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どこでどう転ぶのか、それとも「絡め取られてゆく」ことを徹底的に避けながら挑戦していくことができるのか。

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理想の共同体を求めて
 大正期はこうした思想の影響の下に、生命主義・人格主義の流行から宗教的な修練への関心が高まった。また、農民の生活に根ざそうとするトルストイの影響などもあって、単なる理論ではなく、理想の宗教的共同体を作ろうという実践的で理想気的な運動が起こった。その代表的なものとして伊藤証信の無我苑や西田天香の一灯園を挙げることができる。伊藤証信(一八七六-一九六三)は真宗大谷派の出身であったが脱宗し、明治三八は年(一九〇五)東京巣鴨に無我苑を開いて無我愛を説き、経済学者の河上肇らが共鳴して加わった。それは一年足らずで閉じたが、その後も同じような運動を繰り返した。西田天香(一八七二-一九六八)は特定の宗教にはよらずに、絶対平等で生存競争を否定した共同体をめざして、明治三八年に一灯園を開いた。それは共産主義や労働運動の高揚におびえる中間層や支配層の指示も得て、昭和初期に大きく発展した。しかし、伊藤証信も西田天香も国家主義の方向を強め、戦争協力に走ることとなった。武者小路実篤が大正七年(一九一八)にはじめた「新しき村」の運動もまた、一灯園と似たところがある。
 こうして大正期を中心に新しい可能性を秘めた宗教運動が転回した。時代は表面的な平和と安定のうちに、社会的な不均衡はますますひどくなり、第一次世界大戦を機に大陸への軍事的進出が進められた。関東大震災(一九二三)を経て、大正も終わりに近づいた一四年(一九二五)に大正デモクラシーの成果として実現した普通選挙法は、治安維持法と引き換えであり、昭和の国家主義と戦争の時代へまっしぐらに進んでいく。その中で、宗教もまた翻弄され、天皇主義の虚構された<古層>の中にすべて絡め取られてゆくことになる。
    --末木文美士『日本宗教史』岩波新書、2006年、208-209頁。

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理想主義をあざ笑うことはしませんが、まあ、ここですヨ。
どこでどう転ぶのか、それとも「絡め取られてゆく」ことを徹底的に避けながら挑戦していくことができるのか。

吉野作造(1878-1933)研究の関係で明治から昭和にかけて文献を紐解くことが一番多いのですが、創造の混沌が明治期であるとすれば、大正期は展開の時期でしょう。

そして昭和は挫折と破算の時代と思想史を見ることも可能でしょう。
まあ、これも無数にあるものの見方のうちのそのひとつにすぎませんけれども。

さて……。
大正時代というのは確かに展開の時期であることは確かなんです。

煩悶の青年・藤村操(1886-1903)が創業期としての明治の終焉を予告し、日露戦争の終結は日比谷焼打事件をもって新しい時代が到来したことを世に告げた。

憲政史・民主運動における足跡の検証は多々ありませんので、その展開には言及しませんが、思想・宗教運動の分野においても数々の展開があったことは事実です。
※近現代宗教史では、やはり明治と昭和の分野での研究が圧倒的に多いのですけれども。

まず、明治末期に、1912年2月25日の「三教会同」によって、)仏教、神道のみ公認教という認識が改められ、キリスト教も公認教の扱いとなります。これによって大手の宗教団体は制度宗教として着地します。
※もちろん大日本帝国憲法でも信教の自由は認められておりますし、キリスト教・禁教の高札ははやい時期に撤去されておりますが、それでも「日陰者」扱いされていたのは事実であり、この会同によって確固たる地位を保証されたと見ることは可能です。
※ちなみに無教会の内村鑑三(1861-1930)、組合教会の柏木義円(1860-1938)はこの三教会同に反対しました。

しかし完成というものはそこからの解体というものを招くというのがひとつの筋道です。ですからここから様々な、新しい運動、逸脱の試みというものが出てくるという寸法です。

先に言及した内村は、無教会運動の枠組みから再臨運動へとコマを進め、柏木にしても、朝鮮伝道反対・軍部批判というかたちで教団当局から大きく離れていきますし、そうしたビッグネームにかぎらずとも、いわば教会の外に理想や救いを見出す運動というものが出てきます。

そしてそれを思想的に加速させたのが大正生命主義というやつでしょう。

「祈り」や「救い」という「信仰」形態にとらわれず、理想を探求する宗教「的」な運動というものもどんどん出てきます。一灯園や無我苑の試みもそうですし、「新しき村」の挑戦もそもひとつです。

しかし、だいたいこれが失敗してしまう。

そして、失敗するどころか、こともあろうに、そのほとんどが「国家主義の方向を強め、戦争協力に走ること」になってしまう。

ここに理想的なるものを地上に実現させることがどのようにすれば可能なのかという問題における徹底的な探求があるのかないのかという分岐点があるように思われます。

吉野作造は後者といってよいでしょうし、国家主義への抵抗の末、「叩きつぶされた」人々も存在しますが、こうした事例を対比していくと、国家やイデオロギー、団体に「頼らない」実現の試みというものの特徴を抽出することが出来るのかも知れません。

……ということで、はてなへの引っ越しを目論み、いろいろといじくっていたのですが、なかなかできずでorz。

……と考えても始まらないので、とりあえず今日はとっとと呑んで寝ることにいたします。

でわ☆

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