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私にサルトルの悪口を言わせないでくださいよ。

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 E サルトルが提起した問題のなかには、確かに、フランス革命とフランス史におけるその創世的役割の問題がありました。それが重要な事件であったことは、少なくとも、あなたもお認めになっておられるのでしょう?
 L=S 認めるどころではありません。フランス革命はいくつかの理念と価値を流通させ、それらの理念と価値はヨーロッパを、それからさらに世界を魅了したものです。それはフランスに一世紀以上にわたって特別の権威と栄誉を与えたものでした。しかしながら同時に、西洋を襲った何度かの破局の原因がそこにあったかもしれない、と考えることは許されるでしょう。
 E どういう意味で、ですか?
 L=S つまり、人々の頭のなかに、社会というのは習慣や習俗でできているものではなくて、抽象的な理念に基づいているのだという考え、また理性の臼で監修や習俗を挽き潰してしまえば、長い伝統に基づく生活形態を雲散霧消させ、個人を交換可能な無名の原子に帰ることができるのだという考えをたたきこんだからです。真実の自由は具体的な内容しか持つことができません。小さな範囲の帰属関係と小さな団結がうまくバランスをとっている、その均衡状態から自由は成り立っているのです。これを、理性と言われる理論的思考は攻撃するのです。それが目標を達成した暁には、もはや相互破壊しか残っていないのです。その結果を我々は今日見ているわけですよ。
 E しかしフランス革命を近代社会の創始的事件であると考えることが、どういう点において、あなたには「神話的」問題であるということになるのですか?
 L=S ……とにかく、十九世紀の初めから終りまで熱心に築き上げてきた、そして今も二百年記念を機会に何とかして復活させようとしている、この神話に基づく問題であることは確かです。
 E サルトルがその継承者である、というわけですね?
 L=S 彼が歴史的事件について具体的なイメージを示していない限りそうですよ。彼は、フランス革命が現在の人類にとって神話の役割を演じられるような、歴史の抽象的な図式を作るのです。
 E あなたから見れば、サルトルは十九世紀の人間ですか?
 L=S 私にサルトルの悪口を言わせないでくださいよ。たとえどんな非難が彼に加えられようとも、サルトルは注目と敬意に値する能力を持った人間でした。十九世紀という時代について言えば、それは科学・文学・芸術の分野で、もっとも偉大な世紀の一つでした。その分野で十九世紀の人間であるということを望まない人がいるでしょうか?
 E あなたとサルトルとの論争は、いっそう激しくなっていた哲学と人間科学との間の論争を象徴するものでした。
 L=S そうでした。少なくとも、人々はそのようにあの論争を解釈しました。それでも、『野生の思考』の最終章は哲学的な臭いの非常に強い章だったのですがね。
    --レヴィ=ストロース/エリボン(竹内信夫訳)『遠近の回想』みすず書房、1991年、214-215頁。

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理念が優先されるべきか、それとも習俗・習慣が優先されるべきか。

物事はそんな単純な二元論ではないんです。

理念からも、そして習俗・習慣からもどれだけ自由になることができるのか。

そして、理念と習俗・習慣の両者に対してどれだけ知悉できるのか。

ここにつきるでしょうね。

鶏が先か、卵が先かという論法の滑稽さもここに存在するというわけです。

……ということで、呑んで寝る。

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