成者とされる聖トマス=アクィナスは脇におく。

聖トマスは絶妙にその論点をずらしている。それを勘違いしたのは後のトマス「主義者」でありますしね。最高善としては神が措定されるけれども、『スンマ』を精読すると絶妙にその議論を排除している。

トマスの認識として、まさにアリストテレスの秩序論にしたがうわけだけれども、すべての行為は、最高善を目指す行為へと順序されてしまうことは否定しません。しかし、それが目的むかって奉仕される手段という認識はない。

プラトン的言い方で続ければ、イデア的な神なるものへ、アリストテレスを誤読していけば順列があってしかるべき=(っていう)スコラ学になるのだけれども、トマスは伸張にそれを退けている。

※上述したミスリードに従えば、最高善である神に対して、すべての所作は位階付けられていくからすべての人事は目的論の奴隷となる(ルターが苦手やからいうけど、ルターの「奴隷論」はその好事例)。

しかし超越論と秩序論を調和させたトマスの議論は、超越対象とすべての超越に対象していく物事を円周関係におきかえた。だから位階論が破壊されてしまうわけ。ここを見逃すと大きくトマスの議論を誤読してしまうことになる。

そしてそれを加速させたのが、一切の表象を拒む筈の「神」なるものを表象した系譜。キリスト教の原初的象徴表象に於ては、それを一切拒む視線が存在している。俗流すれば継子のイスラームをみればしかるべし。

しかしゲルマン布教の関係性から、具体像の表象が許容されていく。ギリシアとインドの出会いによって「仏像」が「創造」されるのと同じ系譜よね。

そのなかで、美という価値が先に述べた位階的価値に従属させられる手段と化していく。造作の職人気質としては、そこに救いの表象をもとめたことは否定できない(造仏と同じよねん)。

けれども、ギリシア的な真善美の対等的な価値(真=善=美)というものは、布教の過程で(目的と手段の混同)、そして、超越論と序列論によって破壊はされてしまいます。

「哲学は神学の婢」といいますが、それの亜流よね。

その証左が西洋芸術が近代になるまでパトロン主義であったこと。それを解放するのが思想的にはカントによる真善美の再発見をまたねばならない。最大のパトロンは教会だからね、だからカントによって解放されるまでは、芸術は乞食役者にならされてしまうわけ。

……という第一部完。
02 03

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「まさに、手練の早業といよりほかない」のだがウザイらしい

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 不二楼へは、よくやって来る池田辰馬だけに、座敷女中の案内もなしに雪隠へ入り、用をすませて廊下へ出た。
 廊下の向こうから躰の大きな男が、ゆっくりと、こちらへ歩んで来るのが見えた。
 頭巾をあたまへ乗せ、立派な道服のようなものに巨体を包んでおり、茶道の宗匠のようにも見えた。
 その音が辰馬を見ると、
 「や……」
 おどろいて、すぐに、にっこりと笑いかけつつ、
 「池田辰馬様ではございませぬか」
 声をかけてよこした。
 「……?」
 辰馬には見おぼえがない。
 「どなたでござる?」
 「されば……」
 いいかけた男が辰馬の背後を見やって、
 「この御方が池田辰馬様じゃ」
 声を投げたものだから、自分の後ろにだれかがいるのかとおもい、辰馬が振り向いた。
 その瞬間であった。
 すぐ間近まで近寄っていた大男の……いや、藤枝梅安の右手が伸び、隠し持っていた仕掛針を池田辰馬の延髄へ突き入れた。
 まさに、手練の早業といよりほかない。
 ぎくりと、こちらへ振り向いた辰馬の傍を、すっと梅安が擦り抜けた。
 仕掛針は辰馬の延髄へ深く突き込まれたままである。
    --池波正太郎「寒鯉」、『仕掛人・藤枝梅安 四 梅安針供養』講談社文庫、2001年。

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仕掛人は、その身分を市井の人に露見してはいけないのが定石ですが、宇治家参去は仕掛人ではございませんので、その身分を市井の人に露見しても問題ないわけですが、なかなか市井の人の一人である家人は……

「わたしが何をやっているのか」

……を了解してくれることがほとんどありません。

まあ、テキトーに「キリスト教」関係のなんかを学問としてやっていて、持っている講座としては哲学と倫理学でテキトーな話をやっているのだろう・・・

……というもくろみのようなのですが、

こまかく、これとこれとこれが私の専業なのよねん……っていう部分を深く理解しないといいますか、確認しようとしないといいますか、全く相手にしていない……というのが現状です。

人文科学研究者の末端でぜえぜえやっている身ではありますが、まあ、細君にはきちんと私が何をやっているのかぐらいは理解して欲しいというか、把握ぐらいはしておいてほしいというのが人情ですが、、、

「めんどくさい」
「わけがわからん」
「しかもカネにならない」

……という始末でして、、、

まったくorzです。

さてそういう前提条件ですが、、、

細君の奴が、テレビか何かで見たのでしょうか……。

「アーミッシュ(Amish,在米のプロテスタント諸派。ドイツからアメリカへ移民した当時の生活を守ることで有名)って何???」

……って聞いてきたので、

完膚無きまでに説明したのですけれども・・・

「説明が過剰。だから研究者とか学者とかいう連中はうっとおしい」

……とのことだそうな。

をい!

02 03

梅安針供養 仕掛人・藤枝梅安(四)
配信元:電子書店パピレス
提供:@niftyコンテンツ

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【覚え書】「文化産業--大衆欺瞞としての啓蒙」

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 文化とはパラドキシカルな商品である。それはもはや交換されないほど、完全に交換法則の下に置かれており、もはや使用に耐えないほどめちゃめちゃに使いつくされている。だから文化は広告と融合するのだ。広告が独占下でナンセンスの度を強めるにつれて、それはますます万能なものとなる。モチーフは皆あまりにも経済的なものだ。たとえ全文化産業がなくても、人が生きていけるのはまったく確かなのだ。文化産業は消費者たちのもとにありあまる飽食と無気力(アパシー)とを生み出さずにはいない。その勢いに進んで抵抗することは文化産業には到底できはしない。広告は文化産業の生命を救う霊薬なのだ。しかし文化産業の製品は、商品として約束する効用をひっきりなしにたんなる口約束にすりかえてしまうから、そういう効用がじつはないからこそ必要とされる広告と結局は合体することになる。かつて自由競争社会では、しゃかいは市場で買い手の手引きとなる社会的役割を果たしていた。それは選択を容易にし、もっと有能な見知らぬ売り手が彼の商品をしかるべき男に届けるのを補助したものだ。広告はたんに値が張るだけでなく手間暇を省く働きをした。自由市場が終わろうとする今日では、体制の支配が広告を楯にして自らを守っている。広告は消費者たちを巨大コンツェルンにつなぐ絆を強化する。広告代理業者たち、とりわけ放送業者自身が言いたてる法外な広告料をいつでも支払える者だけが、つまりすでにそういう陣営に属しているか、あるいは銀行資本や産業資本の決定に基づいて補欠として選ばれる者だけが、一般に買い手として疑似市場に立ち入ることを許される。結局はコンツェルンのポケットに還流していく広告料は、やっかいな部外者(アウトサイダー)と張り合って打ち負かすという面倒を省く。つまり権威を持つ者が、自分の指導的地歩を守ることを保証する。その点で広告料は、全体主義国家において企業の開設と拡張を統制していた経済評議会決定と似ていないことはない。広告は今日ではある否定的原理であり、制動装置である。つまりその刻印を帯びていないものは、すべて経済的に下級品扱いされる。いずれにせよ提供されるのは、二、三の品種に限られるのだが、人にそれを覚えてもらうためには、必ずしも手広く広告する必要はない。広告は間接的にしか売行きに影響しない。個々の商会が慣例となっている広告を削減すれば、知名度はダウンするが、じつはそれは指導的な徒党(クリーク)がその傘下メンバーに課す規律への違反を意味する。戦時中でも、もはや提供不能な商品のための広告が産業的力を誇示するために続行される。商品名を繰り返すことより重要なのは、むしろイデオロギー・メディアの買収である。体制の圧力の下では、どんな製品が広告のテクニックを駆使したところで、それはお定まりのイディオムへ、文化産業の「様式」へと足並揃えて入っていくだけだ。広告技術の勝利は完璧なものとなり、決定的な場所ではもはや目立たなくなっている。

    --ホルクハイマー・アドルノ(徳永恂訳)「文化産業--大衆欺瞞としての啓蒙」、『啓蒙の弁証法』岩波文庫、2007年。

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啓蒙の弁証法―哲学的断想 (岩波文庫) Book 啓蒙の弁証法―哲学的断想 (岩波文庫)

著者:ホルクハイマー,アドルノ
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二十一世紀を、人間が人間らしく生きられる「人間の世紀」とするためにも、私たちは今一度人間とは何かということを問い直さなければならない

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 ドイツの有名な文豪ヘッセの詩に、味わいの深い一節があります。
 それは、
 「人生を明るいと思う時も、暗いと思う時も、
  私はけっして人生をののしるまい」
 「日の輝きと暴風雨とは
  同じ空の違った表情に過ぎない。
  運命は、甘いものにせよ、にがいものにせよ、
  好ましい糧として役立てよう」(『ヘッセ詩集』高橋健二訳、白凰社刊)
 --と。
 要するに、何があろうと、目先に紛動されず、焦らず、一切をわが生命の滋養としてゆく賢さをもつことであります。

 魂に電流が走りました。
 どのような運命が巡り来ようとも、自分自身の財産に変えていけという文豪の言葉。何があろうと、紛動されてはいけない。焦ってはいけない。全部、自分の滋養にしてゆくんだ--。厳しく、深い、魂を叩きのめすような、しかも、強く強く抱きしめてくれるような世界桂冠詩人の言葉でした。
 この言葉を目にしたとき、私の心が決まりました。
 もしかしたら、彩花はこのまま一生、眠り続けたままかもしれない。いや、亡くなってしまうかもしれない。もちろん、そんなことはあってほしくないが、そうなるなら、それを受け入れよう。私は負けない。これが自分の現実の人生なら、それを恨んだところで何も生まれない。立ち上がるしかない。
 ヘッセがいうように、空にだって晴れもあれば嵐もある。それが現実であり、本当の姿だ。嵐を恨んでも、嘆いても、自分が弱くなってしまうだけだ。苦しみも楽しみも、全部、自分の人生なんだ。私は、私の人生に、顔を上げて向き合っていこう。生き抜こう。
 そう心が決まりました。
 私がそう思えたのも、彩花がこの一週間の間に見せてくれた姿があったからでした。突然の出来事にすっかり混乱し、振り回されていた私のそばで、当の彩花は医師の予測を覆し、命の凄まじい力を見せてくれました。本当の意味の「生きる力」というものを、母親の私に教えてくれました。
 私は、何があっても顔を上げて生きるという決意を彩花に伝えようと、集中治療室に戻りました。
 するとどうでしょう、決意した私の心をすでに知っていたように、彩花は今までとは比べものにはならないほど、にっこりと微笑んでいるではありませんか。目もとには明らかな笑い皺ができ、口の両脇にも笑った皺ができていました。
 それは、
 「お母さん、よかったね。大事なものを手に入れてることができたね。これで、彩花は安心できた。お父さん、お母さん、本当にありがとう」
 そう語りかけるかのような、信じがたい笑顔でした。
 そして、それから三時間ほど経った午後七時五十七分、彩花はこぼれるような笑顔のまま、悠然と旅立ったのです。
 最後は、私と夫、息子、姑が看取りました。
 後日、垂水区の友人からうかがった話では、彩花が亡くなってすぐ、ニュース速報でその死亡の報が流れました。ちょうどそのとき、一帯に沛然たる雨がザーッと降り、すぎにまたあがったということでした。
 平成九年三月二十三日、山下彩花は十年の人生の幕を閉じました。
    --山下京子『彩花へ 「生きる力」をありがとう』河出書房新社、1997年。

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昨日は、同書を構成された文筆家の東晋平さんと天王洲アイルにて、種々懇談。
お顔は存じ上げておりましたが、ざっくりと時間をとって、ゆっくりとお話を伺ったのは初めての機会でしたが、考えることの多い一日でした。

三時間あまりお話を伺ってから、三田へ移動。
母校の空気を吸ってから帰宅した次第ですけれども・・・。

考えることの多い一日でした。

まだまだ論点の整理はできておりませんが、哲学とは何かといった場合、それは「人間とは何か」という問いへと収斂していくわけですけれども、これが宗教とは何かという問いに転換された場合、より具体的に「生命とは何か(生とは何か・死とは何か)」という問題に収斂していくのではないだろうか……ふとそう実感した次第です。

通俗的には、現代とはそうした問いかけを真正面から考えてこなかった時代ということは簡単ですし、それも事実です。

そしてそのことを圧倒的に否定できないことと同じぐらい、「生命とは~」(同じく「生とは~」or「死とは~」)という言葉遣いも圧倒的に流通していることも否定できません。

しかし、生活者として「今を生きる」という意味において、その言葉遣いにリアリティがあるのかどうかと問うた場合、「生死とは何か」をスルーしてきた現代という世の中と同じように、その内実はどうしてもうすっぺらい。

だから、情況に対して身動きがとれなくなってしまうとともに、自らをのろい、社会をのろい……、気が付いてしまうと教条的な言葉遣い……そしてそれが限りなく一〇〇%の真実に近いものであったとしても……に陥ってしまうのだろうか・・・。

などと。

だからこそ、これまで人間が数千年に渡って考え続けてきた思考の軌跡を参考にしながら、今生きている自分の問題として省察する必要があるのだろうなあ、と深く考えさせられた次第です。

そうした人間に対する洞察が一切欠如してしまった場合、ヘッセ(Hermann Hesse,1877-1962)のいう「人生を明るいと思う時も、暗いと思う時も、私はけっして人生をののしるまい」という言葉はその人にとって硬直したイデオロギーとなってしまい、生きる力へ転換されることはないのではなかろうか……と。

何が言いたいのか私自身もよくわらかんのですが、宗教(神学)、哲学に関わる人間としては、こうした問題を大切にしていかないと、街の喧噪に飲み込まれてしまい、何か大切なことを忘れてしまい、気が付けば課題消化の連日となってしまう。そのことを時々点検しなければ……と。

「生命の世紀」という言葉を口にするのは、簡単です。
その言葉を音声であろうが記述であろうが、発話したり、筆記したりすれば済むことです。しかしそれで済ませない何かを自分自身きちんと取り組みながら、社会や人間そのものをぶっこわすのではなく、脱構築させるかたちで、ずらしていかないと、何もはじまらない・・・その原点を確認したような気がいたします。

またそれだけではありません。

それと同時に新しい時代を告げる嬉しいニュースや希望の曙光も伺い、

「いやいや、人間はまだまだこれからですね」

……という感じで、さあ、「闘うぞ」と気持ちを新たにすることができました。

人間とは「闘い」続ける中で、その使命を発揮することができるはず。使命とは「命を使う」ことだから。

さて今日からまたがんばるか!

ポストコロニアル批評で知られるスピヴァク女史(1942-)は「生きることはダブルバインドそのもの。しかし生きて何かをするというゲームから降りることはできません」と語りましたが、理想とほど遠い現実でも、それを直視して、行動しなければ、なにも始まらない……。そこを失念したとたん、人間は人間から遠ざかってしまうのでしょう。

細かいやりとりは割愛しますが、お忙しいなか、長時間にわたり懇談させていただきまして、東晋平先生、ありがとうございました。

……ってわけのわからんことばかり書き殴りましたが、冒頭に掲載した『彩花へ 「生きる力」をありがとう』の続編『彩花へ、ふたたび あなたがいてくれるから』(河出文庫)の結びの一節を紹介します。

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 行き詰まることそのものは、決して不幸ではない。
 闘えば、行き詰まりは新しい価値の源泉となる。
 幸福な人とは、行き詰まらないで生きている人ではなく、行き詰まりと闘い続けている人である。
 幸福な人とは、深く悲しみ、深く喜び、深く怒ることのできる人である。
 幸福な人とは、人間以上のものを目指すこともなく、何があっても人間を放棄せず、人間として最後まで生き抜ける人である。
 そして、闘い続ける勇気、生き抜く勇気、真の楽観主義という希望を持って進む人こそ、真の勝利者である。

 このことを、私自身も山下さんから深く深く学びました。自分自身の生きていく道のりにおいて、このことを何度も振り返るでしょう。
 いよいよ開幕する二十一世紀を、人間が人間らしく生きられる「人間の世紀」とするためにも、私たちは今一度人間とは何かということを問い直さなければならないと思います。その起点であり帰点は、「生と死」という根本の問題への思索に尽きるのではないでしょうか。
    --東晋平「人間として生きる--結びに」、山下京子(構成・東晋平)『彩花へ、ふたたび あなたがいてくれるから』河出書房新社、1998年。

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※なお両書は、河出文庫(河出書房新社)として文庫化されております。

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彩花へ―「生きる力」をありがとう Book 彩花へ―「生きる力」をありがとう

著者:山下 京子
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彩花へ―「生きる力」をありがとう (河出文庫) Book 彩花へ―「生きる力」をありがとう (河出文庫)

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彩花へ、ふたたび―あなたがいてくれるから (河出文庫) Book 彩花へ、ふたたび―あなたがいてくれるから (河出文庫)

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書物を読み文章を書くということはすでに他人と相語っていることなのである

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 我々は人間存在への通路を最も常識的な日常生活の事実に見いだした。そこにはすでに人間存在の表現と了解とが豊富に存すると言った。そこで我々はこの日常生活の中から我々に最も手近な人間存在の仕方を選び取り、それを通路としてまっすぐに人間存在の根本構造まで掘り下げてみたいと思う。
 哲学的考察にふけるものは通例ただ一人で書斎に閉じこもるとかあるいは静かな道を漫歩するとかする。そこで最も手近な存在を問題にする場合には、机、紙、筆、インキ壺、書物、窓、表の通り、あるいは野、山、森などがでてくる。そういうものが自分の外にあって、おのおのその一つの面を示している。自分はそれを知覚し、あるいはそれらを使用する。それが何らの思想的加工をも施さない「自然的立場」での事実であると考えられる。そこで「我れの意識」であるとか、「世界の中に有ること」であるとかと呼ばれるものが考察の出発点になる。が、それは果たして最も手近な事実であろうか。自分も今同じようにひとり書斎にあってこの文章を書いている。それは他の哲学者がその書斎において我れの明証について書いたと同じ情況である。しかし、彼らは我れの明証について書きながらしかも他我の明証を同時に認めようとしないという不思議な態度を取っている。一体書くということが読む相手なしに発達して来たとでも考えられているのであろうか。「我れのみが確実である」と語るのはそれ自身矛盾である。書くのは言葉の文字的表現であり、言葉はただともに生き、ともに語る相手を待ってのみ発達して来たものだからである。たとい言葉が独語として語られ、何人にも読ませない文章として書かれるとしても、それはただ語る相手の欠如態に過ぎないのであって、言葉が本来語る相手なしに成立したことを示すのではない。そうしてみれば書物を読み文章を書くということはすでに他人と相語っていることなのである。いかに我れの意識のみを問題にしても、問題にすること自体がすでに我れの意識を超えて他社と連関していることを意味する。いかなる哲学者もかかる連関なしに問題を提出し得たものはなかった。
    --和辻哲郎『倫理学 (一)』岩波文庫、2007年。

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ちょと今日は朝から一日中出かけるという忙しい一日でしたが、充実した終日でありました。

ちと書きまとめたいことは多々あるのですが、いったん先にお休みいたします。

文筆家の晋平兄さんありがとうございました。

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倫理学〈1〉 (岩波文庫) Book 倫理学〈1〉 (岩波文庫)

著者:和辻 哲郎
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【覚え書】「今週の本棚 富山 太佳夫 評 『仮装戦争 --イスラーム・イスラエル・アメリカの原理主義』 レザー・アスラン著」、『毎日新聞』2010年10月10日(日)付。

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今週の本棚
富山 太佳夫 評
「仮装戦争 --イスラーム・イスラエル・アメリカの原理主義」 レザー・アスラン著(藤原書店・3150円)
歴史と宗教の中を巡る思想的旅行記

 九月一一日--毎年この日がめぐって来るたびに、われわれはニューヨークの世界貿易センター・ビルと国防総省へのテロ攻撃の場面を想起するしかないのだろうか。今年もそうであった。しかも、コーランの焼却騒ぎまで付随してしまった。
 毎年この時期になると、あのテロ攻撃を引き起こした政治と宗教と文化のコンテクストを、たとえ遠くからであるにしても、考え直してみるしかないようだ。時の経過とともに変化してくるその歴史的な意味を。
 レザー・アスランの『仮装戦争』はそれを試みた一冊ということになる。その背景にはこれまでとは違う状況がある。今大統領の地位にあるのは、「カンザス州出身の白人キリスト教徒の母とケニア出身の黒人ムスリムの父親」の間に生まれたバラク・フセイン・オバマ。「片手を胸に星条旗に忠誠を誓うように教えられたアメリカの権化である」。それに対して著者は一九七二年、テヘランの生まれ。七歳のときにオクラホマ州に移住して来て、「イランのアメリカ大使館員人質事件、イラン・イラク戦争、イラン・コントラ・スキャンダル、ベイルートのアメリカ軍兵舎爆破事件、二度にわたるパレスチナのインティファーダ、第一次湾岸戦争などのあいだ、ここで育った」。しかし、「公民権があるのはアメリカで、国籍上はイラン人、民族的にはペルシア人、文化的には中東人で、宗教的にはムスリム、性別は男性」である。アメリカの大学で学び、アメリカの大学で教えている。そのような経歴をもつこの著者の意見はともかく聞いてみるに値するはずである--。しかし彼は、テレビ番組では中東問題のアナリストとしても仕事をしている。そして、一九世紀のアメリカを代表する小説家メルヴィルの、「われわれアメリカ人は特異な選民、現代のイスラエルである」という言葉を引用してみせるだけの読書量もそなえている。
 この本は政治や宗教や経済問題に的を絞った単なる地政学的な評論ではない。端的に言えば、歴史と宗教の中をかけめぐる思想的な旅行記ということになるかもしれまない。各章の副題に使われている地名を抜き出してみるならば、パレスチナ、エルサレム、イスラエル、アメリカ(「アメリカに誕生した『原理主義』の解説を含む)、イラク北部の町トゥズ・ホルマト、英国の移民の町ビーストン、カイロということになる。著者はそうした土地を実際に訪ね、そこの紛争的な雰囲気をともかく体感し、あるいはテロリストの育った環境を調べる。更に、遠い過去にまでさかのぼって歴史的、思想的な背景を確認してゆく。
 それは大変な仕事だが、「イラン人として、ムスリムとして、アメリカ市民として」多重の帰属意識をもつ、というか、もたざるを得ない著者は、それに挑戦してみせる。
 その中核にある状況とは、おおよそ次のようなものであるのだろう。「グローバル化は個人の帰属意識(アイデンティティー)に対する非宗教的ナショナリズムの締め付けをゆるめ始めているので、人々は国家機構が簡単にコントロールできない宗教や民族といった……帰属意識を中心に再集合し始めている」。その背景には移民問題も横たわっている。「ヨーロッパには二〇〇〇万人以上のムスリムがいて、その大半がヨーロッパの旧植民地からの移民である」。こうした現況もにらみながら著者が希望を託す「民主主義の……継続的な推進」という言葉の重みは、今われわれのまわりを飛び交っている安易な用法とは何と違うことか。(白須英子訳)
    --「今週の本棚 富山 太佳夫 評 『仮装戦争 --イスラーム・イスラエル・アメリカの原理主義』 レザー・アスラン著」、『毎日新聞』2010年10月10日(日)付。

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帰属意識からの離脱が今世紀の大きな課題。

しかし、いつまでもたっても国家や民族や宗教や会社など人工的な構築物への帰属意識から抜け出すことができないのが現状。

たしかに、完全にその意識から離脱することは不可能なのですが、相対化させることは可能なはず。絶対化させることが碌なことにはならないことは歴史が証明しているにもかかわらず、相も変わらず、その詐術から逃れることが出来ていない。

久しぶりに書評を読んでいて読みたくなった一冊。

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仮想戦争―イスラーム・イスラエル・アメリカの原理主義 Book 仮想戦争―イスラーム・イスラエル・アメリカの原理主義

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変わるイスラーム Book 変わるイスラーム

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「核時代の市民的不服従 --国家の正当性を問う」

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 多数決原理は時間的制約下において相互了解のプロセスを理性的に操作可能なものとするが、その際に本来前提されているもろもろの条件に較べて、実際の政治的決定過程がいかにずれているかは、多数決の社会学が冷ややかに明らかにしてくれているとおりである。それにもかかわらずわれわれは、多数の決定には少数派も尊重してしたがうべきであるという原理を、デモクラシーの王道として守っている。今日においてこの考えを本気でひっくり返そうとする者はいないであろう。だが、多数決原理が正当化の力を保持しうるためには、いくつかの最低限の前提が満たされていなければならない。つまり、生まれにもとづく少数グループ、例えば文化的伝統やアイデンティティの分裂などにもとづく少数グループがいない場合にのみ、多数決は可能なのである。また多数派といえども、取消し不可能な決定をしてはならないのである。多数決原理は、ある特定のコンテクストにおいてのみ人々を納得させうるのである。多数決原理の価値は、時間の足りない中で、また限られた情報に基づいてなされる決定が、ディスクルス(討議)によって得られる意見の一致や、公平なものと予測される妥協という理想的結果からどの程度離れているかという理念を基準に測りうるものでなければならない。
 現在は、市民的不服従がどのような意味で正当であるのかを、一歩も譲らずに明らかにすべき時であろう。これは、市民的不服従への呼びかけとして言っているのではない。このような危険を引き受けるかどうかの決定は一人一人が行うべきことであろう。市民的不服従の「権利」は、もっともな理由からの正当性と合法性のあいだのゆらぎのなかにあるのだ。だが、この市民的不服従を下劣な犯罪であるかのように告発し、追及するような法治国家は、権威主義的リーガリズムの次元に陥ることになる。「法は法だ」「恐喝は恐喝だ」というきまり文句が法律家たちから発せられ、ジャーナリストたちが喧伝し、政治家たちの採用するところとなっているが、これは実際は、あのナチスの海軍法務官(*7)の信念、つまり当時合法であったものは今日も正当であるはずだという信念と同じメンタリティに発しているのである。というのも、法治国家における市民的不服従と、不法国家に対する積極的抵抗との関係は、法治国家における権威主義的リーガリズムと、不法国家における疑似合法的な抑圧の関係に対応しているからである。
 一九四五年直後ならばおそらく誰もが認めたであろう当然のことが、今日ではなかなか耳を傾けてもらえないのである。新保守主義の先唱者たちが、過去のポジティヴな面に共鳴するのが国民の義務であると唱え始めて已来、現代における偽りの実定的制度は、過去のそれに歴史的に支えて貰おおうとしているのである。これは足元の大地が揺れ出すにつれて、ますます執拗になんらかの一義的なものにしがみつこうとする精神的態度であり、その点は軍事に関しても、歴史に関しても、またいわずもがなのことだが法律の取扱いに関してもまったく共通している。しかも実定性があいまいで怪しいという点に関しては、使用しないためにできるだけ完璧なものにするとされるあの武器よりも明白な存在を獲得したものはないのに、である。
 両大国が(引用者註……この文章は1984年に著されたもので、この両大国とはアメリカ合衆国とソビエト社会主義共和国連邦のこと)、この核時代においてすら(勝てる戦争)という一義性に戻ろうとしているのが本当だとするなら、安全保障というこのユートピアには、「闘うデモクラシー」(*8)についてなされる誤解と同じものが見られることになる。つまり、「闘うデモクラシー」を法実証主義的に誤解すると、市民的不服従が持つあいまいさをきれいさっぱりぬぐい去って一義性を得ようとすることになるが、こうした思考構造が、安全保障のユートピアにも繰り返し現れていると言える。権威主義的リーガリズムは、一義的ならざる、あいまいなものが持つあの人間的実質を、民主主義的法治国家がまさにこうした実質によって滋養を得ている当の局面において、否定しているのである。
(*7)バーデン=ヴェルテンブルク州の元首相フィルビンガー(キリスト教民主同盟)を指す。フィルビンガーは、その穏かな風貌と言辞で州民のあいだで比較的信頼を集めていたが、こともあろうにその彼が、敗戦直後、つまり武装解体寸前のドイツ海軍にあって、脱走し逮捕された若い兵士に殆ど即決裁判で死刑の判決を下し、執行させたことが二十数年たって発覚し(一九七八年)、辞職を余儀なくされた。辞職間際に彼が言った捨て科白「当時合法であったものは、今日でも正当であるはずだ」は、旧世代のリーガル・マインドの典型とされ、広く引用された。
(*8)ヴァイマール民主制の崩壊への苦い反省から、民主主義を破壊するものに対しては「民主的」ではあり得ないとして、危険を「芽のうちに摘み取る」「守りの強い」「闘う」民主主義という標語が戦後唱えられ始めたのだが、次第に共産主義批判、テロリズム追及と結びついて多用されるに至った。平和運動にあっても、それを批判する保守の側が好む表現となった。こうした誤用のうちにハーバーマスは、権威主義的リーガリズムと同じものを感じとっているわけであろう。彼から見れば市民的不服従こそ「闘う民主主義」の実践のひとつであるということにもなろうか。
    --ユルゲン・ハーバーマス(三島憲一訳)「核時代の市民的不服従 --国家の正当性を問う」、『近代 未完のプロジェクト』岩波書店、2000年。

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いかん、つかれてしもうた。

寝る前に読んでいた本から少し覚え書。

ハーバーマス(Jürgen Habermas,1926-)の議論は、その公共性が実は作業架設にすぎないという意味で、好みではないのですが、俗流カント的な形式主義的議論としては、比較的筋を通そうとして努力している点には頭が下がってしまう。

ということで、以上。

三連休ずっと仕事やねん。
しかも学問の仕事も山積みやねん。

だから、今日は、自作の野菜白湯鍋にラー油をひねったやつをつまみにしながら、がっつり呑んで寝ます。

おやすみなさい。

02 03

近代―未完のプロジェクト (岩波現代文庫―学術) Book 近代―未完のプロジェクト (岩波現代文庫―学術)

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斉藤秀三郎氏が、窮迫の結果(?)流れ流れて私の郷里に来り、私の実家の筋向ふへ私塾を開かれた

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 私が始めて手にした英語の本はスペリング・ブツクで、今でもよく古本屋で見る瑠璃色紙表装の薄い小冊子である。明治二十年頃であつたと思う。大学を放逐された(とあとで聞いたのであるが)斉藤秀三郎氏が、窮迫の結果(?)流れ流れて私の郷里に来り、私の実家の筋向ふへ私塾を開かれた。勧めらるるまゝに入門したが、短気な先生の態度がおそろしさにたツた一日でやめた。尤も先生の方から余り年が若くて外の者と一緒にやりにくいからと断られたのであつたやうにも思ふ。その時ともかくも買はされたのがこのスペリング・ブツクでえある。
    --吉野作造「初めて読んだ書物」、『東京朝日新聞』一九二六年一一月一七日付。

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いやはや世の中とは狭いものよと思わざるを得ないなア~というのをつくづく実感する昨今です。

いわゆる国家による教育管理の問題や、大学の予備校化の問題(→アルゲマイネ・ビルドゥングとしての教養教育の軽視)を議論するなかで、--まあその深刻な消息に関してはイヴァン・イリイチ(Ivan Illich,1926-2002)の「脱学校化」(deschooling)に関する論述でもお読み下さい--、結局のところは、茂木健一郎氏()も指摘するように、ノマド的な私塾のようなものを立ち上げそこから教育というものをいっぺん組み立て直す必要がある--そんなことをまあ、考えているわけでござんすが--。

そうしたことをいろんなひとと議論するなかで、サイトウメッソドやサイトウキネンオーケストラで有名な斉藤秀雄(1902-1974)氏の音楽教育ののやり方がひとつ参考になるのでは?? まあ、斉藤秀雄氏が、1948年に始めた「子供のための音楽教室」に一つのヒントがあるのかもしれないというところ。

※小野さんありがとうw
http://d.hatena.ne.jp/sessendo/20101006/p2

世界の小澤--小沢一郎(1942-)君ぢゃアありませんヨ--で有名な小澤征爾(1935-)さんもその門下。

現在の桐朋学園大学の定評のある音楽教育の元祖となったわけですが、実は、まだそこから繋がりが!

……ということで驚き。

実は、この斉藤秀雄さんのお父さんが『熟語本位英和中辞典(Saito's Idiomological English-Japanese Dictionary)』で有名な、明治・大正期を代表する英語学者・教育者の斎藤 秀三郎(1866-1929)先生!

斎藤先生の文法理論は、現代の眼から見れば体系的理論としては必ずしも科学的とは言えないものの、日本人のような英語を母語としない民族が英語をシステマティックに学習する上では今なお実用的であることで知られており、日本の外国語学習のひとつの実用的パターンの土台を作った先達といえるわけですが、実は、この斉藤先生に教わった一人が……たった一日ですけどネ……、ワタクシが博士論文で扱っている吉野作造(1878-1933)大先生というわけです。

いやー、びっくり。

マジで世間はせまかった。

……というか、その印象を記した「初めて読んだ書物」(『東京朝日新聞』一九二六年一一月一七日付)というのは何度も読んでおりますが、そのサイトウさんと、あのサイトウさんが一致せず、しかもその息子さんのまで繋がっている……教育的手法としてですが……というのには、実に吃驚です。

いやー、びっくり。

マジで世間はせまかったw

吉野作造の通った斉藤先生の英語塾というものは、「古川英語会」といい、青年向けの講習会であったとか。

一八八七年に、古川日本キリスト教会が信者一四名で設立されたことがきっかけとなり、発会には教会関係者、古川小学校校長、十日町の荒物商らが尽力している。「古川英語会」は一八八八年に、斉藤秀三郎先生を講師に招き、教会の建物を借りて数ヶ月間開催されたそうです。

まあ、なにしろ斉藤先生自体が、東北学院長押川方義(1852-1928)から洗礼を受けたクリスチャンですから、当初は熱心に布教活動にも従事したとか。

吉野は、「勧めらるるまゝに入門したが、短気な先生の態度がおそろしさにたツた一日でやめた」と後年に述懐しておりますが、おそらく小学生(当時の吉野は高等小学校の一年生)についていけるような内容でもなかったのでしょう。

いやー。びっくり。

マジで世間はせまかったw

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ある者が他の者のためにある、そのような関係のうちには、根拠の合理性にもとづいてはもはや考えられないようなある関係がはらまれているのです

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 「あるものは他のもののために」という表現における「ために」〔代わりに〕は、ある語られたことと他の語られたこととの、ある主題化されたものと他の主題化されたものとの係わりに還元されるものではありません。さもなければ、<語られたこと>としての意味の次元にとどまることになりましょう。しかし私たちとしては、<語ること>としての意味がなにを表しうるのか、この点を探らなければなりません。
 「ために」〔代わりに〕は、人間がその隣人へと接近する仕方であり、もはやある者の尺度には収まらないような関係が他の者とのあいだに創設されるその仕方です。それは近さの関係であり、そこで働くのは、ある者の他の者に対する責任です。このような関係のうちには主題化不能な知解可能性があります。それは、主題や主題化の効果によってではなく自分自身によって意味を得るような関係なのです。つまり、少なくともここでは、知解可能性と合理性は根源的な仕方で存在に属するものではないのです。ある者が他の者のためにある、そのような関係のうちには、根拠の合理性にもとづいてはもはや考えられないようなある関係がはらまれているのです。
    --E.レヴィナス(合田正人訳)「<語ること>としての意味」、『神・死・時間』法政大学出版局、1994年。

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個人的にはほぼ毎月訪問しているのですが、家人とだいぶ行ってないなあ、ということで、久しぶりに家族でささ花@花小金井へ。

この近辺で、まともな料理を食べたくなると「ささ花」が定石ということになりますで、楽しませて戴きましたが、まあ、間違いのない味わいに舌鼓。

福澤先生は旅立たれてしまいましたが、レヴィナス老師(Emmanuel Lévinas,1906-1995)の語るとおり「ある者が他の者のためにある、そのような関係のうちには、根拠の合理性にもとづいてはもはや考えられないようなある関係がはらまれているのです」わけですので致し方なし。

さて、今日からまた仕事モードでがんばろうw

まずはお通し

「九条葱とジャコと豆富のサラダ」

「真鯛の紅葉揚げ」

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「長芋と和牛もも肉のステーキ(シャリアピンソーン)」

「ささみの梅シソ巻き揚げ」

「モッツァレラのフリットと南瓜コロッケ」。

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またしても「何かメニューにないやつを」と伺うと、

「田酒 純米大吟醸 山廃」。

やばす。

「エイヒレ炙り」

「せいろ」で〆て終焉。

神・死・時間 (叢書・ウニベルシタス) Book 神・死・時間 (叢書・ウニベルシタス)

著者:エマニュエル レヴィナス
販売元:法政大学出版局
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【覚え書】「異論反論 自分のためにも提出しよう 寄稿 雨宮処凛」、『毎日新聞』2010年10月6日(水)付。

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異論反論 寄稿 雨宮処凛
雨宮さん! 国勢調査が行われています
自分のためにも提出しよう

 明日は国勢調査の調査票提出期限だ。みなさんのもとにも、「平成22年 国勢調査」と書かれた封筒が届いていると思う。
 1920年に始まったという国勢調査は5年に1度行われ、今回が19回目。目的は、統計を得ることによって、各種行政施策の立案・実施の資料とすること、らしい。
 「個人情報」への意識が高まる時代、根掘り葉堀りほくりだされるようなこの国勢調査、私自身も少し前まで「うぜー」と思っていた。
 しかし、昨年末、厚生労働省のナショナルミニマム研究会の委員に就任し、その意識が根柢から変わった。さまざまな政策が論じられる過程で、この「国勢調査」が非常に重要なデータとして扱われていたからだ。考えてみればこれほど大規模な調査なんてそうそうないわけで、あなたが正直に書くだけで政策に大きな影響を与える可能性もないわけではない。
 と、こんなことを書くと統計局の回し者のようだが、5年前の国勢調査の結果を見るだけでも非常に興味深い。
 例えば、日本では何人世帯が一番多いと思うだろうか?
 多くの人は「4人くらい?」という感覚かもしれない・しかし、もっとも多いのは1人世帯で29・5%。4人世帯がもっとも多かったのは85年までで、以来、1世帯あたりの人員は減り続け、85年に3.14人だったのが05年では2・55人まで減っている。
 ちなみに「夫婦と子どもからなる世帯」(人数は問わず)は29・9%なのだが、今回の調査ではこの数と1人世帯の数が逆転するのではないかといわれている。
 だから何?という意見もあるかもしれないが、こういった事実がわかるだけでもすごいことだ。
 なぜなら、今まで日本という国は「正社員の夫と専業主婦と子どもが2人いる世帯」みたいなものをモデルとしてさまざまな制度を設計してきたからである。結果、それ以外の生き方をすることは即「リスク」となり、さまざまなセーフティーネットから漏れてしまう人を作り出してきた。

調査結果が政策に反映されるかも
 今年の夏は「消えた高齢者」問題が世間をにぎわせたが、現在30代の私は着実に「子なし人生」の方向に突き進んでおり、将来的には単身世帯で「消えても気づかれない高齢者」になるかもしれないという不安を抱えている。
 しかし、「単身世帯」がマジョリティーになりつつあることが広く知られれば、「1人でも安心して生きられる」方向に政策のかじが切られるかもしれないし、他にも調査結果から「非正社員でも安心して子育てできるように」とか「子育て世帯にもっと充実した支援を」という形の具体的な要望が見えてくるかもしれない。
 ということで、自分のために提出しようと思っている。

あまみや・かりん 作家。1975年生まれ。貧困問題などに取り組む。共著「世はいかにして昭和から平成になりしか」(白水社)が出た。16日に「午前11時から東京・明治公園で『反貧困世直し大集会2010』(反貧困ネットワーク主催)に出演します」。
    --「異論反論 自分のためにも提出しよう 寄稿 雨宮処凛」、『毎日新聞』2010年10月6日(水)付。

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今日が国勢調査の提出期限のようですね。
さて読んでいて数点、まず雨宮処凛女史(1975-)相変わらずアップダウンが激しいというか、いろんな意味でブッ飛んでいるなアと思ったということ。

それと、いろいろあるんだけれども、「『正社員の夫と専業主婦と子どもが2人いる世帯』みたいなものをモデルとしてさまざまな制度を設計」してきたのは日本だけでなく、あらゆる日本の組織がそれを範として共同体をデザインしてきたということ。

ということで、いろいろあるけど二点だけ。

寝ますワ。

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世はいかにして昭和から平成になりしか Book 世はいかにして昭和から平成になりしか

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雨宮処凛の闘争ダイアリー Book 雨宮処凛の闘争ダイアリー

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生き地獄天国―雨宮処凛自伝 (ちくま文庫) Book 生き地獄天国―雨宮処凛自伝 (ちくま文庫)

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生きさせろ! 難民化する若者たち Book 生きさせろ! 難民化する若者たち

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反撃カルチャー  プレカリアートの豊かな世界 Book 反撃カルチャー プレカリアートの豊かな世界

著者:雨宮 処凛
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コメニウスが見たのは、戦火に荒らされた国々の、見捨てられた子どもたちばかりではなかった。

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 コメニウスが見たのは、戦火に荒らされた国々の、見捨てられた子どもたちばかりではなかった。抽象的な学問をぎっしり詰めこまれる上流社会の子どもたちをも見ていたのである。この子どもたちは一〇歳にならないうちから、もう古代の言語、神学、数学でしたたか苦しめられ、そのためよくえたいのしれない病気にかかって死んだ。その病気は、今日から見れば脳膜炎か神経病であったろう。古代の言語、それもラテン語、ギリシア語ばかりでなく、ヘブライ語まで子どもに教えこもうというこの奇妙な熱情は、教養ある人はみんな聖書を原文で読むようにという宗教改革の要求から発したものである。
 本というものを知らず、世界については自分の住む、戦争にふみにじられたみじめな環境しか知らないまったく単純な子どもにとっても、また単語、数学、格言の丸暗記ばかりさせられていたもう一方の子どもにおっても、そぼくな木版画の挿絵をたっぷりいれた、わかりやすいこのささやかな本の出現は、いわば一つのセンセーションであった。そこには手近な周囲の世界、および遠く離れた世界からとった事物や出来事が、簡潔で力のこもった小さな木版画に描かれていた。そばにラテン語と子どもの母国語で、おなじ説明が与えられている。例を挙げると、郵便切手ぐらいの大きさの絵の中に、かわいらしい鳥と口をあけたオオカミととぐろをまいている蛇が描かれ、こう書いてある。 Upupa dicit du du=ヤツガシラガがドゥ・ドゥと鳴く、Lupus ululat lu ulu=オオカミがル・ウルとほえる、Serprens sibilat Si=蛇がシーと音を立てる。これは、ラテン語の勉強をしたくならないほうが不思議なくらいだ! 絵に描かれた既知の世界、未知の世界が、手のひら大の本となって目のまえにあるというのだから。これはそのころ、確かにちょっとしたセンセーションであった。
 もちろん小さい読者の進歩につれて、とりあげられるテーマはだんだんとむずかしくなっていく。たとえば、「世界」というページがある。小さいまるい木版画のうえに、世界の最も基本的要素が、星から人間に至るまでみごとに圧縮されて描かれている。その下に率直でしかも詩的な文章が、かんたんな言葉を用いて二カ国語で書かれている。そのようにして、自然界と人間生活のさまざまな現象が取りあつかわれ、子どもの世界像に組みいれられる。終わりのほうには「魂」というページもある。その絵はちょっと透けてみえる人間の輪郭を描いたもので、裸の精神といったようなものを表している。魂というような目に見えぬものをおおまかな木版画に描くことは、いうまでもなく至難のわざである。しかしコメニウスはひるまなかった。ちなみにこの本の木版画は、全部コメニウスが自分で考案したものといわれている。もっとも今日では、コメニウスが挿絵の仕事にほんとうに手を貸したかどうかは論争の的になっている。しかし本文と絵の結びつきはまったくぴったりいっていて、本文と絵が別々に作られたとはとうてい考えられないほどである。
 この珍しい木版画にそえられた文章は、なかなか味わいが迂回。「魂は肉体のいのちである。全体をつうじてただ一つのものである。すなわち、植物にあっては生長する働きとなり、動物にあっては同時にまた感覚の働きであり、人間にあってはさらにまた理性の働きである……」。
    --ベッティーナ・ヒューリマン(野村ひろし訳)『ヨーロッパの子どもの本 上』ちくま学芸文庫、2003年。

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今日はおそい出勤なので部屋の掃除をしていたわけですが、掃除がひとだんらくしたところで、気分転換に、食玩の戦闘機コンベアF-106Aデルタダート(194戦闘遊撃飛行隊カリフォルニア州兵空軍仕様)を作っていましたら、細君が鉢植えの入れ替えをしてたようで、、、

そんなものをつくって写真取っている暇があれば、これを載せろ……というので渋々。

男のロマンは不滅です!

これは子供にも女にもわからない……多分(苦笑

そしてコメニウス(Johannes Amos Comenius,1592-1670)にもわからないだろう……多分(苦笑

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新しい国家生活に於て最も大事なものは人間の能力を自由に開展さすることである

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 世界は道義の支配する世界である。我々国民は対外体内両面の生活に於て著しく道義の支配を感ずることになる。一躍して黄金時代が来ると見るのも間違だけれども、道義を無視して尚且つ栄える途があると思ふならば、之れ日天に沖して尚前世紀の悪夢に迷ふものに外ならない。油断はするな、万一に備へよとの警告は依然として必要であるけれども、然しながら我々の国家生活の理想は最早富国強兵一点張りであつてはならない。道義的支配の疑なき以上、我々は腕力の横行に警戒し過ぎて、無用の方面に精力を浪費するの愚を重ねてはならない。我々は過去に於て富国強兵の為に如何に多くの文化的能力を犠牲したかを反省するの必要がある。従来は之も致し方なかつた。併し之からは遠慮する所なく、我々の能力を全体として自由に活躍さすることが必要である。我々のあらゆる能力の自由なる回転によつて、茲に高尚なる文化を建設することが国家生活の新理想でなければならない。
 新しい国家生活に於て最も大事なものは人間の能力を自由に開展さすることである。斯う云ふと人或は反問するだらう。余りに自由を許せば又いろ~~弊害が起るだらうと。成程人間が神の如き完全なものでない限り、自由なる活躍に伴つていろ~~の弊害が起るに相違ない。併しながら人間は霊的活物である。社会も亦霊能を具備する一個の活物である。人類を以て理想を追うて運命を創造する活物と観る限り、少なくとも人間の本能は貪婪殺伐を好むものと見ざる限り、彼を自由に活かしむれば、時に起る所の行く幾多の弊害を制御して結局大なる理想に向上発展するものである。
    --吉野作造「国家生活の一新」、『中央公論』一九二〇年一月。

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さきほど、論文の原稿をメールにて入稿。

任務完了。

このままの勢い?で次のやつを早速書き始める。

以上。

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「○○のために」というイデオロギー装置を避けながら

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 いはゆる民本主義とは、法律の理論上主権の何人に在りやといふことは措いてこれを問はず、ただその主権を行用するに当たつて、主権者は須らく一般民衆の利福並びに意嚮を重んずるを方針とす可しといふ主義である。即ち国権の運用に関してその指導的標準となるべき政治主義であつて、主権の君主に在りや人民に在りやはこれを問つところでない。もちろんこの主義が、ヨリ能く且つヨリ適切に民主国に行はれ得るは言ふを俟たない。しかしながら君主国に在つてもこの主義が、君主制と毫末の矛盾せいずに行はれ得ることまた疑ひない。何となれば、主権が法律上君主御一人の掌握に帰して居るといふことと、君主がその主権を行用するに当たつて専ら人民の利福及び意嚮を重んずるといふこととは完全に両立し得るからである。しかるに世間には、民本主義と君主制とをいかにも両立せざるものなるかの如く考へて居る人が少くない。これは大なる誤解といはなければならぬ。
    --吉野作造「憲政の本義を説いて其有終の美を済すの途を論ず」『中央公論』一九一六年一月。

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この一週間、吉野作造(1878-1933)大先生の著作しか読んでおりません。
冒頭に引用したのは一番有名な民本主義のマニフェストともいうべき「憲政の本義を説いて其有終の美を済すの途を論ず」ですが、これも何度読んだかわかりません。

政治史、憲政論の文脈での研究はほとんど出そろっており、新しい課題は何も残されておりません。しかしキリスト教思想との関係からの理解は数点のみで、ほとんどなく課題が山積です。

さて吉野の民本主義論の根柢には、「個人の尊重」と同時に「四海同胞」を説くキリスト教精神が存在します。
しかし、こうした議論を読んでいて共通するのは、本人も後日述懐しているとおり「キリスト教のために」という方向で書いていないということ。

吉野は真理論の競合が不毛な結果しか生まないことを熟知していたのでしょうか。
真理的な判断は難しく、現実には大声を出した方が勝ちということになってしまうケースも多々あります。
同時代的に言うならば、国家主義的文脈が多数派をしめるなかで、民主主義の「マシさ」をどんなに理路整然と主張したところでも勝ち目がないのは明らかです。

だからころ政論においてはどこまでも相手の文脈に乗っかかってその舞台の上で徹底的に勝負をするという「戦略」を取ったのかも知れません。

信仰家は往々にして真理をめぐるブン殴り合いに傾きがちなのですが、これが現実は正しさを証明するどころかその逆をあらわにすることが多かったし、正しさだけを語る連中の心根には、例えば「キリスト教のために」「仏教のために」というプロ意識が濃厚で、議論が辟易としてしまうことが多いことを吉野は熟知していたのでしょう。

それが仮にどんなに正しかったとしても「キリスト教のために」とか「仏教のために」とイデオロギー化してしまうと、目的として昇華される対象をおとしめてしまうばかりか、「のために」の頭にくる対象をもおとしめてしまうのかもしれません。

もちろん、吉野作造は死ぬまで自身のキリスト教信仰を大切にしていたわけで、そのことを自分自身の「誇り」としております。
しかし、金太郎飴のように、その議論のどこを切り取っても「キリスト教のために」という議論は出てこない。

何度も読み直すなかでのひとつの発見というか実感というところです。

「ために」というイデオロギー化のマジックを身をもって示してくれているのかもしれません。

……ということで、

哲学の授業も済んだ!
息子殿との仮面ライダーごっこも済んだ!

さて、原稿を仕上げにかかります。

以上。

Post scriptum そういえば、役得で?、市場に出る前に麒麟の「冬麒麟」を一足先に頂戴しました(試飲缶)。
       もうこんな季節なんですネ

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シャッターのたびに、 「いい音だねえ」 「あ、いい音だねえ」 と繰り返していた

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 オリンパスという名前をはじめて知ったのはオリンパスワイド。かっちり撮れるというのでぼくの周りのハイアマチュアや写真家志望の青年などに一目置かれていた。
 そのオリンパスがオリンパスペンという「お得な」カメラを出してブームになる。つられて各社が35ミリフィルムのハーフサイズのカメラを出した。ぼくは「お得な」というのに引かれながら、しかし一方でハーフサイズというのは実用に耐えるのかどうか、悩んでいた。カメラなんてまだ一台も持っていないのに。
 そのうちハーフサイズの本気のカメラという感じで、このオリンパスペンFが出た。うーん、ハーフサイズの一眼レフ。レンズ交換ができる。
 これはさらに悩んだ。買っていいのかどうか。もちろん買う金なんてないのだけど、買うことを想定した悩みだけは、あらかじめあるのである。
 ペンFはハーフサイズの一眼レフという驚きもあったが、それよりも一眼レフなのに頭の出っ張りがない、上部が真っ平、という形がショックだった。これは無視できない。
 ペンFはその後FT、FTNと進化して、とりわけそれが新製品でなくなったころ、富山への取材旅行があった。瑞泉寺で太子講という聖徳太子をまつる行事の取材。カメラマンが荒木経惟、編集者が嵐山光三郎、そしてライターがぼく、という三人の旅。雑誌は「太陽」。もう二十年以上も前だ。
 嵐山さんはその前から知っていたが、荒木さんとはこのときがはじめてだった。それまでに匿名的なゼロックス写真集が波状攻撃的に送られてきていて、いったいどんな人物だろうと思っていたのだ。
 その荒木さんが旅行中にいつも首から下げていたのがこのオリンパスペンFだった。もちろんお寺に着いてからの撮影ではちゃんと「本格」のカメラを手にする。ふと見るとトプコンREスーパーに21ミリを付けて、屏風絵を接写で斜めからパシパシ撮っていたのをよく覚えている。
 でもふだんはこのペンFで何でも撮っていた。荒木経惟はそのころからアラーキーで、旅館で男三人、女中さんとふざけながら、そのペンFをぼくに渡した。ぼくはやぶさかではないのでそのペンFを構えて、荒木、女中、嵐山という光景にシャッターを切る。アラーキーは被写体となってふざけながらも、ぼくのシャッターのたびに、
 「いい音だねえ」
 「あ、いい音だねえ」
 と繰り返していた。オタクじゃないけど、やはり相当カメラが好きなのだ。
    --赤瀬川原平「スーツにネクタイのハーフ一眼 オリンパスペンFT」、『中古カメラ大集合』筑摩書房、2001年。

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昨日は運動会だったので、久しぶりに一眼レフカメラで写真をとってやるかアと思っていたのですが、昨年、運動会用に買い求めていた「プロフェッショナルを魅了する機動力」というNikonのD300sを一週間前に売却していたことに気が付き、オリンパスのペン(EP-1)しかないことに気が付き、一週間あとに売却すべきだったorz……という一日でした。

NikonのD300sは確かにプロ用で、バッテリパックを付けると1Kgを越えてしまうというトンデモナイ専門家用のカメラで確かによく写るなアとは思っていたのですが、なにしろ家庭用ユーズではおつりが来るという次第。

汎用のすこしまともに撮れるカメラをということで、オリンパスのペンを久しぶり使ってみたのですが、これもマア、よく写るなあと再確認。

ただし何を間違えたのか、レンズを単焦点(=ズームできない)のパンケーキレンズをつけてそのまま参加したので、運動会では結局もっぱら、コンパクトデジカメ(Canon Powershot S90)で撮影するというジレンマ。まあ、このPowershotもよくうつるのですけどネ。

ということで、運動会ではありませんが、オリンパスのペン(EP-1)で少し撮影はしたので、それを載せておきましょう。

しかし、デジカメになってから、

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……シャッターのたびに、
 「いい音だねえ」
 「あ、いい音だねえ」

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と頷くことは殆どなくなったのがライカ道を追求する私としては少し寂しいところ。
まあ、便利は便利なんだけどネ。

なんとなく寂しいね。
ということで、すこし仕事が片づいたら、久しぶりにフィルムをぶちこんで写真を撮ろうかと思案ちう。

さて仕事にもどります。

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「新政厚徳」の旗印が最後の勝利を占めたといふでなければ決して局を結ぶことは許されなかつた。

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 今時の年若い青年諸君には分かるまいが、明治も二十年頃までは、一から十まで明治新政府の為る事が癇に障り、伯夷叔斉を気取るまでの勇気はないが白眼を以て天下をにらみ、事毎に不平を洩らしては薩長嫌厭の情を民間にそゝるといふ底の人物が到る処に居たものだ。……私は薩長にいぢめられた方の東北の片田舎に生まれたので割合によく這般の消息はわかる。今から回想して見るに、成る程あゝした類の人物は可なり沢山私共の周囲にも居つて、我々子供の頭に識らず~~重大の影響を与へた様である。私共が七ツ八ツの頃よく戦争ごつこをして遊んだものだが、「新政厚徳」の旗印が最後の勝利を占めたといふでなければ決して局を結ぶことは許されなかつた。
    --吉野作造「明治維新の解釈」、『婦人公論』一九二七年二月。

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今日は息子殿の小学校の運動会でした。

例の如く二日酔いの寝不足で朝早く場所取りに参加。

開会すると、怒晴天。

いやー、かなり焼けたと思います。

ただこちらも仕事がかなり山積しておりますので、競技の合間をぬって、原稿の調整という状況。
※なんとか二章の推敲は終了。

こーゆうことをやっておりますと、ヒジョーに疲れますので、昼食後は、サントリーのノンアルコール・ビールテイスト飲料「ALL-FREE」にてクールダウン。

ノンアルコールの類は各社から出てますが、最後に出てきたサントリーの「ALL-FREE」は癖がなく、だいぶやりやすいので、セレクト。たしかこの夏、爆発的な売れ行きをした著作にもそのことが紹介されていたような・・・。

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……麒麟の「FREE」を嚆矢と数えることができよう。しかし、有象無象の様々な商品のなかにおいて、この酒類の正義はサントリーの『ALL-FREE』が正しい選択肢ということになろう。
    --マイニチ・ノンデル(氏家法雄訳)『これからの「ノンアルコール」の話をしよう。 昼間にシラフで生き延びるための哲学』早側書房、2010年。

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さて最終的には、息子殿の組みした「白組」はその旗印のとおり、赤組に破れたようで、少し残念そうではありました。ただ吉野作造(1878-1933)先生が「私共が七ツ八ツの頃よく戦争ごつこをして遊んだものだが、『新政厚徳』の旗印が最後の勝利を占めたといふでなければ決して局を結ぶことは許されなかつた」という程、「嫌厭の情」というわけではなかったようで少し安堵しております。

いや、しかし疲れ果てましたワ。

少し休んでからまた仕事を再開しようかと思います。

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それ程暇がないなら私が筆記しませう

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 滝田君と始めて相識つたのは大正二年の晩秋であつた。此夏私は欧洲の留学から帰て大学の教壇に立たのであるが、新しい帰朝者の誰しも経験するやうに、直に雑誌経営者諸君の襲ふ所となつた。その中で滝田君は一番遅くやつて来た方で、始めて訪問を受けたのは十一月の初め頃であつたと記憶する。
 初対面の挨拶が終つて滝田君は、自分も私と同じ東北の出身で且仙台二高を出たといふこと、私の親しい誰彼とは高等学校以来同窓の誼があり之等を通じて私の噂も聞いて居たといふことなどを述べ、続いて中央公論との関係やら又雑誌経営上の抱負などを吹聴されたが、それから先の言分が振て居る。今でも鮮かに記憶して居るが斯うだ。自分が貴君を訪ねたのを多くの雑誌経営者が新帰朝者といふと直ぐかけつけるといふ様な月並の来訪と思はれては困る。さう思はれたくないから夏以来わざと今まで差控へ、そうして其間ひそかに貴君を研究して居たのです。貴君には寄稿家としては固よりだが、其上種々の点に於て先輩としての格別な御交際が願ひたくて上りましたといふのである。人を煽てるやうな所もあり又人を馬鹿にしたやうな気味もあり、初対面の際だけに一寸失敬な奴だと腹では思つたが、まァ~と此点はいゝ加減にあしらつて、寄稿だけを引き受けた。そして日米問題に関する考察を寄せて其年の十二月号に載せたのが中央公論に於る私の初陣である。
 それから後は滝田君は随分まめにやつて来た。私は一つには教師としての最初の年なのと又一つにはさう手慣れても居なかつたので、一々其要求には応じ得なかつた。それ程暇がないなら私が筆記しませうといふので、迂つかり乗て書いたのが大正三年四月号の民衆運動論である。此頃まで実はあまり雑誌に書くことに興味を有たなかつた。口授を筆記して呉るといふ彼の熱心にほだされてちよい~やつて居る中に、段々本当の興味は沸いて来る。やがて欧洲大戦が始つた。近く欧洲の形勢を見て来た私として自ら心の躍るを覚えざるを得ない。加之戦争の発展と共にデモクラシーの思潮が湧然として勃興する。そこへ滝田君は再々やつて来ては私をそゝのかす。到底私は滝田君の誘導に応じて我からすすんで半分雑誌記者見た様な人間になつて仕舞つたわけだ。之を徳としていゝのか悪いのか、兎に角滝田君は無理に私を論壇に引つ張り出した伯楽である。
    --吉野作造「滝田君と私」、『中央公論』一九二五年一二月。

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火曜日までに原稿を終わらせないとマズイ→ので、今日も深夜でしょうか。

明日は息子殿の運動会。

運動場にPC持ち込んで原稿書いていそうで怖い(>_<)

以上、作業に戻ります。

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