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コメニウスが見たのは、戦火に荒らされた国々の、見捨てられた子どもたちばかりではなかった。

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 コメニウスが見たのは、戦火に荒らされた国々の、見捨てられた子どもたちばかりではなかった。抽象的な学問をぎっしり詰めこまれる上流社会の子どもたちをも見ていたのである。この子どもたちは一〇歳にならないうちから、もう古代の言語、神学、数学でしたたか苦しめられ、そのためよくえたいのしれない病気にかかって死んだ。その病気は、今日から見れば脳膜炎か神経病であったろう。古代の言語、それもラテン語、ギリシア語ばかりでなく、ヘブライ語まで子どもに教えこもうというこの奇妙な熱情は、教養ある人はみんな聖書を原文で読むようにという宗教改革の要求から発したものである。
 本というものを知らず、世界については自分の住む、戦争にふみにじられたみじめな環境しか知らないまったく単純な子どもにとっても、また単語、数学、格言の丸暗記ばかりさせられていたもう一方の子どもにおっても、そぼくな木版画の挿絵をたっぷりいれた、わかりやすいこのささやかな本の出現は、いわば一つのセンセーションであった。そこには手近な周囲の世界、および遠く離れた世界からとった事物や出来事が、簡潔で力のこもった小さな木版画に描かれていた。そばにラテン語と子どもの母国語で、おなじ説明が与えられている。例を挙げると、郵便切手ぐらいの大きさの絵の中に、かわいらしい鳥と口をあけたオオカミととぐろをまいている蛇が描かれ、こう書いてある。 Upupa dicit du du=ヤツガシラガがドゥ・ドゥと鳴く、Lupus ululat lu ulu=オオカミがル・ウルとほえる、Serprens sibilat Si=蛇がシーと音を立てる。これは、ラテン語の勉強をしたくならないほうが不思議なくらいだ! 絵に描かれた既知の世界、未知の世界が、手のひら大の本となって目のまえにあるというのだから。これはそのころ、確かにちょっとしたセンセーションであった。
 もちろん小さい読者の進歩につれて、とりあげられるテーマはだんだんとむずかしくなっていく。たとえば、「世界」というページがある。小さいまるい木版画のうえに、世界の最も基本的要素が、星から人間に至るまでみごとに圧縮されて描かれている。その下に率直でしかも詩的な文章が、かんたんな言葉を用いて二カ国語で書かれている。そのようにして、自然界と人間生活のさまざまな現象が取りあつかわれ、子どもの世界像に組みいれられる。終わりのほうには「魂」というページもある。その絵はちょっと透けてみえる人間の輪郭を描いたもので、裸の精神といったようなものを表している。魂というような目に見えぬものをおおまかな木版画に描くことは、いうまでもなく至難のわざである。しかしコメニウスはひるまなかった。ちなみにこの本の木版画は、全部コメニウスが自分で考案したものといわれている。もっとも今日では、コメニウスが挿絵の仕事にほんとうに手を貸したかどうかは論争の的になっている。しかし本文と絵の結びつきはまったくぴったりいっていて、本文と絵が別々に作られたとはとうてい考えられないほどである。
 この珍しい木版画にそえられた文章は、なかなか味わいが迂回。「魂は肉体のいのちである。全体をつうじてただ一つのものである。すなわち、植物にあっては生長する働きとなり、動物にあっては同時にまた感覚の働きであり、人間にあってはさらにまた理性の働きである……」。
    --ベッティーナ・ヒューリマン(野村ひろし訳)『ヨーロッパの子どもの本 上』ちくま学芸文庫、2003年。

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今日はおそい出勤なので部屋の掃除をしていたわけですが、掃除がひとだんらくしたところで、気分転換に、食玩の戦闘機コンベアF-106Aデルタダート(194戦闘遊撃飛行隊カリフォルニア州兵空軍仕様)を作っていましたら、細君が鉢植えの入れ替えをしてたようで、、、

そんなものをつくって写真取っている暇があれば、これを載せろ……というので渋々。

男のロマンは不滅です!

これは子供にも女にもわからない……多分(苦笑

そしてコメニウス(Johannes Amos Comenius,1592-1670)にもわからないだろう……多分(苦笑

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