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「そうあるべきであるのに」というこの要望のみが、現状のままというあの他の要望を呼び起こした

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 三三二(671)
 あるべき人間、これは「あるべき樹木」ということと同じく、私たちの耳にはいとわしく響く。

 三三三(865)
 倫理学、すなわち「願望の哲学」。--「異なったものであるべきであるのに」、「異なったものとなるべきであるのに」、それゆえ不満足が倫理学の萌芽である。
 これからおのれを救いうるとすれば、それは、第一には、こうした感情をもたない境地を選ぶことによってであり、第二には、これが特権であり愚行であるとわきまえることによってである。なぜなら、或るものが現状とは異なったものであることを要望するとは、すべてのものが異なったものであることを要望することにほかならないからであり--これは全体を非難する批判をふくんでいる。しかし生がそれ自身そうした要望なのである!
 存在するものをあるがままに確立するということは、いずれの「そうあるべきであるのに」よりも、何か言いようなく高次の厳粛なことであると思われる。というのは、後者は、人間的な批判や越権として、笑うべきことに終わるのははじめから見えすいているからである。そこには、私たちの人間的な福祉に世界の仕組みが適合するよう要望する或る欲求が、また、この課題を目指して能うかぎりのことをするという意志が、表現されている。
 他方、「そうあるべきであるのに」というこの要望のみが、現状のままというあの他の要望を呼び起こしたのである。つまり、現状についての知識は、すでに、「どうして? それは可能か? なぜまさしくこうなのか?」というあの問いの帰結であるからである。私たちの願望と世界の運行との不一致についての響きが、やがて、世界の運行を学びしろうということになった。おそらくはもっと異なったものであるかもしれない、おそらくはあの「こうあるべきであるのに」が私たちの世界征服の願望であるかもしれないのである----
    --ニーチェ(原佑訳)『権力への意志 上 ニーチェ全集 12』筑摩書房、1993年。

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あるべき病=願望への意志が、現状のままというあの他の要望を呼び起こすトリガーになっているとはネ。

「あなかしこ、あなかしこ」とは真宗の蓮如(1415-1499)さんのフレーズだっけ?

恐るべし。

さて、金がないけど、酒は呑んで寝よう。
朝は大雨でしたが、日中は一転して初夏のような状態。近所を少し散策して紅葉狩り。
なかなかいい色合いです。

「そうあるべきであるのに」にと力みすぎなくとも、紅葉は自然に赤くなるw

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