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【覚え書】詩の真実と史の真実

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 しかし、もし歴史が、しばしば芸術であるとすれば、それはどのような型の芸術であろうか。この手がかりを提供する小道は、簡単に古くまでさかのぼりうるのであるが、たどるにつれてだんだんわかりにくくなってしまう。歴史家が主に忠節を誓うのは真理だけであるという主張--この点については誰も今まで異論をはさんだものはいないが--は、たとえこのように主張したとしても、一瞬たりとも、歴史とほかの文学とを差別するものではないのである。歴史家が自分の真理を披瀝するときに使うスタイル上の工夫は、小説家や詩人が、自分の小説や詩を書く時に使う工夫と酷似しているのでえある。逆に、想像を主体とする著作家でも、作品を通して真理を述べ伝えうることは、かれの最大の自慢--空想物語作家以外の全作家、ときにはこれら空想物語作家さえを含めて--である。よく引用されるアリストテレスの定言、詩は史より真実という定言は、多くの反響を呼びおこしてきた。ブルクハルトは、この定言に、つつましく同意を与えた歴史家のうちでも唯一人の、しかももっとも有名な歴史家であった。
 しかし、思うに、われわれは、詩の真実と史の真実とを同一視する前に、どうしても躊躇するが、それはそれで当を得ていることである。ここで、アナロジーの手法を使わせて頂きたい。この手法は、魅惑的であるが、もちろん危険極まりない指針ではある。ジクムント・フロイトは、隠された心理過程をすばやく、直感的に把握する小説家や詩人(Dichter)がうらやましくてしょうがないとつねづねよく言っていたものである。しかし、そうかといってかれは、心理学の技法と詩の技法とを混同するようなことはしなかった。直感的な予知は、しばしば、あっと言わせるような、心理への近道を準備するかもしれないが、それは因果関係を忍耐強く追求したり、科学的な証明に基づく厳格な検証の代用品には決してならなかったのである。しかし、小説も歴史も、ともにスタイルを持っているが故に、小説の真理が何と何とで後世されているかを列記することは、この際重要といえよう。たしかに小説家は、詳細に真理を提供することができる。小説家や詩人は、研究にはまったく不向きという訳ではない。バルザックは『幻滅』で、印刷業について、読者が知りたがっていること以上に、読者に伝達したのである。またメルヴィルは、『白鯨』の中で、鯨や捕鯨についての、専門的な知識を、とことんまで積み上げている。またトーマス・マンは、『魔の山』で、結核の原因やその治療法について、とくに熱心という訳ではないが、詳しく論じている。本質的には、これらの事実は、ルポルタージュ文学が扱う事実と等しい。これら事実が目下その持つ機能を果たす場である小説という看板がはずされてしまえば、これら事実は、一種のジャーナリズムとなるか、学問的業績となるか、または歴史にさえなりうるであろう。しかも作家がつくり上げた世界、に読者を無理なく誘い込むために存在していることは、忘れてはならない。つまり真理とは、虚構のための任意の手段であり、その虚構のための必須の目的ではないのである。
    --ピーター・ゲイ(鈴木利章訳)『歴史の文体』ミネルヴァ書房、2000年、225-226頁。

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この手の魅惑に駆られることがしばしばありますよね。

ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe,1749-1832)が自伝に『詩と真実』(Aus meinem Leben: Dichtung und Wahrheit,1811)と名付けたこともそのひとつの証左でしょう。

しかしながら、魅惑に駆られる以上に忙しく、今日も覚え書ですいません。

ちと酒呑んで寝ます。

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