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「文化的自覚の必要性」

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文化庁「第8回国際文化フォーラム」東京セッション 「東アジアにおける文化の多様性」
日本においても世界においても重要な地域となる東アジアに向けた政府の積極的な取り組みがなされているが、東アジアは欧州とは異なり、多様な宗教や文化が存在し、経済発展段階もまちまちである。本セッションでは、日中韓の有識者に加え、ASEAN東郷を推進している連合事務局の代表、欧米の有識者を招き、日中韓における文化交流の取り組みやASEANの経験を振り返り、また欧米の視点も交えながら、文化の多様性を活かしつつ東アジアにおける文化交流のより積極的な発展をめざし、東アジア地域の連携をますます深めていくために何が必要であり、21世紀に入ってから映画、音楽、ファッション等を通じて東アジアの現代文化圏の形成が進む中で、各国が、日本が、何を行っていくべきか議論する。

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11月27日、錦秋の上野にて開催されました文化庁の「第8回国際フォーラム」に参加しましたが、内外の著名な研究者が集まったのですけれども、各人の魅力が引き出せず、少し消化不足のような感……。

少しノートをのっていたので、それだけは残しておきましょう。

文化の多様性と独自性の調和をめぐる議論のなかで、パネリストの北京大学の王暁秋先生が語っていたことを少し残しておきます。

出発点は、「文化的自覚の必要性」
1:自らを知る
2:他人を知る
3:知恵を持って交流(with理性的な寛容の態度が必要)

基本中の基本なのですが、これがなかなかできていないのが現状かもしれません。

しかしながら、ハーバードのヌール・ヤルマン(Nur Yalman)先生が、「これは〝歴史の終わり〟(フランシス・フクヤマ)ではなく、〝歴史の始まり〟、そしてソフト・パワーの重要性」と最後に語っていたことは印象的。

諸文化間の衝突や対立といったものが、政治的に為にする議論として流通し、どこかの誰かに利益誘導されている感は現実には確かに存在しますが、諦めることなく穿っていくしかありませんね。

……ということで、13:30-17:30まで、休憩を一回挟んで、座りっぱなしでしたので、さすがに疲れました。

……ということで、三鷹へ移動して懇親会。
大学受験を目指す若き俊英(成人)と一献です。

少し社会経験のある人間が大学へ入り、そこから学問の基礎をたたき直していき、ひとびとと共に高嶺を目指していく……。

スバラシイですね。

こういう営みが必ず時代を転換すると思います。

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