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【覚え書】「今週の本棚:五百旗真・評 『アジアの激動を見つめて』=ロバート・A・スカラピーノ著 岩波書店・3150円」、『毎日新聞』2010年11月7日付。

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「今週の本棚:五百旗真・評 『アジアの激動を見つめて』=ロバート・A・スカラピーノ著 岩波書店・3150円」

 ◇戦後アメリカの成熟した民主主義者
 本自伝の著者は、一九一九年パリ講和の年に米カンザス州の小さな町に生れた。当然ながら、第二次大戦が勃発(ぼっぱつ)した時は二〇歳であり、カリフォルニアの大学にあってヨーロッパ国際関係に興味を持つ一学生であった。その後、若者はハーバードの大学院に進み、「なぜ国際連盟は失敗したか」をテーマに修士論文を書こうとしていた。このヨーロッパ研究者たらんとする若者の進路を、「真珠湾」がねじ曲げた。

 若者は米海軍の下で一五カ月の日本語集中訓練を受け、大戦末期に情報将校としてハワイへ、そして沖縄の戦場へと送り込まれた。終戦とともに大阪へ、さらに東京へと進駐し、丸山眞男や辻清明らの学者と知り合った。翌年帰国すると、若者は再び大学に戻り、戦前日本における民主主義の発展と挫折についての博士論文をライシャワー教授の下で書いた。こうして日本は卓抜した学者を手に入れた。日米戦争は余りに悲惨であったが、しかしそれを機に、さもなくば日本に関(かか)わらなかったであろう優れたアメリカの人材群が日本研究に参入した。

 著者は九一歳で健在であるが、占領期の任務の後も、四〇回以上日本を訪れたという。私自身、一九七四年にカリフォルニア大学バークレー校に教授を訪ねて以来、国際会議などで何度かおめにかかったことがある。教授の発言は、一見きらびやかではなく地味であるが、大局の中で要点を的確にバランスを失わず語る風であった。認識と情緒の安定したまともな大物として信頼され、大をなしておられた。

 学界だけでなく、政界と社会でもスカラピーノ教授が知られるに至ったのは、一九五九年のコンロン報告の執筆によってであった。それはフルブライト上院外交委員長に提出されるアメリカのアジア政策についての報告書であった。その中で教授は、日本の近代化と戦後の民主化および始まっていた経済発展に注目した。日本の政治社会には古い土着的要素が残存し問題とされるが、教授は同時に伝統文化を近代化の中でも失わず結び合わせる日本人の能力を高く評価した。教授は六〇年安保前に、日本に高まるナショナリズムと対米対等化の衝動をこなして日米同盟を守り、アジアにおける日本の地位を高めること、そして沖縄については返還に合意すべきことを説いた。

 報告書の焦点は、日本以上に自力更生に苦闘しつつ核保有に近づく中国であった。「共産党政権は崩壊するか否か、といった議論は無益であり、重要な問題はむしろ、国力の高まった中国がアジア地域で軍事的膨張をはかったり、他国に不当な圧力をかけたりするような事態を防ぐことができるかどうかである」。これが五〇年前の記述であろうか。教授は中国に対する「孤立化による封じ込め政策」と、ただちに「国交を回復し、国連加盟を承認」論の双方を斥(しりぞ)け、民間レベルから段階的に関与を深め、中国の対外姿勢を確かめつつ誘導する方策を提案した。

 重要なことは、教授が東アジアの現地を足繁(あししげ)く訪ね、実情を確かめたうえで議論していることである。本書を読んでの最大の驚きは、日本に劣らず、東アジア各国から、東南アジアや南アジアの奥地まで、通りいっぺんでなく繰り返し訪ねていることである。どこにこれほどの時間とエネルギー、機会と好奇心があるのか。ディー夫人や子供たちとともに冒険的な旅行を行った話が続くが、実は個人的体験がその国の歴史の中に位置づけられ、各国の社会変化と政治発展の実情が描き出されて行く。自伝の形をかりた愛情豊かなアジア論の書といえよう。

 著者は民主主義を根深く奉ずるリベラルであり、それゆえに反共主義者である。南ベトナムの現地調査に基づき、人々が共産化を望んでおらず、また共産化が東南アジア地域全体に不幸な影響をもたらすと判断し、教授はベトナム戦争を支持する立場をとる。あのベトナム反戦の時代に、とりわけバークレーのキャンパスで教鞭(きょうべん)をとる者にとって、それがどれ程厳しいことであったか。受難に耐え、教授は事実に基づいて自ら信ずるところを説いて譲らない硬骨漢でもあることを示した。

 本書は現代のアジア各国が「国際主義」「ナショナリズム」「分離主義」の三つの挑戦にさらされつつ進む様相を描き出すが、著者は自らの視点を「慎重な楽観派」とする。日本だけでなく、韓国や台湾も、豊かさと民主主義を手にするに至ったが、それは一朝にして成ったのではなく、長い苦闘と回り道を経てのことである。各国はそれぞれの文化とプロセスを持つ。外部から民主主義を強要することは「控えめに言っても危険」である。アジア各国の民主化を長期的に期待しながらも、アメリカは「さまざまな政治体制と共存することも受け入れていかねばならない」。ここには情熱的だが生硬なネオコン的民主主義とは全く別種の、成熟し英知を伴ったアメリカ民主主義の姿が浮び上がる。教授のバークレーでの教え子であり助手をもつとめた緒方貞子氏の心のこもった解題と併せて、一読をすすめたい。(安野正士・田中アユ子訳)
    --「今週の本棚:五百旗真・評 『アジアの激動を見つめて』=ロバート・A・スカラピーノ著 岩波書店・3150円」、『毎日新聞』2010年11月7日付。

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アジアの激動を見つめて Book アジアの激動を見つめて

著者:Robert A. Scalapino,ロバート・A.スカラピーノ
販売元:岩波書店
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