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新しい国家生活に於て最も大事なものは人間の能力を自由に開展さすることである

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 世界は道義の支配する世界である。我々国民は対外体内両面の生活に於て著しく道義の支配を感ずることになる。一躍して黄金時代が来ると見るのも間違だけれども、道義を無視して尚且つ栄える途があると思ふならば、之れ日天に沖して尚前世紀の悪夢に迷ふものに外ならない。油断はするな、万一に備へよとの警告は依然として必要であるけれども、然しながら我々の国家生活の理想は最早富国強兵一点張りであつてはならない。道義的支配の疑なき以上、我々は腕力の横行に警戒し過ぎて、無用の方面に精力を浪費するの愚を重ねてはならない。我々は過去に於て富国強兵の為に如何に多くの文化的能力を犠牲したかを反省するの必要がある。従来は之も致し方なかつた。併し之からは遠慮する所なく、我々の能力を全体として自由に活躍さすることが必要である。我々のあらゆる能力の自由なる回転によつて、茲に高尚なる文化を建設することが国家生活の新理想でなければならない。
 新しい国家生活に於て最も大事なものは人間の能力を自由に開展さすることである。斯う云ふと人或は反問するだらう。余りに自由を許せば又いろ~~弊害が起るだらうと。成程人間が神の如き完全なものでない限り、自由なる活躍に伴つていろ~~の弊害が起るに相違ない。併しながら人間は霊的活物である。社会も亦霊能を具備する一個の活物である。人類を以て理想を追うて運命を創造する活物と観る限り、少なくとも人間の本能は貪婪殺伐を好むものと見ざる限り、彼を自由に活かしむれば、時に起る所の行く幾多の弊害を制御して結局大なる理想に向上発展するものである。
    --吉野作造「国家生活の一新」、『中央公論』一九二〇年一月。

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さきほど、論文の原稿をメールにて入稿。

任務完了。

このままの勢い?で次のやつを早速書き始める。

以上。

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