« 【覚え書】【研究ノート】アマルティア・セン 国籍と市民権 アイデンティティ | トップページ | 「完全に自由な社会と、完全に不自由な社会は、実は同等の概念なのだ」! »

「ルサンチマンによって明晰な意識からしめ出された憎悪が、ルサンチマンを抱く人を麻痺させる」のは嫌ですから・・・

01

-----

 復讐心・憎悪・妬みなどは、それがうまく発散されなかったり表現されなかったりする場合にのみ、またそれらが無力感という抑制力に直面する場合にのみ、またそれらが無力感という抑制力に直面する場合にのみ、ルサンチマンを生み出す。このルサンチマンによって明晰な意識からしめ出された憎悪が、ルサンチマンを抱く人を麻痺させる。彼は憎悪が現われそうなあらゆる態度、あらゆる言葉、あらゆる行為を恐れるのである。やがてそこから不安な状態が広がってくる。憎悪はまるで自己の存在理由を忘れてしまい、自己目的として存在しているかのようだ。何ものもこの憎悪を癒すことはできない。当初に抑圧されてしまった行為をもってさえも、癒すことはできないのである。ルサンチマンは何ものをも欲せず、何ごとをもなさない。以後、分析によって見出されることになるのは、このきわめて本質的な一つの態度であり、その態度を生じさせた出来事とはまるで無縁な一つの態度なのである。この態度は、このうえなくさまざまな外観をとる内容のもとで、いたるところに潜在している。「動機のない」といわれる多くの行為も実は「挫折した行為」でしかなく、ルサンチマンの露出にすぎない。ルサンチマンは、うわべは平静な状態--会話や仕事--や、時には長年の友情や愛情に染みとおっていたりするものなのだ。身体は意識を模倣し、不足感・虚脱感に生理的不安がつけ加わる。もはや何ものをも目指すことのないようなこの憎悪を、その時われわれが、己が身と己が弱さに振り向けるということもありえよう。これすなわち「自己憎悪・自己嫌悪・自己自身への復讐心」である。
    --モーリス・メルロ=ポンティ(加賀野井秀一訳)「キリスト教とルサンチマン」、『知覚の本性 初期論文集』法政大学出版局、1988年、23-24頁。

-----

ん~。

またしても久しぶりにアリエナイ具合の市井の職場の中心で「ありえねぇ~」と叫ぶ、宇治家参去です。

マア、年末進行でイタシカタないわけでございますが、今日はナイト・タイム(=わたしの仕事時間)に自分一人しかいないにも関わらず……、

「終わってないので、コレとコレ……」って寸法にて……。

をいをいと思いつつ、

「残業はなしよん」

……というアリガタイお言葉まで頂戴しましたので、キリキリと仕事をしましたがっ……、

なんとか終了。

年末ですので、マア、ホント仕方ないわけですが、ルサンチマン病に罹らないように、うまくやっていくほかありましぇん。

というわけでサクッと呑んでねまふ。

ただ、本が1冊しか読めなかったことだけが悔やまれます。

「それってルサンチマンやないけ!」

……ってツッコミはご容赦を。

02 03

Book 知覚の本性―初期論文集 (叢書・ウニベルシタス)

著者:加賀野井 秀一,モーリス メルロ・ポンティ
販売元:法政大学出版局
Amazon.co.jpで詳細を確認する

|

« 【覚え書】【研究ノート】アマルティア・セン 国籍と市民権 アイデンティティ | トップページ | 「完全に自由な社会と、完全に不自由な社会は、実は同等の概念なのだ」! »

告白・独白・毒吐の日々」カテゴリの記事

コメント

こんばんは。ずっとRSSから読ませていただいています。私はいま学部で哲学を学んでいるのですが、宇治家さんが毎晩、帰宅後(しかも酒の肴に?)哲学書を読まれているということに驚いています。と同時に、これこそ学問に携わる方の無尽蔵な知への愛のなせる業か!とただただ尊敬するばかりです。僕なんかせいぜい帰りの電車までが緊張感の持続の限界。帰宅後は怠惰に過ごしてばかりでとてもじゃありませんが哲学書を再び手にとるなど出来ません。グッタリ。知的欲求が身体的制約によってその充実を阻止されております・・・自己嫌悪です。
今後も宇治家さんの態度を、一学問の徒として目標にさせていただきます。

投稿: Loretta Castorini | 2010年12月 2日 (木) 23時16分

Loretta Castorini 様ゑ

くだならい雑文におつきあい下さいましてありがとうございます。

最近は【覚え書】ばかりで非常に申し訳ございません。ホントはもっと突っ込んで議論しなくてはならないのですけど・・・、忙しくて(涙

で……。

はい。
仰るとおり、哲学とは(専門は神学でごめんちゃい)、無尽蔵な知への愛です。

ですから、書物からだけでなくとも、どこからでもその学知はスタートします。

関心・興味の芽を摘まないこと。

これが大事です。

ますますのご健闘をお祈りいたします!

……って既に呑んでいてサーセン。

だから、自己嫌悪は必要ありませんよ。

今日、読まなかったら、明日読めばいいんです。

くどくてすいましぇん。

投稿: 氏家法雄(本名でいくわ) | 2010年12月 3日 (金) 02時41分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「ルサンチマンによって明晰な意識からしめ出された憎悪が、ルサンチマンを抱く人を麻痺させる」のは嫌ですから・・・:

« 【覚え書】【研究ノート】アマルティア・セン 国籍と市民権 アイデンティティ | トップページ | 「完全に自由な社会と、完全に不自由な社会は、実は同等の概念なのだ」! »