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2011年2月

【覚え書】これは世界七不思議の一つだが……、高崎隆治「『文藝春秋』の戦争責任」。

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 一九四五年(昭和二十年)八月十五日、『文藝春秋』がどれほど悪あがきをしようと、来るべきものは、その日まちがいなくやってきた。
ポツダム宣言の受諾--つまり、天皇が降伏をきめた理由は、「これ以上の惨害を避ける」ということであった、と、一般にはいわれているし、「詔勅」を読むかぎりにおいても、修飾を除けばそういう主旨であると理解される。『文藝春秋』がたとえどれほど妄想のとりこになっていたとしても、この「詔勅」の主旨を曲解することはないであろう。それは天皇の「聖断」だし、少なくとも『文藝春秋』にとって「聖断」は絶対のはずだからである。おそらく、『文藝春秋』は、天皇のその決断を、「人間主義的合理主義的考へ方」として、観劇的に受けとめたに違いない。よもやそれを、「尤もらしい考へ方」とか、「敗戦思想の源泉」とか決めつけることはしなかったはずである。
 これは重大なことだから、『文藝春秋』はよくよく考えなければならない。「これ以上の惨害を避ける為に降伏する」のは、「大日本帝国」のとるべき道であるかどうか、現人神(あらひとがみ)としての天皇の、それは「聖断」「英断」であったのかどうか、『文藝春秋』は頭を冷やして冷静に判断しなければならない。そして判断がついたならば、あらためて次の文章を凝視してみるがよかろう。これは自身のおぼえのある文章のはずだ。
「イタリヤの単独降伏が発表された。盟約を裏切る国は唯それだけの理由で軽蔑すべきである。イタリヤは日独両国や世界各国から軽蔑されるのみでなく、米英からも軽蔑されるのである。(中略)これ以上の惨害を避ける為に降伏するといふ、尤もらしい考へ方の中に敗戦思想の源泉があり、又、この人間主義的合理主義的考へ方に対して劃然として異るものが皇国の戦争であることを改めて知る必要がある」(昭和十八年十月号後記)
私は、ここでもう一度こんどこそは嘘いつわりのない『文藝春秋』の明確な返答を要求する。「これ以上の惨害を避ける為に降伏する」と決断した天皇の考え方は、「尤もらしい考へ方」で、これは「皇国の戦争」にあるまじき「敗戦思想」であるのかどうか、天皇たる者は、日本国民のことごとくが惨死するまで、あくまでも戦争を継続せよと命ずるべきで、たとえ原爆が何十個落ちてこようとも、断じて降伏すべきではないというのかどうか。あるいは、天皇の「聖断」は「聖断」などではなく、大空襲による天皇自身の錯乱狂気の結果だとでもいうつもりかどうか、性根を据えて正直に答えるべきである。それとも『文藝春秋』の後記は、すべてみずからの錯誤・錯乱でありましたと、天皇に対して謝罪するのかどうか。
 それは『文藝春秋』自身の問題だからどういう謝罪の方法をとろうと自由である。だが、『文藝春秋』が神と仰ぐ天皇に対して、八・一五以後今日にいたるまでのこの長い年月、菊池寛以下のスタッフがこのことを謝罪し土下座したという事実はない。彼等はなにもしなかったし知らぬふりをした。いや、天皇などどうでもいいというのなら『文藝春秋』ははっきりそういえばいいのだし、ましてや国民など、おかしくて謝罪などできるかというのならそういえばいい。だが、ここで私のいう「国民」とは『文藝春秋』の読者だということを忘れないで欲しい。念のためにいえば、私はこれを評論家として書いているのではない。あの戦時下における『文藝春秋』の読者としていっているのだ。「雑誌にのせた言論」どころか、自身の判断や意思を記すのが編集後記であるなら、なおさらに「編集者自身が責任を負わねばならぬ」(昭和十六年十二月号後記)はずであろう。
 よもや『文藝春秋』はそれをしも、〈心にもないことでした〉というつもりはないだろうが、かつて洟垂れの中学生だった者に、これだけいわれても黙否する以外にないようなダラシなさを天下にさらして、少しは恥ずかしいとでも思っているのだろうか、なんとも情けない。
 『文藝春秋』はあの戦争の最大の元凶であるがゆえに、天皇よりも軍部よりも、さらさらに突出して最先頭を突っ走っていったのだ。そして気がついてみたら、誰もその後ろに続いていなかったというだけである。その『文藝春秋』が、遂に国民にも天皇にも一言の謝罪もせず、どうやって今日再び市民権を手に入れ、そ知らぬ顔で今に存在するのか、これは世界七不思議の一つだが、その戦後部分は稿ををあらためて追及することにする。
    --高崎隆治「『文藝春秋』の戦争責任」、『雑誌メディアの戦争責任』第三文明社、1995年、66-69頁。

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「戦時下ジャーナリズム」に関するスケッチ、「『優しさ』と無責任はまったく別の概念である」

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 半世紀も前の終戦直後のことである。
 焼け残った神田書店街の神保町の交差点に近い岩波書店の小売部の前に、「生活は低く理想は高く」という標語の看板が掲げられていた。新刊の文庫が発刊される日には、早朝から学生の長蛇の列ができていた。
 学生たちは、戦争したの岩波が、積極的には軍部に協力しなかったのを知っていたのである。だが、行列の学生に制服姿は少なく、彼等の多くは、階級章をはずした軍服に軍靴を履いていた。しかし日々のくらしはどれほど低くても、理想は高くというスローガンは、輝かしい未来を約束させるものとして若い人々の心を捉えていたのである。
 書店の店頭には、新興出版社の刊行物と並んで、戦犯的大出版社の書籍や雑誌が積み上げられていたが、学生たちはそれを横目に見るだけで、立ち止まることもしなかった。その間、戦犯的な雑誌の多くが次つぎに姿を消したが、大出版社のいくつかは残った。むろん、大出版社の雑誌といえども、あの戦時下に際立った存在を示したものは廃刊せざるをえなかったわけで、たとえば、講談社の『富士』や、文藝春秋社の『大洋』、新潮社の『日の出』といった諸雑誌である。それよりも学生たちは、戦争下に廃刊を命じられた『改造』(改造社)や『中央公論』(中央公論社)の復刊号に、先を争って飛びついた。
 そんな時代でありながら、しかし戦犯的大出版社は内実は火の車であっても倒産せずに生き残った。活路を単行本に求めたからである。
 本文でも指摘したように、それら出版社のほとんどは、なんの謝罪も反省もなしに戦後の再出発を図ったわけだが、それらに共通する主張や態度は、一切の責任を国家権力に押しつけ、「国家によって欺かれた」だけだと自らを被害者に仕立て、国民の批判をかわそうとした点である。
 だが、はたしてそうであろうか。
 一般の国民が、「八紘一宇」や「聖戦」思想を信じ込まされたのは事実である。しかし、はっきり言わせてもらえば、学問・教養のある知識人までが「だまされた」というのは嘘である。
 開戦の時、虚をつかれた知識人のほとんどは「しまった」と思い、敗戦を予想したとは、終戦直後の菊池寛(文藝春秋社社長)の言葉(『日の出』復刊第二号)だが、知的営為としての出版にかかわる者が、だまされたなどというのはあり得ないことである。くりかえすが、「だまされた」のは一般国民であり知識人ではないのだ。知識人は、侵略戦争であることを知っていて協力した(またはさせられた)のであって、知らないで協力した国民とひとしなみに扱うことはできないのである。
 とはいえ、彼等知識人に同情すべき点がまったくなかったわけではない。それは、『改造』や『中央公論』の例でもわかるように、ギリギリの線で抵抗することお不可能ではなかったのである。百歩譲って、それもまた至難であったとするにやぶさかではないが、どうしても許せないのは、戦時下の自身について反省する態度がまったくみられないことである。
 いま、それら戦時下の諸雑誌に目を通すことは容易ではないが、戦犯的出版社にどのような反省があるのかをかんたんに知る方法は、戦後にまとめられた社史を読むことである。彼等に、再び道を誤ってはならないという自我や信念があるかないかは一目瞭然なのである。
 もちろん、それは出版社の側にのみ責任があるわけではない。戦後の永い年月、その責任をあいまいにしてきた、この国の文化人や知識人にも責任の一端はある。とりわけ、それらのメディアに依存してきたり関係をもってきた文筆家や学者・研究者の責任は重い。
 とはいうものの、私はいちがいに彼等を非難しようと思うものではない。なぜなら、今日、彼等の中核をなす部分は、戦後生まれで、戦時下のメディアの動態については、ほとんどその知識がないからである。私が批判的にならざるを得ないのは、戦時下の状況を知る知識人たちであり、彼等の戦後責任についてである。
 そういう重大な問題から逃避したり怠惰であるのは、西欧では知識人と呼ばれないのだということを聞いたが、それが事実なら、この国には疑似知識人ばかりがいて真の知識人は存在しないことになる。
 私は、あの戦時下に、権力と戦う勇気をもたずに妥協した者を、頭から卑怯者よばわりをしない。だが、曲がりなりにも言論の自由が保障される今日、相手がもう一つの権力といわれるメディアであっても、それと戦う勇気のない知識人に知識人の資格を認めるわけにはいかない。
 おそらく、そういう言い方をすれば、彼等はむしろ自身を正当化して、「優しさ」が大切だと言うであろう。だが、「優しさ」と無責任はまったく別の概念である。
    --高崎隆治「あとがき」、『新潮社の戦争責任』第三文明社、2003年、177-181頁。

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ちょっとながくなりますが引用させて戴きます(っていつものことでしょう……というツッコミはなしで)。

このところメディアの問題で少し気になることや、考えなければならないことも多くあったので、学生時代にお世話になった戦時下ジャーナリズム研究家の高崎隆治先生の著作をまとめてひもといていたのですが、ここがやはり☆だよなということで、入力した次第です。

確かに、戦時下ジャーナリズムはジャーナリズムの敗北の一つの歴史であり、国家が総てを監督するという事態の悲しい見本であることは否定できません。

しかし、それを「隠れ蓑」としてしまうことにも首肯できないということがあるんです。

それが何か。

「知識人としての責任」ということです。

面従腹背という手もあるだろうし、『改造』『中央公論』のような事例もあります。そういう声をあげることができなかったとしても、積極的に荷担しないという方法もあります。
※方法論に関して議論することが本旨ではありませんのでひとまず置きます。

ただ、いずれにしても、「知識人として生きる」ということの「責任」はあるはずです。

この一点を失念してしまうと、いけいけどんどんで大変なことになってしまう……。
そのことだけは間違いでしょう。

だから「あの戦時下に、権力と戦う勇気をもたずに妥協した者を、頭から卑怯者よばわり」するつもりは同じくありませんが、「一切の責任を国家権力に押しつけ、「国家によって欺かれた」だけだと自らを被害者に仕立て」てしまう根性には納得がゆかないのも事実です。

これは要するに、「私は関係なかった」という鎧で身を鎧う心根に起因するのだと思います。

だけど、使われ・利用されただけ……「私は関係なかった」という筋書では何も説明責任にはならない筈なんです。

ここを読み間違えると、同じパターンつうのは招来されてしまうだろうと思います。

だからこそ、私は「自己責任」という言葉を新自由主義の文脈で流通させることには違和感がありますが、人間が「自分の言葉」に「責任」をもっていきるという生活世界の感覚での意味合いにおいては、深く自覚し、行動していかなければならないのではないかとは思うわけです。

さて……。
あの時代から60年以上が経過し、状況がかわったこともあります。

知識人と非知識人の差というものがそのひとつだと思います。

知識人と非知識人との差違には雲泥の差が歴史的にはあったことは否定できない事実です。しかしこの現代、情報アクセスという点に置いてはその境界はあいまいになりつつあります。もちろん、その情報をどのように受容し・料理するかについては温度差はありますが(リテラシー能力の高低)、環境としては、総知識人化しているのが現代かもしれません。

だからこそ、「一切の責任を国家権力に押しつけ、「国家によって欺かれた」だけだと自らを被害者に仕立て」るような「情報人」「知識人」であってはならないのだろうと思います。

はっきりいえば、オルテガ(José Ortega y Gasset,1883-1955)が『大衆の反逆』のなかで指摘している通り、どれだけ情報人や知識人がorzな馬鹿野郎であったとしても、「最大の危険は国家である」ことは間違いありません。存在自体が巨悪ですからw

しかし、そこに責任をすべて収斂させてしまうやり方もよくありません。

であるならば、私たちひとりひとりが、責任ある「情報人」「知識人」として振る舞っていく・目の前の人と向いあっていく、そういう必要があるのだろうと思います。


「そういう重大な問題から逃避したり怠惰であるのは、西欧では知識人と呼ばれないのだということを聞いたが、それが事実なら、この国には疑似知識人ばかりがいて真の知識人は存在しないことになる」。

国家権力というものは、まあ、国民総疑似化していればいるほど都合がよいわけですから、そうならないように、情報や知識と向いあっていくほかありません。

現代の倫理学では情報をどのように扱うのかという分野があり、そのジャンルを「情報倫理」と呼びます。例えば個人情報なんかをどのように扱っていくのかという部門です。

現況としては法整備の関連からテクネーの問題として議論されることが多く辟易とするところもあるのですが(これは生命倫理に関しても同様)、根本的には、すべての情報・知識の背後には人間が存在するということです。

この事実を失念してしまうと、まあ、人間が人間を人間として扱わない「俺には責任ないんす」的なバヤイ時代になってしまうと思いますよ。


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新しいぶどう酒を古い革袋に入れる者はいない。そんなことをすれば、革袋は破れ、ぶどう酒は流れ出て、革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ。そうすれば、両方とも長もちする。

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 断食についての問答
 そのころ、ヨハネの弟子たちがイエスのところに来て、「わたしたちとファリサイ派の人々はよく断食しているのに、なぜ、あなたの弟子たちは断食しないのですか」と言った。イエスは言われた。「花婿が一緒にいる間、婚礼の客は悲しむことができるだろうか。しかし、花婿が奪い取らる時が来る。そのとき、彼らは断食することになる。だれも、織りたての布切れを取って、古い服に継ぎをあてたりはしない。新しい布きれが服を引き裂き、破れはいっそうひどくなるからだ。新しいぶどう酒を古い革袋に入れる者はいない。そんなことをすれば、革袋は破れ、ぶどう酒は流れ出て、革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ。そうすれば、両方とも長もちする。
    --「マタイによる福音書」9:14-17

 断食についての問答
 ヨハネの弟子たちとファリサイ派の人々は、断食していた。そこで、ひとびとはイエスのところに来て言った。「ヨハネの弟子たちとファリサイ派の弟子たちは断食しているのに、なぜ、あなたの弟子たちは断食しないのですか。」イエスは言われた。「花婿が一緒にいるのに、婚礼の客は断食出るだろうか。花婿が一緒にいるかぎり、断食できない。しかし、花婿が奪い取られる時が来る。その日には、彼らは断食することになる。
 だれも、織りたての布から布切れを取って古い服に継ぎを当てたりはしない。そんなことをすれば、新しい布きれが古い服を引き裂き、破れはいっそうひどくなる。また、だれも、新しいぶどう酒を古い革袋に入れたりはしない。そんなことをすれば、ぶどう酒は革袋を破り、ぶどう酒も革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋にいれるものだ。」
    --「マルコによる福音書」2:18-22

 断食についての問答
 人々はイエスに言った。「ヨハネの弟子たちは度度断食し、祈りをし、ファリサイ派の弟子たちも同じようにしています。しかし、あなたの弟子たちは飲んだり食べたりしています。」そこで、イエスは言われた。「花婿が一緒にいるのに、婚礼の客に断食させることがあなたがたにできようか。しかし、花婿が奪い取られる時が来る。その時には、彼らは断食することになる」。そして、イエスはたとえ話をされた。「だれも、新しい服から布切れを破り取って、古い服に継ぎ当てたりはしない。そんなことをすれば、新しい服も破れるし、新しい服から取った継ぎ切れも古いものには合わないだろう。また、だれも、新しいぶどう酒を古い革袋に入れたりはしない。そんなことをすれば、新しいぶどう酒は革袋を破って流れだし、革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れねばならない。また、古いぶどう酒を飲めば、誰も新しいものをほしがらない。『古いものの方がよい』と言うのである。」
    --「ルカによる福音書」5:33-39
    ※すべて新共同訳

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イエスのひとびとへの語りかけというものは、一部族宗教に過ぎないユダヤ教という枠組みを乗り越え、世界宗教(普遍宗教)への跳躍というひとつの挑戦だったから、世界宗教「として」のキリスト教が誕生しました。

新しいパラダイムは、古いパラダイムに準拠します。

だから旧約と新約で聖書となる。

しかし、摂受されるだけと見てしまうとそこが盲点となる。

準拠は脱構築の出発点にしかすぎず、跳躍によってそれが完成されると見て取るしかないんです。

信仰の新たなパラダイムは、古いほうを駆逐する。


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「本気で始めるとは、みずからを不可分に保有しながら始めることである。したがって後戻りができないということである」

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 本気で始めるとは、みずからを不可分に保有しながら始めることである。したがって後戻りができないということである。船に乗り込み、もやい綱を切ることである。そうなったらとことん冒険を続けなければならない。ほんとうに始まってしまったものを中断するのは、事を失敗に終わらせることではあっても、始まりそのものを廃棄することではない。失敗も冒険の一部なのだ。中断されたものは、演戯のように無の中に消えてしまいはしない。つまり、行為は存在への登録なのだということである。そして行為を前にしての後ずさりとしての怠惰は、実存を前にしてのためらい、無精で実存したがらないということなのだ。
    --エマニュエル・レヴィナス(西谷修訳)『実存から実存者へ』講談社学術文庫、1996年、46-47頁。

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金曜日は休日で、本当は短大の演劇部の卒業公演を観賞する予定でスケジュールを組んでいたのですが、細君が所用で外出のため、子守りをしなければならず急遽予定を組み直して、帰宅した息子殿と時間を過ごしていたのですが……、

まあ、予定もなくなったのなら、前日に仕上がっていたスーツを取りに行くかッってことで、百貨店まで取りに行くことにして、息子殿をひとりにするわけにもいかず、様々な司法取引によるバーターを行い(おもちゃの購入等々)、一緒に行った次第ですが、、、

駅まではどうしても自転車です。

生憎、子供を乗せることのできるガジェットの装着された自転車は細君とともに不在w

よって、息子殿は自分の自転車にて駅までいかなくてはならないのですが、

「正直、大丈夫なのだろうか」

……と心配したわけですが(細君から大丈夫とは聴いておりましたが)、

まあ、見ている方からすれば、すこし、おっかなびっくりなところもあり不安をぬぐうことは完全には出来ませんでしたけれども、それなりに乗りこなしている姿に驚いた次第です。

まあ、本人も神経を最大限にとぎすませ、肉体の各所に力を込めて自転車を操縦していたようですが、その成長ぶりには少々驚きと同時に成長した姿というものを感じた次第です。

しかし、その真剣に自転車を操る姿というものは、まさに「本気で」運転するという様子。

レヴィナス老師(Emmanuel Lévinas,1906-1995)が「本気で始めるとは、みずからを不可分に保有しながら始めることである。したがって後戻りができないということである」というところでしょうか。

その真摯な姿に、自分自身もまた真剣に、本気で生きていかないとネ……などと考えさせられた次第です。

息子殿、ありがとう。

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【覚え書】言葉(パロール)の出来事という概念の正当化

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 1 言葉(パロール)の出来事という概念の正当化
 まず次の点を第一に決定したい。すなわち、ことばの出来事という概念は、どの平面で、どのような探究によって正当化されるか、である。それに対する答えは、現代の言語学によって与えられる。言語(ラング)もしくはコードの言語学から、言述(ディスクール)もしくはメッセージの言語学への移行を考察するとき、ことばの出来事という概念は正当であるばかりか、必須でさえあるのである。言うまでもなく、この言語学の区別は、フェルディナン・ド・ソシュールとルイ・イエルムスレウから発する。前者はそれをラング=パロールと言い、後者は図式=慣用と言い、チョムスキーの用語では、言語能力=言語運用と言う。しかし、いずれにしてもこの二元性から、一切の認識論的帰結をひき出さねばならない。すなわち、言述の言語学は言語(ラング)の言語学とは別の規則をもっているのである。この二つの言語学の対立から、最も隔たったところにいたのは、フランスの言語学者エミール・バンヴェニストである。枯れにとり、これら二つの言語学は同じ単位の上に構築されるものではない。記号(音韻的記号であれ、語彙的記号であれ)が言語(ラング)の基本単位であるとすれば、文(フラーズ)は言述(ディスクール)の基本単位である。それゆえ、ことば(パロール)の出来事の理論を支持するのは、文の言語学である。私はこの文の言語学の特質として次の四つをあげる。この特質は、私が出来事と言述の解釈学を形成する際に、直ちに役立ってくれよう。
 第一の特質。言述は時間的出来事として顕在的にそのつど実現されるのに対し、言語(ラング)の記号は潜在的であ、時間の外にある。エミール・バンヴェニストは、言語(ラング)の体系がこのように出来事となるのを、「言述の審級」(instance du discours)と呼ぶ。
 第二の特質。言語(ラング)は主体をもたない--「誰が語るか」という質問は、言語(ラング)のレヴェルでは有効でないという意味で。それに対し、言述は人称代名詞のような指示詞の複雑な働きによって、それ自身の話者と関係づける。そこで、言述の審級は、自己指示的である、と言おう。
 第三の特質。言語(ラング)において、記号は同一体系内の他の記号にしか関係づけられず、したがって言語(ラング)は時間性も主観性ももたないゆえに、世界をもたないのに対し、言述はつねに、あることについて述べる。言述は、叙述し、表現し、再現しようとする世界を指示する。言語活動の象徴機能が実現されるのは、言述においてである。
 第四の特質。言語は単にコミュニケーションの条件にすぎず、コミュニケーションにそのコードを供給するだけであるのに対し、メッセージが交換されるのは言述においてである。その意味で、言述のみが世界をもつ、というだけでなく、言述だけが《相手》を、つまり、言述が話しかけられる他者、対話者をもつのである。
 以上の四つの特質が、全体としてのことば(パロール)を出来事として成立させる。
 この四つの特質があらわれるのが、言語(ラング)が言述として実現する働きの中だけあることは、注目すべきことである。それゆえ、出来事としてのことば(パロール)を弁証することが、われわれが言語能力(comp-e'-tence)が言語運用(performance)として実現する、その実現関係を明瞭にしてくれる限りは、いかなる弁証も有意味である。しかしその同じ弁証も、出来事としてのこの特性を、その弁証が有効に働く実現の問題から別の問題、つまり了解の問題にまで延長するときには、濫用となってしまう。
 いったい言述を了解するとはどういうことか。
 この質問に対する答えが、われわれの第二段階となる。
    --リクール(久米博訳)「言述における出来事と意味」、久米博・清水誠・久重忠夫編訳『解釈の革新』白水社、1985年、47-49頁。

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【覚え書】三木清、指導者論

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 指導というものは関係である。それは一方的なことでなく、そこにはつねに指導する者と指導される者とがなければならない。即ち指導者は応えられなければならない。応えられない者は天才であり得ても指導者ではないのである。
 リーダーシップは関係として道徳的関係でなければならぬ。なぜなら指導者は単に知ることでなく行為することを目的とすべきものであり、リーダーシップは人と人との間の行為的関係として成立するものであるからである。指導する者と指導される者との間に道徳的関係の存在しないところにリーダーシップは存在しない。指導被指導の関係において何よりも必要なのは信頼と責任である。信頼と責任とはあらゆる道徳的関係の根本である。信頼され得るために指導者の具えなければならぬ道徳的資格には種々のものが数えられるであろう。利己的でなく全体のために計るものであって信頼されるのである。自己の金儲けや立身出世を考えることなく全体のために自己を犠牲にするもんぼであって信頼されるのである。ただ世間の風潮に追随するのでなく自己の信念にもとづいて行動するものであって信頼されるのである。率先して実行するものであって信頼されるのである。謙譲の徳を有するものであって信頼されるのである。責任を重んじるものであって信頼されるのである。そして指導者はこの信頼に応える責任を持っている。強い責任感を有するということは指導者にとって大切なことである。他を信頼するものであって自分が信頼されるように、自分から責任を重んじることによって他に責任を重んじさせることができる。指導者は自己の行動に対していつでも責任をとる覚悟がなければならない。自己の行動に対して責任を負うということは、ただその動機さえ純粋であれば宜いというのでなく、またその結果に対して責任を負うということである。かようにして責任を重んじる者はその行動が結果において成功的であるように努力しなければならない。動機させ純粋であれば宜いと考えることは、個人の良心を満足させるにしても、社会的に見ると無責任ということになる。そして指導者の行動はつねに本質的に社会的見地に立っているのでえある。社会的良心は自己の行為の結果に対して責任を負うことを要求する。
    --三木清「指導者論」、『哲学ノート』新潮文庫、昭和三十二年、52-53頁。

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教育学が科学ではないとしても、それはまた、技術とも異なっている。

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 私は、教育学者として、この道徳教育の講義を始めようとしているのであるから、冒頭において、教育学とは何であるかを規定しておく必要があると考える。まずはじめに、教育学は科学ではない、ということをことわっておきたい。それは、教育の科学が成立不可能だという意味ではない。教育学が教育の科学とは異なるものだ、ということをいいたいからである。この区別は大事である。というのは、教育学の理論は、固有な意味での科学的研究に適用される方法的規準によって、評価すべきものではないからである。科学は何にもまして、可能な限りの慎重さによる研究を必要とし、かつ、特定の時間の枠によっては制約されないものである。しかし、教育学は、こうした忍耐強さをもちえない。教育学は瞬時もゆるがせにできない緊迫した生活の必要にこたえなければならないのである。ひとは不断に変化する環境にたいして、たえず適応しなければならず、しかも、この適応行為は一刻の猶予を許されないものである。したがって、教育学者がなしうる、また、なさねばならぬ一切のことは、科学がそのときどきにおいて提供する質料を洩れなく蒐集して、教育実践を指導することである。われわれは、これ以上のことを教育学者に期待することはできない。
 しかし、教育学が科学ではないとしても、それはまた、技術とも異なっている。元来、技術とは、習慣、慣行、組織された能力などから構成されているものである。すなわち、教育の技術は教育学ではなく、教育者の手腕であり、教師の実践的経験にほかならない。
    --デュルケム(麻生誠・山村健訳)『道徳教育論』講談社学術文庫、2010年、44-45頁。

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読み始める、デュルケム『道徳教育論』。

火曜日に密林探検(amazon)ではなく、リアル世界の本屋にフラって寄ったおかげで、文庫化されたデュルケム(Émile Durkheim,1858-1917)の『道徳教育論』に遭遇w
※リアル本屋にいくと、目的対象以外の本も買って帰ってしまうので危険度が高いんです(涙

本朝では、デュルケムは「社会学者」として認知度が高いのですが、実は教育学での業績の方が多産であったことは専門家を除いて余り知られておりません。

まあ、そのひとつの愁眉となるのが『道徳教育論』なわけですが、文庫化されていてびっくりw

最終根拠を宗教的ドグマに依拠せず、「規律」と「自律」は教授可能かを問うた一冊ですが、もともとはデュルケムの講義録が原本。学生時代にフランス語で輪読した覚えはあったのですが、うれしい再会となりました!

さて……
最後の一切に痺れますネ

「教育学が科学ではないとしても、それはまた、技術とも異なっている。元来、技術とは、習慣、慣行、組織された能力などから構成されているものである。すなわち、教育の技術は教育学ではなく、教育者の手腕であり、教師の実践的経験にほかならない」。

僕は別に技術やハウツーを否定しようとは思いません。

しかし、「それでOK」っうのは違いはずなんですナ。

デュルケムが講義の初手において技術還元論を否定していることは踏まえておくべきでしょう。

ということで呑んで寝るw


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【研究ノート】西洋の<哲学>と東洋や日本の伝統思想とではどこがちがうのだろうか。

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……西洋の<哲学>と東洋や日本の伝統思想とではどこがちがうのだろうか。まさにそのことを問題にして橋本峰雄(「形而上学を支える原理」、岩波講座『哲学』第十八巻「日本の哲学」一九六九年、所収)は次のように書いたことがある。
 すなわち、《明治以前のわが国の伝統的な諸「思想」、宗教・倫理・政治・経済・歴史文芸等の諸思想は「哲学」であるのかないのか。これは、もっと一般的に、西洋哲学に対して東洋哲学ということができるのか否か、という問題もであるだろう》。かえりみれば《「哲学」はギリシャにおけるその形成の当初から、第一に論理的な学問知としての側面、第二に世界観・人生観としての側面、この二つの側面をもち、西洋の哲学そのものにおいても第二の側面を第一の側面の中へ一元化することを成就しえていないのかが、西洋哲学史の全般を通じる「哲学」の実情である》。たしかに《ここに「哲学」自体の絶望があるだろうが、しかし第一の側面にこそ哲学を哲学ならしめる固有の要求がある。いくつかの基礎概念および基礎命題から全「体系」を演繹することが、「学問」としての哲学である》。したがって《日本の思想、一般に東洋の伝統的思想が、この第一の側面において弱いことは、それを哲学と呼ぶことに、ある落着きの悪さを伴わさせるのである》。
 およそ西洋の哲学は、<論理的な学問知>という第一の側面によって知的に大いに開かれたものになり、異例の普遍性を獲得してきた。と同時に、また、近代<科学>を生み出し、それと密接な結びつきを保ってきた。もちろんすべての西洋哲学がそうであったわけではないけれども、少なくとも正統的な部分はそういう側面を持ってきた。ところが、それに対して、日本や東洋の伝統思想では、第二の側面への傾斜が著しく、第一の側面がいかにも弱い。しかも西洋の哲学の固有性が第一の側面にあり、それこそが哲学を知の普遍的形態たらしめるのである。だからこそ、日本や東洋の伝統的な諸思想は<哲学>と呼びうるだおるか、と問われることになったのである。
    --中村雄二郎『西田幾多郎 I』岩波現代文庫、2001年、8-9頁。

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哲学の根源的二つの性質と東西での温度差をうまくまとめた一文。
覚え書としてひとつ紹介しておきます。

ここに西洋的学知の盲点があると同時に、東洋的学知の盲点のひとつは存在するのだと思います(概論ですが)。前者は、たえず理論と実践という対立構造に囚われることになり、後者は実践の優位という名の「巨人の星」的精神論の流行ということになる。

しかし哲学知というもが二つの側面(①論理的な学問知、②世界観・人生観)をもともと大切にしているというのであれば、その調和が成就できた時、哲学はその絶望から解放されるのかもしれません。


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西田幾多郎〈1〉 (岩波現代文庫)Book西田幾多郎〈1〉 (岩波現代文庫)


著者:中村 雄二郎

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独我論者と我々が呼ぶ人、そしてただ自分の経験のみが本当のものだと言う人

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 独我論者と我々が呼ぶ人、そしてただ自分の経験のみが本当のものだと言う人、その人は何もそれで実際的な事実問題について我々と食い違いがあるわけではない。我々が痛みを訴える時、ただそのふりをしているだけだとは彼は言わないし、他の誰にも劣らず気の毒に思ってくれる。しかし同時に彼は「本当の」という、通り名を我々が彼の経験と呼ぶべきものにだけ限りそして多分更に我々の経験をどんな意味であれ「経験」とは呼びたくないのである(ここでもまた、我々は事実問題で食い違うことはない)。
    --ルートウィヒ・ウィトゲンシュタイン(大森荘蔵訳)『青色本』ちくま学芸文庫、2010年、137頁。

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ときどき、「事実問題で食い違うことはない」にもかかわらず、話し合いが成立しないといいますか、わたしのそれだけが「真実」であって、あなたの言説は「真実」ではない……と自分自身へ撤退していくひとと出会うことがよくあります。

政治的イデオロギーでゴチゴチな場合は、そのパターンがよくあるので慣れておりますが、そうでない場合でも、仕事をしているときに、ときどきそうした事例に出会うことが最近多くなった気がします。

すなわち……。
私が「痛みを訴える時、ただそのふりをしているだけだ」は言わないし、「他の誰にも劣らず気の毒に思ってくれる」。

しかし、「本当の」いたみという場合、私の「痛み」は「本当の」いたみではなく、彼自身の経験だけに限定してしまうというパターンがそれなんですけどネ。

この現象をどのようにとらえるべきなのか頭を悩ませておりますが、ウィトゲンシュタイン(Ludwig Josef Johann Wittgenstein,1889-1951)の本意ではないでしょうか、そうしたひとびとをとりあえずのところ「独我論者」と呼ぶしかないですね(苦笑


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青色本 (ちくま学芸文庫)Book青色本 (ちくま学芸文庫)


著者:ルートウィヒ・ウィトゲンシュタイン

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「ノーベル賞受賞ですか。すばらしいと思いますわ。私も、去年新人賞をもらった時、すごくうれしかったですし」

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 新聞にしろ、週刊誌にしろ、テレビにしろ、ラジオにしろ、それらにあふれている論調は、ノーベル賞の変質を憂うだの、平和の意味の多面性だの、佐藤栄作の受賞工作を暴露するだの、それはそれなりのものだろうが、栄作の笑顔の後からついてきた批判ばかりだった。それらは、あたかも、軍需産業に対して平和産業を称え、資本主義に対して賃上げを要求しているだけの、三流革命新知識人の無力さを象徴しているようであった。
 その時、ある新聞に、百恵嬢のコメントを見つけたのだ。まだ、デビューして一年になるかならぬかの、禍々しいまでの色気を炸裂させていた百恵嬢は、佐藤受賞について、こう言ったのである。
 「ノーベル賞受賞ですか。すばらしいと思いますわ。私も、去年新人賞をもらった時、すごくうれしかったですし」
 お見事!
 この小娘は、たったの一言で、近代保守政治エリートの最大の栄誉を粉砕したのである。自分たちがあれこれ批判したつもりになっていた佐藤栄作がノーベル平和賞を受賞したとたん、雁首を並べて、らちもないコメントしか出せなかった駄目知識人どもの中で、百恵嬢の発言は、ぎらりと輝いたのだった。
    --呉智英「百恵の一言で、戦後保守エリートの栄誉は粉砕されてしまった」、『大衆食堂の人々』双葉文庫、1996年、71-72頁。

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読んでいて吹いてしまった。

斯くありたいものです。

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大衆食堂の人々 (双葉文庫)Book大衆食堂の人々 (双葉文庫)


著者:呉 智英

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この不味さには熟練できないし、堪え忍ぶこともできません。

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 体験という言葉の空しさ。体験とは実験ではない。それは人為的にひき起こすこともできぬ。ひとはただ、それに服するのみだ。それは体験というより、むしろ忍耐だ。ぼくらは我慢する--よいうよりむしろ堪え忍ぶのだ。
 あらゆる実践。ひとたび経験を積むと、ひとはもの識りにはならない。ひとは熟練するようになる。だが、一体なにに熟練するのだろう?
    --カミュ(高畠正明訳)『太陽の讃歌 カミュの手帖1』新潮文庫、昭和四十九年、14頁。

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カミュ(Albert Camus,1913-1960)のいう通り、「体験とは実験ではない」んですし、「人為的にひき起こすこともできぬ」ものなんです。まさに「服するのみ」であり「むしろ忍耐」なんです。

しかし、この不味さには熟練できないし、堪え忍ぶこともできません。

新しいものが発売されるとどうしても試してしまうわけですが、麒麟の新ジャンル『濃い味 糖質0(ゼロ)」……。

激しくorzな味わいでした。

この不味さには熟練できないし、堪え忍ぶこともできません。

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梅が見頃です。つまり外在性は内在性に準拠しているであって、事物それ自体の外在性ではないのだ

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 知覚のなかに、ひとつの世界が与えられる。音や色や言葉は、それがなんらかのかたちで覆っている対象を指示している。音はある対象の立てる物音であり、色は個体の表面に付着しており、言葉は意味を宿し対象に名を付ける。そして知覚は、その客観的意味をとおしてまた主観的意味をもつ。つまり外在性は内在性に準拠しているであって、事物それ自体の外在性ではないのだ。芸術の運動とは、知覚を離れ感覚を復権させること、知覚という対象への差し戻しの作用から質を引き離すことである。
    --E.レヴィナス(西谷修訳)『実存から実存者へ』講談社学術文庫、1996年、106頁。

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花を美しいと受容するのは人間だけなことは承知ですが、その美しさに誘われてでしょうか……。鶯も街にやってきたようですね。

近所のお寺の梅が見頃でしたので、少しカメラを持って出かけたのでひとつ。

レヴィナス老師(Emmanuel Lévinas,1906-1995)曰く「つまり外在性は内在性に準拠しているであって、事物それ自体の外在性ではないのだ」とのこと。

受容する人間がいるからこそ、事物それ自体が美しく輝くのかもしれませんネ。

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実存から実存者へ (ちくま学芸文庫)Book実存から実存者へ (ちくま学芸文庫)

著者:エマニュエル レヴィナス
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哲学はある他のものから弁護されるわけにいかない


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 永遠の哲学 哲学は単純で生きた思想の形態においては、あらゆる人間を、否、子供さえをも、感動させるものであるにもかかわらず、哲学を意識的に完成することは一つの課題であって、しかもそれはけっして完結することなく、たえず繰返され、一個の現在的な全体として遂行されるところの課題なのであります。この課題の意識は、それがどんな形態をとろうとも、人間が人間であるかぎりは、目ざめておるでありましょう。
 哲学が徹底的に攻撃せられたり、余計な有害なものとして全然否定されたりするのは、なにも今日に始まったことではありません。哲学は何のために存在するのか。哲学は困窮の場合には役に立たないものであります。
 教会に権威をおくところの考え方からすると、純粋独自的な哲学は非難されます。なぜならそれは、哲学は神から離れ去って、人を現世的なものへ誘惑したり、虚妄なことでもって人間の魂を腐敗堕落さすかもしれないからです。また政治的=全体的な考え方はつぎのように非難します。哲学は世界を単にいろいろと解釈したにすぎない、ところが重要なことは世界を変革することなのである、と。この両種類の考え方は哲学を危険視するものであります。すなわち哲学は秩序を破壊したり、独立性の精神を呼び起こしたりする、したがってまた暴動や反抗の精神を、そして人間をだまして、彼の本当の使命から逸脱させるものである、というのであります。啓示的な神によって照らし出された彼岸の魅力、あるいはあらゆるものを自己自身のために要求するところの神なき此岸の権力、この両者は哲学を抹殺しようとするものであります。
 なおこの他に、哲学を拒否するものに、健康な常識の日常性から由来するところの効用性という単純な基準があります。最古のギリシアの哲学者といわれているタレースは、あるとき天体を観察しながら井戸の中へ落ちたことがあった。ところがこれを見た女中が、あなたはいちばん近くのことにもこんなに無器用なくせに、なぜいちばん遠いものを捜しているんですかといって、タレースを笑ったことがあります。
 そこで哲学は弁護されねばならないわけですが、それは不可能なことであります。哲学はある他のものから弁護されるわけにいかない。と申しますのは、哲学はある他のものにこのような弁護をしてもらうほど、何の役にも立っていないからです。哲学は、あらゆる人間のうちにあって、実際に「哲学すること」に迫りゆく力に頼ることができるだけであります。哲学が知りうることは、哲学はこの世におけるあらゆる利害得失の問題から解放された、目的をもたないところの、人間そのものにかかわる事柄を営むものであるということ、そしてそれは人間が生きるかぎり実現されるであろうということであります。哲学を敵視する勢力といえどもなお、彼ら自身に固有な意義を考え、そして目的と結びついた思惟の構成物を生み出さざるをえないのであります。これらの思惟の構成物は、マルキシズムやファッシズムのように--哲学の一つの代償物ではあるが、しかし意図された効果の制約のもとにおかれるものであります。そればかりでなく、これらの思惟の構成物は、人間にとって哲学が避けることのできぬものであることを証拠だてているのです。哲学は常に現存しているものであります。
 哲学は争うことも、証明されることもできない。しかし伝達することはできるのです。哲学は避難されても何らの抵抗を示さない。哲学は耳をかされることがあっても、勝ち誇らない。哲学は人間性の根底において、あらゆるものをあらゆるものと結合することができるところの、心の一致性のうちに生きているのであります。
 偉大な儀式や体系的な関連をもつ哲学は、二千五百年以来、西洋や中国やインドに存在しています一大伝統が私たちに話しかける。哲学の多様さ・矛盾・相互に排斥しあう真理主張、これらは根底においてある一なるものが働いていることをいなむことができない。ただ何人もこの一なるものを所有することなく、あらゆる真剣な努力がその周囲をつねに回転しているだけなのであります。すなわち永遠に一なる哲学、永遠の哲学(philosophia
perennis)。私たちがもっとも明快な意識をもって、しかも本質的に思惟しようと欲するかぎり、私たちにとっては私たちの思惟のこの歴史的根拠が頼りなのであります。
    --ヤスパース(草薙正夫訳)『哲学入門』新潮文庫、昭和四十七年、16-19頁。

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有用性こそ、その対象を損なうものかもしれません。

……って哲学が「役に立たない」わけがないでしょう(苦笑

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良い趣味の基準など呆れるほど非合理だ

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 私が知っている短い期間でも、「良い趣味」という旗印の下に男性の髪や髭がいろいろと変化するのを見てきた。男がテーラーの喜劇に出てくる、あの滑稽なダンドリアリ卿のように長い頬髯を生やすのが流行した時があった。その次には、「マトン・チョップ」と綽名された短い頬髯と口髭がはやり、さらにその次には、口髭だけというのが格好よいとされた。今はローマ人風に戻って髭を剃っている。こういう事柄で絶対的な「良い趣味」などあるのだろうか。あるいはズボンを考えてみよう。百年前だったら、もし半ズボンでなく長ズボンで歩いていたら、下品な奴だと言われたであろう。一八一四年にウエリントン公爵さえ長ズボンで現れたというので、オールマック集会場に入るのを拒まれたのである。ところが今では、半ズボンは仮装舞踏会とか、宮廷行事にしか使われない。
 しかし良い趣味の基準など呆れるほど非合理だ。キリスト教世界に喪の象徴として黒、悲しい希望のない黒を着るように定めたのは、一体誰か。キリスト復活の教義を聞いたことのないローマの婦人たちは、喪服として白服を着ていた。キリスト復活を知っているキリスト教世界が、何故か絶望の黒服を着るようになったのだ。葬式に行くとき、私は他の人と同じく黒の喪服を着る。というのは、ある著名な政治家のような勇気がないからである。その政治家は自分の兄の葬儀で青いオーバーコート、縞のズボン、グレイのベスト、緑色の傘という服装だったのを、私は目撃した。私の言葉を疑うのなら、彼の名前を出してもいい。著名人だ。彼は否定しないだろう。私は、彼の考える「良い趣味」に同意はしないが、黒は好まない。「神の客を迎えるのにどうして黒服などを着るべきか」とラスキンが尋ねた。答はありえない。もしかすると、戦争の影響で、この可笑しな趣味が否定されるようになるかもしれない。
(On Taste)
ガードナー(行方昭夫訳)「趣味について」、『たいした問題じゃないが --イギリス・コラム傑作選--』岩波文庫、2009年、44-46頁。

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趣味の良さはホント難しい。

良い趣味と自分で思っているだけで、ほかのひとからみれば良い趣味でないことのほうが実際には多いかもしれませんね。

だから、人間は、ネクタイ一本締めるのでも、このネクタイにするのか、あのネクタイにするのか悩むわけであり、失敗を反省し、つぎはこうしよう……などと考えるのだろうと思います。

また同時に、コードに縛られておりますので、そのコードのなかで、どのようにチョイスしていくのか。

ホント難しいところです。

しかし、そのコードにしても、実際、あんまり根拠というものはないものなんですよね(苦笑

黒い喪服を着るなとはいいませんけれども、「青いオーバーコート、縞のズボン、グレイのベスト、緑色の傘という服装」というのも……ねぇ。


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たいした問題じゃないが―イギリス・コラム傑作選 (岩波文庫)Bookたいした問題じゃないが―イギリス・コラム傑作選 (岩波文庫)


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日本における革新事業の特色は、必要から発しておこなはれたといふよりは、十分に古いもので間に合つてゐるのに、そこへ新しいものが、ただ新しいがゆゑにはいつて来るというふうにおこなはれてきたのであります。


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 かうした事情は西洋の先進国とまつたく反対です。そこでは錦の御旗はつねに保守派にあつた。革新派はひよつとすると追放されるかもしれません。危険を冒しながら革新をやらうとしてゐるのだ、さういう意識が革新家自身を暗〃裡に支配してゐました。進歩といふものを説明するため、うまく按配された歴史書といふやうなものは、つねにその点を見のがしてゐます。人類は未来に向つて一貫した目的をもつて営〃と動いてきたやうに説いてゐる。ばかな話で、こんな作りごとを真に受けたからこそ、錦旗は自分のものと錯覚する革新派がたくさん生まれたのです。
 日本における革新事業の特色は、必要から発しておこなはれたといふよりは、十分に古いもので間に合つてゐるのに、そこへ新しいものが、ただ新しいがゆゑにはいつて来るというふうにおこなはれてきたのであります。自動車ひとつ例にとつても、一九五三年型ではもう古い、業者もお客も五四年型でなければ満足しないらしい。文明の利器はすべてその調子で外国から輸入されてきました。私たち自身の食欲で食物をとるのではなく、西洋の、あへていへばその資本家の、食欲につきあつて、なんでもかんでもつぎつぎと食つてきた。自分の胃の腑が要求しないうちに、料理のはうで向う側からやつて来る。腹がへらないうちに料理の皿が来るので、それを片端から一所懸命平げようとして焦つてゐる形ですが、つひに食ひ切れないので消化不良を起してしまふ--それが現代日本文化の実情です。要求を前提として、それを土台に、なにか新しいものを生み出さうといふのと、要求がないうちに物のはうがさきに来てしまふのとでは、大変な違ひです。
 大義名分は日本ではつねに革新者側にあつたと申しましたが、なぜさうなるかと申しますと、これはいふまでもありませんが、外国でおこなはれた革新がその地で成功して、すでに良かつたといふ証明ずみのものばかりが日本へはいつてくるからであります。民主主義にしろ、人道主義にしろ、共産主義にしろ、みんなさうでありますが、西洋で実験ずみ、検査ずみのものが日本へはいつて来る。ですから大義名分我にありといふふうになるのであります。それは明治以来の日本が、いはゆる後進国として外国に追ひつかうといふ建前で動いてきた以上、当然といへば、当然でありませう。よく一口に、明治時代の指導者の富国強兵策を悪くいひますが、それはなにも政治家や軍人にかぎつたことではありますまい。日本の学問でも文化でも、みんな富国強兵策の産物なのであります。私たち知識階級もまた富国強兵策によつて、それを利用して、今日まで特権的な地位を享受してきたのであります。
 自分の要求にさきだつて、物のほうから近よつてくるといふ状態、そのために陥つてゐる一種の現代病を、私は自己抹殺病と名づけたい。ちやうどお洒落な女の人がデパートの高級品売場に迷ひこんだやうに、あちこちに買ひたいものが一杯ならんでゐる。……
    --福田恆存「文化とはなにか」、『日本を思ふ』文春文庫、1995年、362-364頁。

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本朝の「闘う」という連中の欺瞞に満ちた原因は、福田恆存(1912-1994)先生の指摘した通りだな、コリャ。

右も左も猫も杓子も含めて革新とは所詮「ごっこ」の世界にすぎないということ。

「大義名分は日本ではつねに革新者側にあつた」なんておかしいだろう。
「革新派はひよつとすると追放されるかも」というリスクを背負って、実現を目指す連中だろう。

だから革新が革新として成立しないんだよ。

所詮、箱庭内での鬼ごっこ。言語ゲームという名のディスカッションごっこ。

負けても別に気にしない。

なぜなら、それは「若気の至りですから」ですみますしね。

はぁ~。


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その成果が確実なものになればなるほどそれを収めた主体は意味を失ったほうがよい

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 前に我々が直ぐにヨオロッパというものと結び付けるのが政治と科学であると書いたが、その政治と科学が今日の我々が知っている形をとったのは確かに十九世紀に入ってからのヨオロッパだった。我々にとっての政治は何かの意味での代議制度とそれに附随する輿論とか演説とかいうことで、これも十九世紀のヨオロッパで政治の先ず同義語と見ていいものになり、ただもしそこに今日の我々と違ったものがあるならば当時はその代議制度や普通選挙や議会の権力の拡張が人間をただそれだけで幸福にするものと実際に信じる風潮があったことで、これも十八世紀の理性の名残りと一応は考えることが許されても十九世紀に入ると制度の尊重が制度に対する関心ばかりなってそれを人間の上に置く傾向が生じ、憲法というようなことが煩さく言われ出す頃から十九世紀が十八世紀とは明らかに別なものになって、それが批判を呼ばずにいなかった訳でもないのはこの時代の分権にある通りである。
 十三世紀の英国の大憲章が必ずしもいわゆる、憲法の観念に合致するものでないならば最初の成文の憲法が出来たのが、一七七六年にアメリカが英国から独立した際で、これに続いて一七八九年にフランス革命が起って第一次のフランス憲法が作られた後にナポレオンがスイス、イタリイに進撃するに及んでヘルヴェチア、チザルピナ、リグリアなどの憲法付きの共和国が次々に現れた。またフランス共和国とともにその支配下にあるそういう共和国が短命だったのが各自の憲法のせいではなかったということもあって憲法というものにタイする一般の信頼は少しも変らず、やがてスペインやポルトガルの南米の植民地が独立して共和国が幾つも出来ると言った時代になると先ずそういう際に問題になるのが憲法だった。カアライルはそのために憲法屋というものが出来て、これはどこかに新しく国が作られる毎に憲法が必要になるのでその注文に応じてよさそうなのを立案する商売だと言っている。
 これはそうした制度というものに対する過信にカアライルが反撥したというだけのことにも思えるが、そこにはもっと大きな問題が読み取れる。その憲法、あるいは代議制度、あるいは人権などというものを要約すれば民主主義であり、民主主義はその名称ではヨオロッパで発達したのであるとともにその名称を捨てればいつの時代にもどこにもでもあった。その両方のことがここでは大事であって、民主主義がどこにでもあるのはそれが政治に欠かせないものを含むからであるが、そのことに着目してその理論を極め、これを一つの普遍的に応用出来る体型に仕立てたのはヨオロッパだった。またそれ故にヨオロッパは、あるいは厳密には十九世紀になってからのヨオロッパは民主主義と憲法の普及と宣伝に力を入れて、それはヨオロッパのみならずヨオロッパ以外の世界も益し、この業績はヨオロッパの栄光の一部をなすことになったのであっても、その成果が確実なものになればなるほどそれを収めたヨオロッパというものは意味を失うことになった。もっと卑近な例を挙げてこれを説明するならば今日では誰も背広という服装がヨオロッパの産物であるとは思っていない。
    --吉田健一『ヨオロッパの世紀末』岩波文庫、1994年、68-70頁。

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ロマン主義は大嫌いなので、当然カーライルは大嫌いです。

しかしカーライル(Thomas Carlyle,1795-1881)の危惧はわからなくはない。

なにかをなしたことを、後々まで「誇り」にするつう心根というのは「埃」どころか「害悪」なのかもしれません。

それが確かに不朽の事業だったとしても、それを貶めて「埃」にしてしまうものですから。

しかもおまけにそれを商売にしてしまう連中まで出てくるとは……。

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日本の知識人が好む表現の一つに〈××の終焉〉というのがある

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 日本の知識人が好む表現の一つに〈××の終焉〉というのがある。昨今はそれが特に著しい。曰く、欧米の思想家の口真似でしかない〈歴史の終焉〉、〈人間の終焉〉、〈自然の終焉〉、そして一九八九年のちゅうごくの天安門事件やベルリンの壁の撤去、東欧・ソ連の政治情勢の激動以来、猫も杓子も口にするのが〈冷戦の終焉〉、〈社会主義の終焉〉、〈マルクス主義の終焉〉ではなかったか。
 第二の世紀末を迎えて二十世紀思想を総括し、二十一世紀への展望を開く試みがなされるのはよいが、ここでもまた〈モダニズムの終焉〉に続く〈ポストモダンの終焉〉が云々される。これはモードの変遷に過ぎない。めまぐるしく移り変わるからこそ流行(モード)なのであって、〈ポストモダン〉から〈ネオモダン〉と呼びかえてみても、せいぜい我が国の七十年代半ばから八十年代後半にいたる表層的カルチャーの解説にしかなるまい。
 それにしても何故私たちは、異なるもろもろの文化や時代における人間の生き方の違いに対しては鋭い感覚をもっても、人間の原本的な特性に対しては奇妙に鈍感なのであろうか。現在問われているのは、資本主義か社会主義か、市場経済か計画経済か、生産中心主義か消費中心主義かなどの顕在的対立の底にある汎時的(=時代と地域を超えた)視点からとらえられる人間像なのである。
 汎時的視点とは、決して複数の相対的個別的文化(欧米、ソ連、中国、日本、第三世界など)から帰納して普遍的絶対を求めるものではない。特定共時文化とその歴史を横断的に、重層的なテクストとして読む営みを通して見えてくるものは、私たち一人一人の個体を深層において支配する原型でもなければ、人間の欲望の同一ルールでもなく、むしろその逆に、〈言葉を話すヒト〉、〈象徴を操り操られる動物〉が生きる世界の質的差異と文化の無根拠性である。
 具体的な手掛りの一つとして〈知と権力〉への垂直的アプローチがあげられよう。王や国家権力の分析にとどまらず知に内在するミクロな権力志向の解明、“政治学”だけでなく私たち誰もがもつ“政治的なるもの”をも明るみに出す必要があるのだ。
 「真理とはそれがなくてはある種の生物が生きていけないかもしれない誤謬である」と言ったのはニーチェであるが、このアフォリズムの力点は、「すべての真理は誤謬」というところにあるのではなく、誤謬であれ何であれ真理なしには「生きられない」というところにおかれている。文化の多様性と無根拠性を知っただけでは安直なペシミズムに陥るばかりである。何故私たちは、それでも神と真理を求め続けるのだろうか。
 歴史にも人間にも終焉はない。あるものは絶えざる差異化という生の円環運動だけであり、これが停止した時に待っているのが、生の昂揚とはほど遠い動物的死か、狂気なのではあるまいか。
    --丸山圭三郎『言葉・狂気・エロス 無意識の深みにうごめくもの』講談社現代新書、1990年、10-12頁。

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それを「終わり」とみなし、
そしてそれを「構造」とみなし、
そしてそれを「体系」として受容するのが人間の常であるわけですが、それは「終わり」でもないし、「構造」でも「体系」でもないことが人間の生活世界の常でもあるのだろうと思います。

現実の構造に籠絡されることを退けつつ、それと同時に無意識に潜在する欲動に惑溺するのでもない。極端を排しながら、思考の永続的な円環運動の中に真の創造性を探究する丸山圭三郎先生(1933-1993)の言説は、こーゆう時代だからこそ、再読されてしかるべきなんだろうと思います。

人間が生きるということは、対象を「言分ける」ことに他なりません。
「終わり」となり「構造」となりやがて「体系」と化していく。なぜなら「言分ける」こと自体が欺瞞に他ならないからです。

その欺瞞を認識することは非常に重要でしょう。しかし全否定は、秩序を弛緩させ、その割れ目から生の欲望を充満させてしまう。その場合、「言分ける」欺瞞と同じ欺瞞を再生産させてしまうことになってしまう。

そうではない未知(道)がどこかにあるのか。

丸山先生の思索自体が、その道の探究ではなかったかと思います。

丸山先生は、フランス語教育からキャリアをはじめ、後にソシュール(Ferdinand de Saussure, 1857-1913)の言語学の研究を始め、日本におけるソシュール言語学研究の第一人者として有名ですが、後期・晩年は、ソシュールの紹介というよりも、むしろ「丸山言語哲学」ともいうべき独自の思想を打ち出したことで知られ、一ソシュール研究家というよりも、思索を深める哲学者(哲学紹介者・解説者じゃなくてね)へと進化・深化した先達と評することができましょう。

ひさしぶりに、入門書のような「新書」を紐解いた次第ですが、若い時分にはよく読んだものですが、その内容は今なお色あせることのない輝きを放っているのでは無かろうかと実感。

実体主義を解体することは、恣意的な虚無主義の到来を預言するものではない。
そこからどう転回を試みるのか。ここがポイントになってくるんだろうなア。

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言葉・狂気・エロス  無意識の深みにうごめくもの (講談社学術文庫) Book 言葉・狂気・エロス 無意識の深みにうごめくもの (講談社学術文庫)

著者:丸山 圭三郎
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「鶏」生姜焼のせ丼の作り方

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鶏もも肉、乃至はむね肉をテキトーな大きさに切って、タマネギと一緒に豚生姜焼きをつくるように炒めてみましょう。

生姜焼きのタレは市販のものでもかまいません。
ただし、生姜はチューブで結構ですので少し多めに、そしてつゆも少し多めに「鶏」生姜焼きを作って、ご飯にのせると、なかなかいけますよ。

ぜひ、レシピに加えてみてくださいましwww

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狐狸庵先生の指摘した「非情な問い」


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 非情な問い
 私はテレビが大好きだ。テレビを見ていると勉強も仕事も捗らないことは重々、わかっているけれども、やっぱり家にいる時はチャンネルをまわしてしまう。
 朝食の時は、さいわい勤めをしていない身なので各局のモーニング・ショーを見る。夜には、近所にかなり大きなビデオ屋ができたので、映画のビデオを借りて、テレビで面白そうなのがない時はそれをうつす。
 だからテレビ亡国論などを言う御仁の御主旨はわかるけれど、人生、そんなにかた苦しくお生きにならなくてもいいじゃありませんか、ねえ、オッさん、と肩をたたきたい気持ちだ。
 もともと私はこの道ひとすじ型の人間を尊敬はするが、自分がそうありたいとはあまり思わない。
 この道ひとすじ、立派だ。しかし一緒に食事をしている時、スープからデザートの間まで終始学問の話をなさる学者とはあまり食事を共にしたくないのが本音である。
 「今年のセ・リーグはやはり阪神でしょうか」
 と話題をかえても、その学者が怪訝な顔をして、
 「さァ? 関心ありませんね」
 「次の有馬記念はやはり本命ですかね」
 「は? なんのことですか、それは」
 そういう学者は偉いにちがいないが、一緒に住みたくはない。
 私はやはり「少しふざけた」友人でないと、親しみが持てない。といって一方、勉強は何ひとつもせず、マージャン、競馬、競輪の話しかない人にもやっぱり閉口する。一時間ぐらいは面白いのだが、そのうちあきてしまう。
 閉口ついでに言うのだが、近頃の二十歳から二十五歳ぐらいの娘さんたちと食事をしていると実に退屈だ。誰かの噂、ボーイ・フレンドの話、洋服の話、それだけを彼女たちはペチャクチャしゃべるのだ。
 そんな時私は彼女たちの顔をつくづく見て、「こいつはバカではないか」とよく思うのだが、そんな失礼なことはもちろん言えない。そしてもしこの娘たちと一緒にいて楽しいと考える青年が世にいたら、その青年もバカではないかとふと思ったりする。
 もっともそれは私がもう仙人のような老人になっているためだろう。
 ところで話をもとに戻そう。
 テレビでよく若い女性アナウンサーがインタビューをしている場面にでくわす。
 この間も高校生の娘を殺された父親にむかって、
 「お嬢さんを亡くして、どんなお気持ちでしょうか」
 とたずねている女性アナウンサーがいた。
 私もかつてある有名な先輩を亡くして苦しみをこらえながら故人の通夜に行くと、門前で若い女子アナウンサーがマイクをつきつけ、
 「あの人が亡くなられて、どんなお気持ちですか」
 と阿呆のひとつ憶えのような質問をされた。
 どんな気持ちか、娘を失った父の気持ちはたずねずとも万人にわかる筈である。親しい先輩を失った後輩がどんな悲しみにあるか、たずねなくても誰だってわかる筈である。それに、
 「もっと人を傷つけぬ質問ができないのか」
 と私はテレビを見ながら言いたくなる時もある。女性アナウンサーの教育や勉強は何も「トナリノタケヤニタケタテカケタ」という発音の勉強だけではあるまい。少しは人間の心の機微を知り、視聴者が何を知りたいかを承知して、それにふさわしいインタビューをやってもらいたい。皆さん、どうお考えになりますか。
    --遠藤周作「非常な問い」、『変わるものと変わらぬもの』文春文庫、1993年、107-109頁。

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小説の名手とははからずも随想の名手であり、一流の思想家でもあります。
こよなく愛する狐狸庵先生こと遠藤周作(1923-1996)氏もそのひとりですが、いや~あ、短い文章ですが、「読ませる」だけでなく「様々な論点」をちりばめてしまうところに驚いてしまう次第です。

人間の度量。

学ぶことの意味。

メディアの問題。

総じて生き方の問題。

いまから20年近く前の文章ですが、この問題、一向に解決の兆しなし。

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長い物には巻かれ、泣く子と地頭には勝たれなかった

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 門前の小僧習わぬ経を読むという歌留多を読んで、孟子の母は三度その居を移したという。村の有志家は何時でも、ソンナものを学校の近所に置いては学生のためにならないといって、遊郭や兵営や、待合や芸妓屋の設置に反対する。人は到底環境の支配を免れ得ない動物である。ただでさえ気が荒み殺気が立って困っている処へ、剣突鉄砲肩にしてのピカピカ軍隊に、市中を横行闊歩されたでは溜ったものでない。戒厳令と聞けば人は皆ホントの戒厳と思う、ホントの戒厳令は当然戦時を想像する、無秩序を連想する、切捨て御免を観念する。当時一人でも、戒厳令中人命の保証があるなど信じた者があったろうか。何人といえども戒厳中は、何事も止むを得ないと諦めたではないか。現に陛下の名においてという判決においてすら、無辜の幼児を殺すことも、罪となるとは思えない当時の状態であった、と説明して居るではないか。営内署中どこでも、いやしくも拘束されたる者の語るを聴け、彼らも、また彼らも、戒厳令を何と心得ていたかがわかる。到る処で巡査兵卒仲間同志の話す処を立聴くがよい。今でも血に餓えた彼らは憚ることなく、当時の猛烈なる武勇とその役得や貢献数の多かった事とを自慢するではないか。今になって追々行衛不明者の、身の毛も辣つ悲惨なる末路が、漸く分明して来るではないか。実に当時の戒厳令は、真に火に油を注いだものであった。何時までも、戦々恟々たる民心を不安にし、市民をことごとく敵前勤務の心理状態に置いたのは慥かに軍隊唯一の功績であった。全く兵隊さんが、巡査、人夫、車掌、配達の役目の十分の一でも勤めてくれていたら、騒ぎも起こらず秩序も紊れず、市民はどんなにか幸福であったろう。
 しかるにかかわらず、かかる看やすき明白の道理を無視して、輿論が頻りに戒厳令を賛美渇仰し、総ての功績を独り軍隊にのみ帰せんとするはそもそも何故であるか。
 それは貧すれば鈍し、苦しい時は神を頼み、溺るる者は藁をも掴むとか。心理学者に拠れば、当時の人間は全部精神病者だったと言う。これも一説であり反面の真理であろう。けれども全部の人が心底より戒厳令万歳、軍隊万々歳を感謝したのではよもあるまい。中には長い物には巻かれ、泣く子と地頭には勝たれなかった者もすこぶる多かった。故に、間もなく正気の沙汰となり、軍閥に対し一斉射撃を開始する日も遠くはあるまい。
 想い起す十八年前、桑港(サンフランシスコ)大震火の際にも、戒厳令が布かれ(この点真偽保証)軍隊も繰り出された。が、ここでは彼らはただ消防の役割と運搬の任務とを忠実に果たしただけで、秩序の維持はポリスメンに、徴発配給はコンミッティーに任せたせいか、そこにはもちろん自警団も奮起せず、朝鮮人も虐殺されなかった。もっとも頭から人種も異なり武士道も違っていたからだかも知れないが。
    山崎今朝弥(森長英三郎編)『地震・憲兵・火事・巡査』岩波文庫、1982年、221-223頁。

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「私服警官が携帯電話販売店を親を装って調査をした」とか……。
ありえない時代になりつつあるのは私だけかしらん???

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深夜のラーメンがうんまい件

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『大辞泉』によると「七不思議」とは「ある地域で不思議な現象としている七つの事柄。自然現象に関するものが多い。『麻布の―』」ということらしいのですが、地域や自然現象に関するものでなくても「七不思議」というものはどうやら存在するようです。

そのひとつが「深夜(乃至は飲酒後)のラーメンがうまい」というそれだと思います。

夕方、フツーに夕食を頂いたのですが、23時を過ぎてから強烈な空腹感を覚えてしまい、終業後、気がつけば近所のラーメンや「横濱家」のカウンターに座っていた次第(涙

「夜の濱セット」というラーメン(はどれでもOK)+半チャーハン、餃子のついたセットでお願いしてしまい、ネギチャーシューメンを食べてしまったorzです。

早速、胃もたれが到来しましたが、いやはや、しかしながら「旨かった」w

また忘れた頃に行くのだろうとは思います(苦笑

しかし、これまた「七不思議」のひとつですが、深夜にオッサンがラーメンをこっそり食べるということは、「東京都中年健全育成条例」違反で憲兵隊に通報されるという噂もあるとかwww

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民族が共同体を形成するのではなく共同体が民族を創造する

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 民族はいかにして形成されるか。この問いに対する「出エジプト記」の答に曖昧なところはない。歴史的には国家が民族に先行し、民族なるものは国家の鋳型の中で成長してくる。民族という存在は国家による民衆の強制的な訓練や教育の予期せぬ所産である。民衆を「民」として隷属させ国家の成員として訓練することによって、国家は意図せずして彼らに自治能力を発展させる機会を与える。そして彼らが必然的存在として受動的に受け容れてきた国家を自分たちの自由な選択の所産として再創造する政治的に組織された民衆になる時、民族とは、隷属民から--自治能力があるという意味で--「自由な」民に脱皮成長した人々のことである。
 ヘブライ人にとってエジプトにおける苦難がそうした訓練の過程であったことは否定できない。かつては遊牧民的な部族社会しか知らなかった彼らは、奴隷としてではあるが、国家の成員になり国家という存在になじんだ。またエジプトで彼らは、国家の秩序は普遍的正義の観念に基づいて成立していることも学んだに違いない。古代エジプト語のマアトは真理、正義、正しい振舞いの作法を同時に意味する言葉だが、ファラオの任務はこのマアトの維持にあるとされていた。
 ヘブライ人はエジプトに居留している間に、かつて彼らを結びつけていた族長時代の絆を喪失した。そして決定的に重要なことは、集団として奴隷にされていたことが彼らがそれに代わる新しい社会の絆を創出するための前提条件になったことである。エジプト人の社会に平等主義の要素は全くなかった。彼らの社会はファラオを頂点として政府高官、聖職者、貴族・軍人・書記・職人・農民・奴隷の順列でピラミッド型に構成されており、上位者への服従が社会の掟だった。しかるにヘブライ人は、外国人であるがゆえにこの社会からまとめて排除されたうえ、一様に奴隷にされていた。老若男女を問わず彼らは仲間うちでは奴隷として平等だった。そしてこの民族ぐるみの差別が、彼らが出エジプトをへて民族の成員としての平等という思想に到達するための前提条件となった。ファラオはヘブライ人の出エジプトを容易に許さず、モーセとアロンに誰が出国するのか訊ねる。そしてモーセは「若い者も年寄りも一緒に参ります。息子も娘も羊も牛も参ります。主の祭りは我々全員のものです」(「出エジプト記」、十・九)と答える。約束の地に新しい国を創設する企てには、イスラエルの民全体が等しく深く関わらねばならない。モーセとアロンはこの民の代表にすぎず、権力エリートではない。
 神はこのモーセを出エジプトの指導者に選ぶ。なぜモーセなのか。彼はカリスマでも英雄でも賢者でもない常人にすぎない。しかも神の召命にひるみ、吃音で話が下手なことを理由にそれから逃げようとするようなところがある。それでも神が彼に白羽の矢を立てる理由は、赤子の時に王女に救われるという奇遇によって彼がヘブライ人としては例外的にファラオの宮廷の高官になったこと以外にない。彼には国政の担当者としての豊富な経験があり、経歴上国家権力の功罪についても熟知している。そして「出エジプト記」におけるモーセの使命は、一貫して政治家として指導性を発揮することにある。奴隷の同胞たちが国家をしたからみていたのに対し、彼はファラオの高官として国家を上からみていた。彼にとって権力を行使することは、タブーでも神秘でもなかった。この国政術に通じた元権力エリートのモーセと民の協力なしには、すべての成員が神の子として平等であるような「イスラエルの息子たち」の国家を創造することはできない。彼が国家のエリートとして身につけた経験と能力を迫害された同胞のために使おうとしたことが出エジプトを可能にした。それゆえに、ここでも国家が民族形成に先行することが確認できる。
    ーー関曠野『民族とは何か』講談社現代新書、2001年、88−90頁。

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国民国家としての民族国家が「国家」という枠組みの世界的な統一規格になってから、まだ200年ぐらいしかたっておりません。

この規格・企画が成功した理由は、政界経済の圧力という必然と、そして、他国の成功事例を模倣した努力の相乗効果にあるのだと思います。

そしてその枠組みの組み方・合わせ方をめぐって殴り合いを続けているのがその後の歩みであり、現状でありましょう。皮肉なことですが、外からの力の圧力によってそれが形成され、そして皮相的な模倣によって無限増殖していく国家なんてものは、しょせん、虚構に過ぎない「想像された共同体」(B.アンダーソン)なわけですが(苦笑、、、

まあ、頑迷な主義者であろうとも(縛、そのことを承知している人間というのは存在しますが、「国家は虚構だとしても、民族そのものは虚構ではない」と譲らない論者というのは多くいるもんです。

生物学的な差異はあるだろうという次第ですが、そのこと自体を全否定するつもりはもちろんありませんけれども、全てがイコールとされるラベルと対象というのはひとつの詐欺でしかないということは、ナチの優生学を引くまでもありません。

しかしその地平を乗りこえたとしても、順序としては、「民族が先、国家が後」ということを否定することははなはだ困難かもしれません。しかし個々人が「○○人」として主体化(言語・身振り・習慣)されていく生−権力論をざぁーっとでも俯瞰すれば、それが臆見というものなんですけどねぇ。
※もちろん差異と集団の枠組みとしてのグループを否定するわけではありませんよ。まあ、それが国家規定による「人種」「○人」とイコールじゃないつうことですよ。

まあ、しかし主体化されるひとびとはたしかに地上に存在するわけですが、やはり「ヒト⇒共同体」という形成図式から逃れることは、前述したとおり難しいのも事実でしょうねえ。

しかし、事態は逆のようかもしれません。
 
民族が共同体を形成するのではなく共同体が民族を創造するのがその実情なんです。
 
このホシを外すととんだ番狂わせをとなってしまいますよ。

いやさか、いやさかw

……もとい、

くわばら、くわばらw


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After You've Gone 雪去りしのち

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After You've Gone (Henry Creamer/ Turner Layton)

After you've gone and left me crying
After you've gone there's no denying
You'll feel blue, You'll feel sad
You'll miss the dearest pal you've ever had

There'll come a time, now don't forget it
There'll come a time, when you'll regret it
Some day when you grow lonely
Your heart will break like mine and you'll want me only
After you've gone, after you've gone away

After I'm gone, after we break up
After I'm gone, you're gonna wake up
You will find you were blind
To let somebody come and change your mind

After the years we've been together
Some day blue and downhearted
You'll long to be with me right back where you started
After I'm gone, after I'm gone away
    --H,Creamer、T.Layton,1918.

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あれだけ積もった雪ですが一日で去っていってしまいましたネ。

昼過ぎから少しだけ息子殿と雪合戦w

冬になれば、一度に二度はこれをやっておかないとマズイですね。

それが、生活世界に甚大な影響を与えるものであることは承知ですけどネ

風物詩として、短い時間ですが、楽しませていただきました。

Thanks snow in Tokyo

http://www.youtube.com/watch?v=s_bh3AN10Bc

http://www.youtube.com/watch?v=kA6ulKFXiTA

http://www.youtube.com/watch?v=Jz6Eqm8WZPc

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2011.02.14;梅が枝に きゐるうぐひす 春かけて 鳴けども今だ 雪は降りつつ

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 梅が枝に きゐるうぐひす 春かけて 鳴けども今だ 雪は降りつつ    読人知らず

    --「巻一  春歌上 005」、佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫、1981年。

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2月14日、東京は大雪。

大変なことが招来されることは承知の助なれど、やはり冬は雪がふると様になります。

ということで、速報! というわけではりませんが、降り出してから少し写真をとりましたのでupしておきます。

生憎防水カメラをもっておりませんので、マア、壊れてもいいかかという、広角対応のコンデジ(Panasonic LUMIX FX-37)にて撮影です。

手振れ・ピン甘お許しの程を。

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ということでモツ鍋で菊水の冷や酒で、雪見酒としゃれ込みましょうw

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【覚え書】「反射鏡 大逆事件100年と『検察の暴走』 論説委員 伊藤正志」、『毎日新聞』2011年2月13日(日)付

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反射鏡 大逆事件100年と「検察の暴走」 論説委員 伊藤正志
 明治天皇の暗殺を計画したとして、幸徳秋水ら社会主義者、無政府主義者24人に死刑が言い渡され、12人の刑が執行されたのは1911年1月のことだ。
 日本近代史の暗部とも評される「大逆事件」から今年は100年後に当たる。
 社会主義者らをいや応なく弾圧した権力の陰謀であり、連座した多くの人がぬれぎぬだったという歴史の評価は、もはや揺るがないといっていいだろう。
 昨年来、全国各地で追悼集会が開かれ、先月24日に参議院会館で開かれた院内集会には約300人が集まった。
 なぜ、今、大逆事件なのか。「大逆事件の真実をあきらかにする会」事務局長の山泉進・明治大教授は、昨今における政治家、官僚、司法、メディアなどさまざまな問題の「原形」を大逆事件に見いだせると指摘する。
 「検察の暴走」をキーワードに、現代社会に通じる教訓をとってみたい。
    ○
 1910年5月、長野県内で摘発された爆発物取締罰則違反事件が端緒だった。背景に天皇暗殺計画があるとして、捜査は警察から検察の手に移り、秋水や、パートナーだった菅野須賀子らが次々と逮捕された。
 社会主義者の弾圧に反発した菅野ら4、5人が暗殺計画を相談したのは事実とされる。
 秋水は計画に乗り気でなく相談からも外れていたという。にもかかわらず、秋水から以前に革命の話などを聞いただけの社会主義活動家らが明白な証拠もなく一網打尽に摘発されたというのが事件の経緯だ。
 旧刑法の大逆罪の法定刑は死刑だけ。摘発に海外でも抗議の声が上がったという。
 事件を指揮したのが、後の法相、平沼騏一郎だ。当時は司法省の局長だった。
 平沼は後に自身の回顧録で、被告のうち3人は陰謀に加わったのか確信がなかったと書いた。また、当時の桂太郎首相の私邸を毎朝訪れ、事件の報告をしていたと記し、政治の中枢が事件と密接に関わったことを示唆した。検事らには賞与が支給され、事件を機に、検察の権威は一気に高まっていく。
    ○
 高圧的な検事の取り調べを示す被告らの証言が残る。菅野は、遺書ともいえる手記「死出の道草」でこう書いた。
 「世辞に不満でもある場合は、平気で口にするような一場の座談を嗅ぎ出して、すべて事件に結びつけてしまった」「功名・手柄を争って、1人でも多くの被告を出そうと詐欺、ペテン、脅迫、ウツツ責め同様の悪辣極まる手段をとって……」
 ウツツ責めとは、被告らを眠らせず夢うつつの状態で自白させる手口を指す。そして、「事件は無政府主義者の陰謀というよりも、寧ろ検事の手によって作られた陰謀という方が適当である」と結論づけるのだ。
 秋水も、当時の弁護士にあてた手紙で、検事の調書について「何を書いてあるか知れたものではありません」と批判した。釈明が反映されず「検事がこうであろうといった言葉が記されてあるのです」と嘆いた。
 調書の訂正も困難で「十数カ所の誤りがあっても指摘して訂正し得るもは1カ所に過ぎないです」と記した。
    ○
 言うまでもなかろう。ストーリーありきの捜査と、強引な取り調べや調書の作成。大阪地検特捜部の郵便不正事件と全く同じ構図である。
 長年、大逆事件の資料収集に当たってきた「あきらかにする会」世話人の大岩川嫩(ふたば)さんは「秋水が関係していないわけはない。一係長の判断で障害者向け証明書を偽造できるはずがない。そう決めつけたら無理な調べも辞さない。検察は100年たっても変わらない」と話す。
 法に基づいて人を逮捕し、長期間身柄を拘束できる検察の権力はとてつもなく大きい。その行使が慎重かつ公正に行われるのは当然だ。だが、一定の歯止めがなければ、特定の意図と結びついて暴走することがあり得ることを、1世紀をまたぐ二つの事件が示した。
 ならばどんな歯止めが必要か。有識者の「検察の在り方検討会議」で、厚生労働省の村木厚子元局長が「なぜ私がかかわった調書が作られたか」「私が首謀者とのストーリーが(検察内部で証拠捏造が発覚した後の)後半でも維持されたのはなぜか」と二つの疑問を呈した。
 そこから導かれる歯止めの一つは、取り調べの可視化だろう。被告にとって有利な証拠や状況を隠したら罰する。検察官倫理規定の制定も有効に思える。検討会議には、歴史を見据えたうえで結論を出してもらいたい。
    --「反射鏡 大逆事件100年と『検察の暴走』 論説委員 伊藤正志」、『毎日新聞』2011年2月13日(日)付。

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オチがお約束的で物足りないのですが、大逆事件のことは決して忘れてはいけないし、細かい調査研究は進められて然るべきだと思いますので【覚え書】として残しておきます。

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文明はわれわれをそこない、迷わせる。

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 文明はわれわれをそこない、迷わせる。それはわれわれを他人およびわれわれ自身にたいする重荷と化せしめ、怠惰な、無益な、気まぐれな人間とする。それはわれわれを風変わりの状態から放蕩にまでおしやる。われわれの財産、心、青春を惜しみなく浪費させ、われわれをして、あたかもハイネの物語るアーヒェンの犬、退屈をまぎらせるために、通行人たちに一つの施しとして蹴とばしてもらうことを頼んでいるあの犬どものように、仕事、刺戟、気ばらしをかつえ求めさせるのである。われわれはあらゆることに手をだす。音楽、哲学、恋、兵学、神秘主義--これはひたすら気をまぎらせるためであり、われわれをおしつけている、かぎりない空しさを忘れるためである。
 文明と奴隷制度--たがいに無理にひきよせられている、これら二つの極端のあいだには、われわれを肉体的に、また精神的にひきつぶすことを防ぐためにさしこまれた、どんな「ぼろ片」さえもない。
 われわれはひろい教養をあたえられ、現代の世界の願望、風潮、苦悩をうえつけられる。そしてつぎのようなよび声を聞く。「奴隷のままに、つんぼのままに、無為のままにとどまれ--さもなければ、諸君は亡びてしまうだろう。」その代償としてわれわれには農民の皮を剥ぐ権利、彼らから集めた血となみだの貢物をみどりのラシャの上で、あるいは居酒屋で使いはたす権利がのこされる。
 その青年は奴隷根性と卑俗な野心とにみちたこの世界で、活気のある、いかなる興味をも見いだすことができない。けれども彼はほかならぬこのような社会に生活するように運命づけられていた、なぜなら民衆はまだ彼から遠いところにいたから。「この世界」はすくなくともおなじ種類の、堕落した人間から成り立っていた。しかし民衆とこの世界とのあいだにはなんの共通点もない。伝説はピョートル一世によって--少なくとも現在のところそれを人力をもってしては復活しえないほど完全にうちこわされた。われわれにのこされたものは孤独、あるいはたたかいである、しかしわれわれはそのいずれをとるにも十分な精神の力をもっていない。かくてひとびとは、もしも娼家やどこかの要塞監獄の地下牢で身を亡ぼさないばあいには、オネーギンのような人間になる。
 われわれは文明をぬすんだ。そしてゼウスはプロメーテウスを苦しめたときとおなじ苛酷さをもってわれわれを罰しようとしている。
    --ゲルツェン(金子幸彦訳)『ロシヤにおける革命思想の発達について』岩波文庫、1974年、125-127頁。

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「ゲルツェンにあっては、第一の関心事はつねにロシヤ社会の改革の事業への奉仕であり、文学はその武器であった」(解説、269頁)……とあるように、すぐれた作家・批評家であったゲルツェン(Aleksandr Ivanovich Herzen,1812-1870)によるロシヤ革命思想(前史)の論考と手引きが上に引用した一書。

基本的には19世紀前半ロシアの革命思想の展開とそれを紹介する体裁ですが、その実19世紀ロシア文学への偉大なオマージュであり、ロシアの精神風土を端的にまとめた一冊です。

ロシア的なるものとは何か。ドストエフスキー、トルストイを読む前に読んでおきたい好著です。

しかし、その批判の眼は、ロシア的なるもののみでなく、人間そのもの、そして文明そのものの暗黒面を鋭く撃ち抜いておりますねぇ。

いやはや、久しぶりに好著と遭遇。

「文明はわれわれをそこない、迷わせる」。

なるほどねぇ~。

雪はやんだのですが、深夜に帰宅時、道路が凍結してい、自宅直前で転倒してしまったですよ。

慣れた道だし、大丈夫だろうって、自転車を運転していたわけですけれどもね。

皆様もご注意あれ。

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月に吠える人類間の『道徳』と『愛』

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 人間は一人一人にちがつた肉体と、ちがつた神経とをもつて居る。我のかなしみは彼のかなしみではない。彼のよろこびは我のよろこびではない。
 人は一人一人では、いつも永久に、永久に、恐ろしい孤独である。
 原始以来、神は幾億万人といふ人間を造つた。けれども全く同じ顔の人間を、決して二人とは造りはしなかつた。人はだれでも単位で生れて、永久に単位で死ななければならない。
 とはいへ、我々は決してぽつねんと切りはなされた宇宙の単位ではない。
 我々の顔は、我々の皮膚は、独り一人にみんな異つて居る。けれども、実際は一人一人にみんな同一のところをもつて居るのである。この共通を人間同志の間に発見するとき、人類間の『道徳』と『愛』とが生まれるのである。この共通を人類と植物との間に発見するとき、自然間の『道徳』と『愛』とが生まれるのである。そして我々はもはや永久に孤独ではない。

 私のこの肉体とこの感情とは、もちろん世界中で私一人しか所有して居ない。またそれを完全に理解してゐる人も私一人しかない。これは極めて極めて特異な性質をもつたものである。けれども、それはまた同時に、世界の何ぴとにも共通なものでなければならない。この特異にして共通なる個々の感情の焦点に、詩歌のほんとの『よろこび』と『秘密性』とが存在するのだ。この道理をはなれて、私は自ら詩を作る意義を知らない。
    --荻原朔太郎「『月に吠える』抄 序」、三好達治選『萩原朔太郎詩集』岩波文庫、1981年、68-69頁。

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人間の共同性と孤立性の問題。

カント(Immanuel Kant,1724-1804)であれば、社交性と非社交性とでも表現するところでしょうか。

いろいろと考えさせられる詩人の一節。

詩人はそれを言葉によって象徴する。


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油断はするな、万一に備へよとの警告は依然として必要であるけれども、然しながら我々の国家生活の理想は最早富国強兵一点張りであつてはならない

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 新しい国家生活において最も必要な具体的な政策とは何か――。吉野によれば即ちそれは「人間の能力を自由に開展さすること」にほかならない。吉野はこの政策を総称して「デモクラシー」ないしは「民本主義」と定義する。そしてそれは「純政治的要求」と「社会的要求」の二つの要求としてあらわれる(34)。
 前者は、「国民各自をして国家の運命の最高の決定に参照せしむる」要求であり、具体的には「精神生活の自由と向上」をはかる文化政策であり、後者は、「国家として彼等各自の生活を充実保障する」要求であり、具体的には、「貧富の差をなくし日常生活を安楽」にする社会政策である。そしてこれを為政者への進言ではなく、国民の立場から政府に対して要求する政策であると踏み込んでいく。
 この頃より、吉野は「民本主義」という言葉よりも「デモクラシー」という言葉の方を多く使うようになるが、この言葉遣いと実質的要求を掲げる姿には、実質的な国民主権を主張するという強い意志が伺える。

 世界は道義の支配する世界である。我々国民は対外体内両面の生活に於て著しく道義の支配を感ずることになる。一躍して黄金時代が来ると見るのも間違だけれども、道義を無視して尚且つ栄える途があると思ふならば、之れ日天に沖して尚前世紀の悪夢に迷ふものに外ならない。油断はするな、万一に備へよとの警告は依然として必要であるけれども、然しながら我々の国家生活の理想は最早富国強兵一点張りであつてはならない。道義的支配の疑なき以上、我々は腕力の横行に警戒し過ぎて、無用の方面に精力を浪費するの愚を重ねてはならない。我々は過去に於て富国強兵の為に如何に多くの文化的能力を犠牲したかを反省するの必要がある。従来は之も致し方なかつた。併し之からは遠慮する所なく、我々の能力を全体として自由に活躍さすることが必要である。我々のあらゆる能力の自由なる回転によつて、茲に高尚なる文化を建設することが国家生活の新理想でなければならない(35)。

 そして、政府に対して政策を突きつけるだけでなく、理想的な状況をこの世に建設するための取り組みを吉野自身このころより取り組み始める。文化的生活の模範を示すために、経済学者森本康吉、作家の有島武郎らと文化生活研究会を一九二〇年五月に結成する。ここでは生活に関する科学的な研究を行い、生活改善運動をすすめることとなった。また学問からほど遠い民衆のために、通信教育という方法で生活全般にわたる学問研究の成果を伝える「大学普及運動」も展開されていく。
 また第一次世界大戦中に立ち上げた賛育病院(一九一六年一〇月)を軌道に乗せ、簡易法律相談所(一九一八年)や家庭購買組合の設立(一九一九年八月)など、具体的な取り組みに関しても熱心に従事する。
 単なる大学人・論壇の人間に収まりきらない吉野らしい姿である。国家に頼らずともできるところからは実践していくなかで「高尚なる文化を建設」を立ち上げていく面目躍如の活躍である。
 これらひとつひとつの実践に関しては紙幅の都合で詳論することはできないが、理想とされるものを「将来の遠い理想郷」として観照するだけでなく、自ら汗をながし、格闘した足跡に関しては、今後の課題としたい。
(34) 吉野作造「政治上のデモクラシー」、『新人』一九一九年四月。
(35) (33)に同じ。
    --拙論「吉野作造<中期>のナショナリズム--第一次世界大戦前後の軌跡」、『東洋哲学研究所紀要』第26号、東洋哲学研究所、2010年、65-66頁。

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手前味噌で恐縮ですが、昨年まとめた論文が1本、製本されて到着しました。

ダサイ話ですが、活字になるとうれしいものです。

中身は、吉野作造(1878-1933)のナショナリズムをまとめた1本が、その中盤の部分です。

基本的には、国家主義からそれを相対化させていくのが吉野のナショナリズムというわけですが、簡単にNoとか廃棄!って叫ばないところに、その慎重さと思慮深さを感じてしまうというものです。

「国家生活」などという表現を使いながら、国家への「依存」を脱構築していく。

かくありたいものですね。

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【研究ノート】政府の目的は、人類の福祉にある。

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 一五七 この世界の事物は、絶えず流れているので、同じ状態に止っているものは全くない。そこで、人民も、冨も、商業も、権力も、その位置を変え、繁栄した強大な都市は亡び、時を経て、人に捨てられた、寂しい土地となるとともに、他方、他の、人の訪れぬ土地が、人口の大きな国となり、冨と住民に満ちてくる。けれども物事は決していつも平等には変化せず、私的な利益が、しばしば理由のなくなった慣習や特権を維持するし、時には立法府の一部が人民の選挙した代表から成っているような政府の場合、時と共に、この代表が、はじめてそれの設けられた時の理由からみて、極めて不平等、不均衡となるということが、しばしば起るのである。理由のなくなった慣習にしたがうことが、どんなに大きな不合理に導くかは、次の例で明らかである。というのは、家といったら羊の檻ばかり、住民といえば羊飼しかいないようなところが、町と呼ばれているばかりに、立法者の大会議に、人口の多い、富強な郡と同じだけの代表を送っている場合がある。知らない人は、これをみてびっくりする。そうして誰もが、矯正が必要だという。たいていの者は、しかしその方法を見付けることは困難だと考える。何故なら、立法府の組織法は、社会の本来的かつ最高の定めであり、そこでの一切の実定法に先行し、全く人民に依存しているので、下級の権力はそれを変えることができないからである。そこで、人民は、立法府が一たび構成されると、われわれが論じているような、そういう政府においては、政府が存続するかぎり、行動する権力を全くもたないのである。したがってこの不便は、これを救済することは不可能であると考えられている。
    --ロック(鵜飼信成訳)『市民政府論』岩波文庫、1968年、159-160頁。

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 第十九章 政府の解体について

 二一一 政府の解体ということを、いくらかでも明快に論じようとすれば、何よりもまず、社会の解体と政府の解体とを明確に区別しておく必要がある。協同体を形成し、人々がルーズな自然状態を去って、一箇の政治的社会に入るようにするものは、一人一人が他の人々との間で結ぶ協定、すなわち団体をなし、一体として行為し、かくして一箇の独立の国家となるという協定である。この結合が解体される普通の、そうしてほとんど唯一の途は、彼らを征服する外敵の侵入である。というのはこういう場合には(自分たちを一つの全体としての独立体として維持保全することができなくて)、その団体の本質である統合が、必然的になくなり、各人は、彼らが前に属していた状態に戻ることになる。そうしてそこではめいめいが自活の道を講ずる自由があり、自分が適当と考えるところんびしたがって、何か他の社会で、自分の安全を確保する自由がある。もし社会が解体されれば、その社会の政府が存続できないことは確かである。それであるから、征服者の剣は、政府の根を断ち切り、社会をずたずたに切り裂き、征服され、追い散らされた群衆を、彼らの暴力から保護しなければならないはずの社会の、保護や依存から切り離してしまう。世間は、この種の政府の解体については、よく知っており、それを許すには、余りに進歩しているので、これ以上、このことについて述べる必要はない。そして、社会が解体されれば、政府は存続し得ないことを証明するために多くの議論をする必要はない。それはちょうど、一軒の家の枠組みは、その材料が旋風で吹き散らされ、散逸させられたり、地震でがらくたの山にくずされてしまった場合に、存立しえないのと同じである。

 二一二 このように外部からてんぷくされるほかに、政府は内部からも解体される。
    --ロック(鵜飼信成訳)『市民政府論』岩波文庫、1968年、213-214頁。

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 二二九 政府の目的は、人類の福祉にある。ところで、人民がいつも専制政治の無限界な意志にさらされているのと、もし支配者たちが、その権力行使に当って法外なものになり、その人民たちの財産の保存ではなしに、破壊のためにそれを用いる場合には、これに抵抗してもよいというのと、どちらがいったい人類の最善の福祉にかなうのだろう。
    --ロック(鵜飼信成訳)『市民政府論』岩波文庫、1968年、229頁。

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久しぶりにロック(John Locke,1632-1704)を読んでいたので少しだけ抜き書きをしておきます。

フィクションとしての国家という共同体を神話から解放した嚆矢となるのがロックの議論です。しかし、フィクションとしての国家というものも、できあがって時間がたってくると「再」神話化してしまうことがorzであり、最近その傾向が顕著になってきていることに違和感を覚えてしまいます。

どのような形態をとろうとも、国家(政府)の目的は何か……という根っこの部分を失念してはいけないのですが、その辺がスルーされてねぇ。

ホント、困惑してしまうというものです。

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いまの私は、ほろ酔いになったところで、やめてしまう。

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 そのほかに大酒したのは、太平洋戦争中に、私の出征がせまり、これも名古屋で、何年かぶりで父と会い、大須の宿屋の二階で、やはり三升ほどのんだことがある。酒は、父が工面してきてくれた。
 このとき、父から、
 「お前さんが四つのとき、台所にあった一升びんから酒をのんで熱を出したので、私が雪の中をころがして熱をさましたことがある」
 と、いわれた。
 父は嘘をつく人ではないから、おそらく、そんなこともあったのだろう。
 いまの私は、ほろ酔いになったところで、やめてしまう。相手にとっては、おもしろくないだろう。また、二合、三合までは顔が赤くなるので、相手は(大分に酔っているようだ)と、おもってくれるし、私の酒は、あまり強くないとおもわれているので、まことに、さいわいなのだ。
 だから、私の酒は、まさに、
 「百薬の長」
 と、いってよいだろう。
    --池波正太郎「酒」、『日曜日の万年筆』新潮文庫、昭和五十九年、190-191頁。

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先日、ひさしぶりに国分寺の焼きとり・焼きとん屋「四文屋」へサクッと寄って(=酔って)きたのでひとつ。

飲み屋は飲み屋なのですが、居酒屋ではありません。

まあ、酒は呑ませてくれますが、カウンターとテーブルが少しある焼き鳥やというのが正確なところでしょう。

ですから、長っ尻で、ネチネチとやるというよりは、いただくものをポンポン頼んで、手早く、さっとやってしまう場所といったほうがよいかと思います。

ですから、二合、三合ぐらいでちょうどよい「百薬の長」として酒と肴を楽しむ場所というのが「四文屋」さんではないかと思います。

むかしはこーしたお店が比較的各所にあったような気がしますが、ここ十年でだいぶこうした隠れ家がへってきたことは寂しいばかりです。

さてその日は、以下の通り。

・瓶ビール(SAPPORO黒ラベル)×1
・キンミヤ焼酎(梅割)×2

アスパラガスではじめて……

ハラ、ハツを塩でw

シロをタレで頂戴して

栃尾の油げ焼(ハーフ)で口直し。

とり皮(タレ)と手羽ネギ(塩)でクローズ。

正直、これぞッっていう激ウマではありませんが、わるくもなくというのが正直なところですが、マア、それでも30分ていどかけてゆっくり呑みましたので、大満足。

これで2200円。

凝縮された時間で味わい、ほろ酔いぐらいで辞めておく……。

独り酒は深酒になる可能性がたかいのですが、長居のできないところだからこそ、うまくせーう゛しながら「百薬の長」として楽しむことができるわけで、まさに大人の隠れ家ですね。

さて……あとは少しカメラ関連の余談。

その日は、Nikonのコンデジ、COOLIX S4000という入門機のようなデジカメで撮影をしましたが、まあ、それなりには写るのかなあ、というインプレッション。
同クラスのCanonのIXYだとプログラム撮影ぐらいできるのである程度撮影者が調整しながら撮影が可能なのですが、Nikonのコンデジ(ハイエンド除く)は基本的にオートかシーンモードしかないんですけど、最近のコンデジはそのモードでも優秀に撮れるのでしょうか。ピンは甘いのですが、それなりに写っているなアという実感です。

国産銀塩カメラはNikon党でしたが、デジカメになってからCanonばかりですね(苦笑

悪くはないのですけど……ねぇ。

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「雪のいみじう降りたりけるを、様器に盛らせ給ひて、梅の花を挿して、月のいと明きに、『これに歌よめ。いかが言ふべき』」などとね……

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 村上の前帝の御時に、雪のいみじう降りたりけるを、様器に盛らせ給ひて、梅の花を挿して、月のいと明きに、「これに歌よめ。いかが言ふべき。」と、兵衛の蔵人に賜せたりければ、「雪月花の時。」と奏したりけるこそ、いみじうめでさせ給ひけれ。「歌などよむは世の常なり。かくをりにあひたることなむ言ひがたき。」とぞ、仰せられける。
    --清少納言(池田亀鑑校訂)『枕草子』岩波文庫、1962年。

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清少納言(966?-1025?)の『枕草子』を紐解きながら、今年は全国的に雪が多いのにもかかわらず、一向に東京では降らないなア~と思いつつ、諸事の片づけで外出をしておりますと、梅はその美しい姿で春の訪れを告げておりました。

近所の庭木用の梅林ですけどね。

雪はふっておりませんが、梅の花はいいものです。雪と可憐なセッションをしてくれると嬉しい次第なわけですが、マア、雪がふると都市機能が低下し困ってしまうので、「ふれ、ふれ」とはいえませんが、すこしぐらい欲しいところでもあります。

やはり梅は「雪のいみじう降りたりけるを、様器に盛らせ給ひて、梅の花を挿して、月のいと明きに、『これに歌よめ。いかが言ふべき』」などとやりたいものですね。

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09年現在で国民負担率は39.5%ですよ(笑)

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市井の職場で3年間働いてやりたい仕事へ契約社員都して転職した元バイトくんが久しぶりにお店に顔を出したのですが、続いているようで少し安心。なかなか一つが続かない子だったので。3年一カ所で踏ん張ったがんばりが効いたのだと思います。

ただ残念なのは、来月で現在勤務先の会社の担当部門が業務縮小で終わりになるとか。一応、上司が関連業種の転職先を捜して紹介してくれるそうですが、こういう話を聞くと、ホントにまだまだ雇用状況は全体としてひとつも明るくなっていないことを生活者として実感します。

例えば現在の勤務店舗でも高級品(100g/1000円の肉とか)って必ず売れ残って廃棄なんですよね。財布の紐は未だ未だ硬いんです。仕事をしたい人間はホントに沢山いるけどアンマッチ。とても贅沢できるような日常でもない。そして痛みを伴う負担増という予測は明らか。

負担増は承知です。システムが破産していることも承知です。100年のまなこと現実の状況を踏まえた善処のできるまつりごとになってほしいと切に思います。与野党限らず、踏まえて耳にしてデザインして説明責任を果たせる施作を果断に実行して欲しいです。

僕はそのスジでは素人です。だけど、大風呂敷でなく、見通しをもって手を打って欲しいです。そのための負担増は甘受しますよ。しかし見通しもへったくれもない永遠に続く激しい負担増のみの主張には首肯できないところです。

柄にもなく真面目な実感を吐露したwww 毎月数千円の意味のある増加は理解できなく無いけど、例えば給料の1/4は永遠に負担せよってえのはヤッパリ無理でしょう。そうなったら亡命するしかないすよ(苦笑

まあ、その前に、人間の自由のへったくれもない、憲法もないがしろにして、選挙の時だけあたまを下げて、後は「お前らは支配される側だから黙って“お上”の言うことを聞け!」って感覚の御仁がその殆どだからorzなんだけど、だからこそこちらは聡明に執拗に監視しますよってことです。以上。

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と実感を先月呟いたのですが……。

ツイッターの小野さんから以下の事実を紹介されてガビーンwww

http://twitter.com/#!/ujikenorio/status/32695518605877249

「マジっすか(涙 RT @fuitsuono: 09年現在で国民負担率は39.5%ですよ(笑)。http://bit.ly/dOh06g  http://bit.ly/f6sd9y RT @ujikenorio: 例えば給料の1/4は永遠に負担せよってえのはヤッパリ無理でしょう」。

http://www.mof.go.jp/jouhou/syuzei/siryou/020.htm

http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/5100.html

まじでありえん(涙

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【研究ノート】アリストテレス eudaemonia(エウダイモニア)の組み立て方

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 しかしより根本的な問題は、アリストテレス自身、それ自体のためになされる行為は数多くあり、また、行為外の目的も多々ある、とすでに認めているという事実である。『ニコマコス倫理学』の最初の数行に、健康、勝利、富がそのような行為外の目的の例として挙げられている。行為自体に目的がある例としては、音楽鑑賞を挙げることができる。我々が音楽を聴く時、音楽の試験準備のために聴く場合は別にして、行為外の目的があるわけではない。この批判に対してアリストテレスがいかに答えるかに注意しよう。そうすれば、賢人は人生に一つの最終目的を持つというアリストテレスの想定の根本理由が理解されるであろう。先に、それ自体のためになされる行為と、それ以外の目的のためになされる行為の二種類があると述べたが、さらにここで、それ自体を目的とすると同時に、より包括的な目的の構成要素となるような行為があることを想定する必要がある。
 今、健康増進というような行為外の目的のためではなく、ダンス自体を楽しむために踊っている人の場合を考えてみよう。この場合、ダンスのステップの一つ一つはそれ自体を目的として行われているのであろうか。もしステップの一つ一つがダンスのための手段として行われているのだとすると、ダンス全体がそれ自体のためになされていないということになってしまう。しかし、踊っている人はダンスを楽しむために踊っていると仮定したのであるか、ダンスの構成要素であるステップもそれ自体のために行われていると考える方が妥当であろう。踊る人の動作の一つ一つが、それ自体のためになされるというのも、ダンスのためになされるというのも、同じように真実なのである。すなわち、動作の一つ一つはそれ自体が目的であり、同時に、より包括的なダンス全体という目的の構成要素になっているといえる。
 このように考えれば、先に挙げた問題点は消滅し、アリストテレスの示唆する考えはよりよく理解される。つまり、アリストテレスは、もっとも包括的な、すべてを含有するような一つの最終目的があり、我々がそれ自体のために行う行為のすべては、この包括的最終目的の構成要素になっているのではないか、と提案しているのである。もしもこのアリストテレスの考えが正しければ、この包括的最終目的こそ最高善のはずであり(109a23)、その追求は結い意義に違いない。
 アリストテレスは、少なくとも、このような至上目的を何とよぶかということに関しては、すべての人が一致していると言う(1095a18)。すなわちeudaemonia(エウダイモニア)とよぶのである。このギリシャ語は、そのまま英語でも使われることがあるが、通常happiness(幸福)と訳される。この訳語が誤解を招きやすいということは誰もが知っているが、他によりよい訳語がないために、大部分の人が使っている。しかし、エウダイモニアをそのまま使い、その意味を説明する方が無難だと思う。ありがたいことに、アリストテレス自身、エウダイモニアは「よく生きていること、よくやっていること」という意味であるという点に関しては万人が一致している、と言っている(1095a19-20)。すなわち「ある人がeudaemon(エウダイモン)である」ということは、その人が「生き甲斐のある人生を生きている」ということとまったく同じことなのである。それは、「ある人がhappy(幸せ)である」という場合と根本的に違い、その時点でその人が世界の頂点に立っているように素晴らしい氣分であるとか、その他の望ましい感情をもっているということではない。ある人をエウダイモンとよぶ時、我々はその人の人生全体を評価しているのである。したがって、慎重な人はソロンの忠告に従って、人が死を迎えるまでは誰もエウダイモンとはよばない。アリストテレスの言うには(1100a10-15)、このソロンの忠告は、「人は生きている間はよく生きているとはいえない。墓のなかに入って初めてよく生きられるのだ」という滑稽な考えを表しているのではなく、「人生全体を見なければ、そのが生きるに値する人生であるかどうかを完全には判断できない」という慎重な考えを示しているのである。まだその人が生きているうちにエウダイモンとよぶのは、あたかも読みかけの本をよい本だと言うようなものである。もちろん、これは我々のしばしばすることだが、慎重な態度とはいえない。人が若者をしてエウダイモンとよぶ場合は、順調な始まりにもとづく将来の予測を意味しているのであって、最終判断を意味しない、とアリストテレスは言う(1100a1-4)。このように、エウダイモニアという言葉の意味がhappiness(幸福)と異なることは明らかである。
    --J.O.アームソン(雨宮健訳)『アリストテレス倫理学入門』岩波書店、1998年、17-20頁。

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アリストテレス(Aristotle,384 BC-322 BC)の『ニコマコス倫理学』(Ethica Nicomachea)の根本的なテーマとは、「最高善としての幸福とは何か」になりますが、それを導くために目的と手段の関係をきちんと把握しておく必要があります。

アリストテレスは、冒頭で目的と手段(行為)の関係を詳細に論じておりますが、初学者は結構このへんで挫折してしまうパターンがよくあります。

その詳論をふまえて初めて、アリストテレスの豊穣なる哲学魂と喧嘩することができるわけですから、そのままサヨウナラをしてしまうと、それはそれで大変モッタイナイことになりますので、秀逸な解説をひとつ紹介しておきます。

さて……。

アリストテレスではありませんが、何につけても美味しいという桃屋の「辛そうで辛くない少し辛いラー油」をゲットしたのですが(まだ家に少しストックはあるのですが)、「つけるものがない」orz

まさにこれが本末転倒……お。

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「はぁ~、難しそうなのやってますねぇ」じゃねえだろうwww

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 学校の成績だけで人間に優劣をつけ、何のために生きるのかを誰も自信をもって教えない社会。「事件」を起こした少年だけでなく、日本中で若い少年たちが狂犬のような眼で街を徘徊し、人生で一番美しい年代の少女がお金のために体を売る時代。何のために生きるのかを問わない生き方は、動物と変わりません。いや、知恵がついているぶん、人間は最悪の動物にさえなります。
 それは、突きつめれば何のために生きるのかということを教えない家庭や学校が悪いのではなく、何のために生きるのかということを、真剣に探そうとしない大人たちの「生きる姿勢」に問題があるのではないかと考えるのです。
    --山下京子『彩花へ 「生きる力」をありがとう』河出文庫、2002年。

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5日は、勤務校の一般入試のため、朝から試験監督員として大学へ出講。
少子高齢化の進むなかで、定員われを起こさず、健闘していることにはおどろくばかりですが、そこに安住してしまうとorzであることを常に自覚しながら学問や教育に向かい合わなければならないことをひしひしと痛感。

まず、受験してくださった皆様、ほんとうにありがとうございました。

真剣な受験生の眼差しに襟をたださせて頂いた次第です。

日本の大学全体が教養教育から就職教育へシフトを切っていく中で、ホントにこのままで大丈夫なのだろうかといつも思うわけですし、それは教養担当である弊職の「ひかれものの小唄」なのかもしれませんが、そうした風潮には抗っていかないとマズイとひしひしと感じております。

「学校の学問なんて社会に出て役に立たない」という言い方がありますが、僕なんかはそれこそがナンセンスだと思うし、「社会に出て役に立つ科目を大学でもw」という言い方もナンセンスだと思うんですね。

両者とも学問を特定の目的に利益誘導するかたちにしか見ていないわけであって、そこには、人間を人間へと成長させていく「人間への道」としての学問の根本目的を見ていないわけですよね。

両者は対極の意見かもしれませんが、要するに心根は同じと言うことです。

「学校の学問なんて社会に出て役に立たない」とバッサリいってしまうのであれば、学校へいく必要もないし、「社会に出て役に立つ科目を」っていっても、それが社会に出て役に立つ保証もないわけですよ。

前者に関してはもちろんそういう科目もありますが(苦笑、「人間とは何か」という思弁は決して無益ではないし、どこかで真剣に考えなきゃいけない探究です。

そして後者に関して言えば、ツィートで少し言及しましたが、マア、古い僕らの時代の事例で表象するなら「大学で ロータスやって 就職後 エクセル・パワポ 時代は変わった」(和歌風にwww)つうものですからね

まあ、哲学だの倫理学だの神学だのやっておりますと、他専門の同僚からも

「はぁ~、難しそうなのやってますねぇ」

……で、それ以上、話が進まないorzという現実に涙という次第ですが(苦笑

まあ、「はぁ~、難しそうなの」でクローズさせることなく、難しいものであったとしてもどこかでぶち当たっていく必要はあるとは思うのですがね・・・。

さて試験終了後、3月に卒業予定の哲学履修者数名と、前期に履修してくれていた学生さんたちとしばしば懇談。

有意義なひとときを送ることができました。

ご参加戴きました皆様、本当にありがとうございました。

くどいですが、哲学には答えがないのではありません。自分で紡ぎ出す努力が大切なんです。

何か困ったことがありましたら、何も助けることができないとは思いますが(苦笑、マア、また声でもかけてもらえればと思います。

学生さんは教師をなんぼつかってもいいものですからネ

ご遠慮なさらずにwww

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1冊読んでしまえ

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JJ.P. and I are on the front porch at Frank Martin's drying-out facility. Like the rest of us at Frank Martin's, J.P. is first and foremost a drunk. But he's also a chimney sweep. It's his first time here, and he's scared. I've been here once before. What's to say ? I'm back. J.P.'s real name is Joe Penny, But he says I should call him J.P. He's about thirty years old. Younger than I am. Not much younger, but a little. He's telling me how he decided to go into his line of work, and he wants to use his hands when he talks. But his hands tremble. I mean, they won't keep still. "This has never happened to me before," he says. He means the trembling. I tell his I sympathize. I tell him the shakes will idle down. And they will. But it takes time.
    --Raymond Carver,Where I'm calling from,Where I'M CALLING FROM : NEW AND SELECTED STORIES,RANDAM HOUSE,New York,1989,pp.278.

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現代アメリカを代表する短編の名手。レイモンド・カーヴァー(Raymond Clevie Carver Jr.,1938-1988)の名作選(I'M CALLING FROM : NEW AND SELECTED STORIES,1989)を先ほど、読了しました。

これで、カーヴァーの原著はだいたい押さえることができました。

日常生活でのささいな挫折や孤独感、かえりみられることない生活の「隙間」を鮮やかに描写する現代の作家は「カーヴァーをおいて他にはいまい」……などとほくそ笑んでしまうわけですが(苦笑)、なかなかたのしませてくれるものです。

先ずはありがとうございます。

ホント、カーヴァーの言葉は、ひとつひとつを彫刻刀の手作業で紡ぎ出したような感がなんともいえないんです。

邦訳もかなりあり、そのほとんどが村上春樹さん(1949-)によって訳出されており、こちらはほぼ完読。原著と比べてみてナニですが、村上さんの訳はその雰囲気をよく表現しているし、原著に忠実でもあるよなアなどと思っていたのですが、まあ、ここにきて、数年かけて原著を追跡していたことがひとだんらくしてしまって、なんだか名残惜しいような・寂しいような複雑な気持ちです。

少し時間あけてからまた紐解こうかと思います。

さて……。
ワタクシは英語教育(英語に限らず外国語教育全般)の専門でもありませんが、自分自身の体験からひとつだけ紹介しておきます。

外国語の文献を読むコツに関してです。

まあ、結論から言えば、これにはコツも王道もヘッタクレも存在しません。

どれだけ読んだかという物量作戦がない限り、ハードルをクリアすることは基本的に不可能です。

しかし、そんなことを言ってしまうと身も蓋もないというの事実です。

ですから、その初手の心得をひとつだけ紹介しておこうかと思います。

それは、「1冊読んでしまう」……というものです。

短いものでいいんです。

自分の興味のあるモノでいいんです。

先ずは何かを一冊よんでしまうことなんです。

だいたい、大学(学部・大学院含め)での授業なんかで扱う外国語というの抄本がほとんどです。よくて作品をひとつだけというところでしょう。

もちろん時間の制約がありますので、1冊をまるまる読むというのは難しいのも実情です。
※とわいえ、僕が学生の頃は、それを強引にやってしまうセンセも存在しましたけど、少数派でしたよね(苦笑

ですから、自分で何かを一冊よんでしまうことなんです。

それによって自信もつくし根気もつくわけですから……。

それを経て、大海へ泳ぎ出すことができると思います。

90分×15回(半期)の授業が畳の上での水泳の練習だとすれば、一冊を自分でとにかく読み通す(少しぐらい分からないところはすっ飛ばしてでも)ということは、プールでの練習というところでしょうか。

これをクリアすることで、海峡横断つうものが可能になると……これはささやかですが僕の経験則ですからすべての人にあてはまるわけではないのだけれども……思うわけですね。

ちなみに僕が最初に完読した一冊というのは、ウィリアム・サローヤン(William Saroyan,1908-1981)の「ヒューマン・コメディー」(The Human Comedy,1943)でした。

まあ、ものは試しにということで、どうぞ。

……などとやっている場合ではなく、今日は勤務校の一般入試の試験監督でしたorz

さっさと寝よう。

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ぼくが電話をかけている場所 【講談社英語文庫】 Book ぼくが電話をかけている場所 【講談社英語文庫】

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Carver's dozen―レイモンド・カーヴァー傑作選 Book Carver's dozen―レイモンド・カーヴァー傑作選

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Where I'm Calling From: Selected Stories (Vintage Contemporaries) Book Where I'm Calling From: Selected Stories (Vintage Contemporaries)

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まっとうなバランス感覚があれば、迷信の付け入る余地はない。

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 まっとうなバランス感覚があれば、迷信の付け入る余地はない。「わしの乗った船に限って難破などせぬ」と言い、直ぐ慌てて木に触れる人がいる。何故そんなことをするのだろうか。次の文を目の前にするからだ。「亡くなった人にX氏がいる。驚くべき偶然で、氏は事故の数日前に、自分は難破の経験がないと語っていた。次の航海で、この発言が悲劇的に否定されるなどと、夢にも思っていなかった」
木に触れた人はどこかでこんな記事を何度も読んだのを思い出したのだ。そう、この記事なら、もしかすると読んだかもしれない。だが次の文は絶対に読んだことがないであろう。「亡くなった人にX氏がいる。驚くべき偶然で、氏は事故の数日前に、自分は難破の経験がないと、語っていなかった」 この文なら、何回書かれても真実そのものを報じたものであったはずだ。バランス感覚を働かせば、出来事の一方のみが記事になれば、それが不当に過大視されてると気付くはずである。
 運命の女神はわざわざドラマチックなことをしようとはしない、というのが真実である。仮に、諸君や私が生殺与奪の力を手にしたとしたら、人目に立つような派手なことをしようと試みるだろう。例えば、なにげなく塩をこぼした人が次の週に死海で溺死するとか、五月に結婚したカップルが次の五月に同時に死ぬとか。しかし運命の女神は、人間が考え出すような小賢しいことを考え出すような火間はない。仕事を堅実に散文的にこなしてゆくのみであり、通常の確立の法則によって時々あっと驚かせるロマンチックなことをなすのである。迷信がはやるのは、偶然起きたドラマのみが報じられるからに過ぎない。
 しかし、禍を回避するまじないもある一方で、積極的に幸福を招くまじないもある。私はこの種のまじないは信じている。と言っても、蹄鉄を家の中に吊っておけば幸運が舞い込むと信じているのではない。人がそれを信じるのなら、蹄鉄を吊ればたぶん運が開けるだろうというだけである。もし自分が運命に恵まれると信じれば、にこにこして仕事に励むだろうし、災害があっても微笑して我慢し、微笑を浮かべて再スタートを切るだろう。そうすれば、自然に幸福になれるというものだ。
(Superstition)
    --ミルン(行方昭夫訳)「迷信」、『たいした問題じゃないが --イギリス・コラム傑作選--』岩波文庫、2009年、187-188頁。

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3日は節分でした。

別になにかにあやろうとか思いませんし、それに杞憂されるのも趣味ではありませんので、宅にて神事を執り行うわけでもありませんが、息子殿に“季節感”を体で覚えさせるために……真冬でも西瓜が売っているかと思えば、真夏でもみずみずしい大根を手にすることのできるご時世ですから……、こーした「季節モノ」“イベント”を細君は大事にしているようですので、その日は豆を買い求め、恵方巻なんぞも用意していたようですが・・・

こちらはそれを捌くのが市井の商売ですから、こーゆう日に、優雅に家人と季節のイベントを楽しむことはできないという寸法です。

まあ、許しておくんなせえ。

おかげさまで、今年は売れ残ることもなく、豆も恵方巻もヒイラギも完売御礼!

ちょいと飲み屋にひとりでよって先ほど帰ってきた次第です。

まあ、何かによって禍を回避するでもなく、その逆に幸福を招くことに右往左往するでもなく、日々、ほほえみを浮かべて再スタートをきる一日一日でありたいものです。

「まっとうなバランス感覚があれば、迷信の付け入る余地はない」わけです。

まあ、そのためには酒が必要不可欠ということで、今日はひさしぶりに純米吟醸酒「純米吟醸 備前雄町 瀧自慢」(瀧自慢酒造(株)・三重県)にて最後の〆をして沈没しようかと思います。

お米のゆたかな優しい味わいがなんともいえません。

先月末、大阪へ出張した際、いただいたものですが……、はい、ありがとうございましたw

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刺戟があたえられているとき、抵抗することができず、かえってそれに従わざるをえないということ

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 報賞と刑罰で人間をあやつる時代は、低級な、まだ原始的な種類の人間を眼中にしている。これは子供の場合にみられることである・・・
 私たち後世の文化のただなかにおいては、その宿命と退化とは、報賞と刑罰の意味を完全になくしてしまう何ものかである・・・このように行為が賞罰を見越すことによって真に決定されるということは、若々しい、強い、力に満ちた種族を前提とする。老衰した種族においては衝動は抵抗力を失っているので、たんなる表象ではまったく無力なのである。--刺戟があたえられているとき、抵抗することができず、かえってそれに従わざるをえないということ、デカダンのこの極端な過敏性が、そうした刑罰・改善の体系を完全に無意味なものにしてしまう。
    --ニーチェ(原佑訳)『権力への意志 下 ニーチェ全集 13』筑摩書房、1993年、255頁。

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海のそとでは、世界史的な大事件が予断を許さぬ状況で推移し、そして国内的には自然災害やら疫病の流行、そして今後30年を占う社会保障と税の問題の検討がつづくなかで……、本当は考えなきゃいけない・詳しく知らなければいけない事案が山積であるにもかかわらず、、、そうではない報道が大半を占めるという本朝の軽佻浮薄な状況というものは、本当に「なんたるちあ」なのではないかと、脱力度百%となってしまいます。

相撲の八百長なんかどうでもええやないか……というのが正味のところです。

ホントに……ねぇ。

しかし、ここで脱力度百%になってしまうと民主主義「ごっこ」を演出するシステムと担当者の思うつぼになってしまいますので、「各員一層奮励努力セヨ」……というところでしょうか。

民衆には「刺戟」を与えておけばなんとかなる……という発想がすでに時代遅れなのだけれども(苦笑、……ねぇ。

まあ、こちらは、そうおもわれているように振る舞いながら、着実に時代を変革すべき足下を掘りつつ、小水石を穿つでいこうかと思いますよ、ホント。

気が付けば、梅のつぼみはおおきくなっているんです。月末の開花を目指してネ。

些細かもしれませんが、「あきらめない」人間の一歩一歩の歩みも同じだとは思いますヨ。

ふふふ。

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ニーチェ全集〈13〉権力への意志 下 (ちくま学芸文庫) Book ニーチェ全集〈13〉権力への意志 下 (ちくま学芸文庫)

著者:フリードリッヒ ニーチェ
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ギリシア哲学のロゴスとキリスト教のロゴスについてのスケッチ

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ギリシア哲学のロゴスとキリスト教のロゴスについてのスケッチ

以下でいくつかのキーワードの辞書的定義を紹介しますが、ギリシア哲学のロゴス観とキリスト教のロゴス観の大きな違いは、前者がいわゆる「ロゴス」(言葉・理性・理法)を示すだけであるのに対して、後者はもともと「出来事」をも意味する言葉であったことにあるかと思います。

旧約でいえば、それは「言葉」と「事柄」の二重拘束です。
義なる神の言葉がこの世にどのように顕現していくのかという歴史認識がユダヤ教を貫いておりますが、これが言語として示される事態が「預言」であり、聖書はその「記述」ということになります(⇒神の言葉)。

それがどのようにリアリティをもったものとして顕現していくのか……というのがユダヤ教を超克する宗教運動としてのキリスト教、すなわち神の子としてのイエス・キリストの存在(キリスト論)になるのだろうと思います。

先に「言葉」と「事柄」の二重拘束という事態に言及しましたが、前者はギリシア風の「理性・理法」という性格はもともとは貧弱です。

しかしヘレニズム期のキリスト教の登場が、ここに新しい風を迎え入れることになるというとです。

よくいわれますがヘブライズム(ユダヤの知恵)とギリシアの知恵の対面という事件です。

この「理性」「理法」という意味が加味・強調されることにより、ユダヤ=キリスト教の人間観・世界観が大きく転回するというわけですが、三位一体の理論的整備なども、私見になりますがギリシア哲学抜きには考えられないでしょう。
もちろんその影響を過度に評価することは早計ですけどね。なにしろ新プラトン主義との出会いによる変容(それを変容といっていいかどうかは定かではありませんが)もありますので。

しかし、いずれにしても、たとえば、東洋における仏教で扱われるような言葉とは扱い方が異なる側面は多々あるかと思います。理性・理法という意味、そして宗教的な力を象徴する意味でのロゴス観は共有しているかと思いますが、イエス・キリストの出来事としてのロゴスという発想は、東洋にはあまり散見されないのではないかと思います。

参考までに岩波書店から出ている(教派色が薄い)『岩波 キリスト教辞典』(岩波書店、2002)から「ロゴス」、「ダーバール」、「言葉」の三つのワードの定義を抜き書きしておきます。
※発音記号は省略。

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ロゴス[ギ]logos ギリシア思潮では、言葉、理性、宇宙の理法などを、聖書的世界では言葉以外に特に出来事を意味する。聖書においてギリシア語のロゴスに相当するヘブライ語のダーバールdabarは言葉と出来事を意味し、預言者の預言やアブラハムが生きた出来事〔創15:1〕に示される。新約でロゴスは受肉した神の言(ことば)としてキリストに収斂する〔ヨハネ1:1-18〕。このロゴスは旧約ですでに様々に顕現していた〔ヘブ1〕が、今やイエスの言葉や生の出来事がロゴスあるいはレーマである〔ルカ1-2〕とされる。パウロにとっては<十字架のロゴス>はギリシア人の知恵にまさる知恵であった〔Iコリ1:18〕。すなわちロゴスこそ信じる人を生かす霊的生命なのである〔ヨハ6:63〕。
 ギリシア哲学にあって対立流転する現象の中で一切を統合する理法をロゴスとして洞察したのはヘラクレイトスであり、後にこれを承けストア学派は、宇宙生成の理法<種子的ロゴス>を説いた。他方問答法(dialogos)の祖ソクラテスの系譜に連なるアリストテレスは人間をロゴス(言葉、理性)的動物と定義し、後のキリスト教の理性的人間像に大きな影響を与えた。
 以上の聖書とギリシア思想のロゴス概念は教父。中世時代を経て統合・展開された。最初のキリスト教哲学者ユスティノスは、人類にまかれた諸真理が真理自体であるロゴス・キリストを分有する種子的ロゴスだと看破した。この神学ヴィジョンに基づき神=人的ロゴス・キリスト論、三位一体論と言による子の規定、言による世界創造論、言たるキリストの照明による認識(照明説)、神の似像である理性(ratio)的人間像、知的神秘主義などが形成された。近代以降、ロゴスは様々な仕方で思想、宇宙観、文芸などに影響を与えた。人間理性が神の座につくと(デカルト)、諸民族の歴史を支配する絶対精神にまで高められた(ヘーゲル)。その結果歴史は理性によって無限に進歩をとげるとされ、宇宙自然の理法も物理科学的法則にとってかわられた。
 現代文明ではこうした自然や他民族の征服が、西洋文明の根幹であるロゴス中心主義の帰結として深刻に批判されている。キリスト教に本来的に伏在する生命的ロゴス観が今日躍動することが期待されている。⇒神学、キリスト論。 〔宮本久雄〕 1230-1231頁。

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ダーバール [ヘ]davar 語られたものとしての「言葉」とそれによって語られる「事柄」の双方を意味する語。旧約聖書では特に<神の言葉>がこの語によって表される。それは一方で、義なる神の絶対的な法的意志・命令として律法(より適切には「戒め」)を意味し〔出20:1;申8:3〕、他方では歴史における神の意志の告知として預言〔エレ1:9-13;エゼ3:4-9〕をなす。預言の言葉は単に未来の出来事を予告するだけでなく、自ら歴史に働きかけて出来事を想起させると考えられている〔イザ9:7;55:10-11〕。このような神の言葉は同じ「言葉」を表すギリシア語の「ロゴス」の理論的、主知的、かつスタティックな精確と際だった対象をなしており、ユダヤ的知恵とギリシア的知恵を対比する場合にしばしば引き合いに出される。⇒言葉 〔山我哲雄〕 724-725頁。

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言葉 [ヘ]dabar [ギ]logos [ラ]verbum [英]language 人間は日々言葉を用いて生きている。しかも高度な科学や学問の言葉を発見して文明社会を築いている。さらにそれら言葉自身を反省し研究する言語学を確立している。あるいは文学などを創作し文化を豊かにし、また言葉を神が降臨する聖域として聖典とするかと思えば、逆にマス・メディアの情報や新造語の氾濫の中に思考停止を強いられている。言語こそ、人間の可能性を善くも悪しくも様々に実現・発展させる場である。この言葉の複雑な重層構造や相関関係を以下でまとめつつ、キリスト教の言葉の性格にもふれる。
 日常言語:人間の基本的な生活や相互関係を支える最も多義的で広汎な言葉。言葉の故郷である。自然科学言語:観察可能な自然世界を法則化・説明する理論体系であり、一義的概念を用い調和的整合的性格をおびる。技術力と結合し、物質的世界を支配し文明社会を創造する。人文・社会科学の言葉:学問としては自然科学理論をモデルにするが、他方で価値に関わる言葉をもつ。論理学言語:人間精神がもつ共通の思考形式やその普遍性に由来する人工的言語・記号系。自然科学理論の形式的整合化のため最も用いられる。文学・詩の言葉:心に虚構の世界を織り成して人間の真実に迫ろうとする。科学的一義性の記号や日常生活の言語を超えて、比喩や象徴というような想像を遊ばせ、心の新しい風光を被く言葉が多用される。哲学の言葉:今・ここに魂と世界の根拠(存在、善など)を被く筋道をつける思惟的言語。またこの根拠から拓ける現実世界(自然、歴史、価値など)の有り様を跡づけてゆく言葉。
 宗教言語も、哲学の言葉に似て神仏を探究する思索的用法(神学や論)をもっているが、他方で人間の思惟や言葉を超えて神仏からの恩恵を受ける用法をもつ。例えば、祈りや告白、説教や勧告、祭儀典礼的表現や共同体の規則、修徳行や神秘主義において用いられる言葉などである。キリスト教の言葉は宗教言語に分類されうる。しかしそこでは聖書、殊に自らロゴス=言葉=理性であるイエスの類例ない言葉=ロゴスが核心となっている。それは敵にまで及ぶ愛(アガペー)の言葉、貧しく心砕かれた人々が属する神の国のメッセージ(山上の垂訓)、父なる神への祈り(「アッバ」の叫び)、たとえ話、復活の言葉度人間の心をゆさぶり新たな歴史を創造する福音にほかならない。
 最後に文字言語(エクリチュール)そして宗教的教典の言葉が注目される。西欧にあってはプラトン以来、ロゴス・意味を現在に自己同一的なものとして現前させる音声言語が、文字・書面言語より高い特権的地位を占めてきた。近年デリダなどによって、それが他者より自己同一性を優先させ、理性。男性などの支配を許すロゴス中心主義として批判されてきている。そこから東洋漢字文化の意義が再評価されうる。
 現代の幻想的宗教、大量消費社会、マス・メディアが流すマインド・コントロール的言語の氾濫の只中にあって、しかも多様な文化を担う言語伝承が地球的規模で出会う<時=カイロス>(⇒カイロスとクロノス)にあって、言葉の構造や相互関係および機能を考究しつつ、自閉せずに他者を尊重するキリスト教の言葉がどのように宗教的生命にみちて甦るのか、言語哲学や比較宗教学あるいは神学の諸視点から深刻に問われている。⇒言語行為論、言語論的展開 〔宮本久雄〕 401-402頁。

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江戸兵学の終始一貫した根本的な弱点は、もともと『孫子』がそうであったからでもあるが、海戦という概念を持っていなかったことにあった

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 いったい江戸兵学の終始一貫した根本的な弱点は、もともと『孫子』がそうであったからでもあるが、海戦という概念を持っていなかったことにあった。二百三十年間にわたる鎖国がそれに輪をかけた。なるほど、『孫子』の一部は「水戦」を論じてはいる。しかし、それらはせいぜいが大河での船軍(ふないくさ)であり、今日の軍事用語でいうなら渡河作戦、水辺陣地、橋頭堡の確保等々であり、海彼から渡航してくる軍船を迎撃する、ましてや当方から攻撃を仕掛けるという発想はなかった。だいいち、そんな必要もなかったのである。
 また、荻生徂徠の『鈐録』はその最終章でようやく「水法」に言及し、前々章で紹介したように、「威南塘水軍法」を紹介している。しかし、それはとても主としてこの明代の軍将の著書『紀效新書』から得た知識であって、要点はもっぱら、倭寇の劫掠に備えた沿岸や河口の警固だったのである。軍船といってもとても外洋に押し出して戦闘できるような性質のものではなかった。しかし日本の舟軍とはかなりスケールが違っていたことは、さすがに徂徠も認めていて、「異国ハ大船ヲ用フル二海上二城ヲ構ヘタルガ如クニテ、小舟二乗リテ其舟ニ近付クトキハ、平地ヨリ城ヲ見上グル如クニテ、弓・鉄砲・鎗・長刀ノワザ用ヒルトコロナシ。彼ノ大船ヨリハ、遠ケレバ石火箭ヲ放シ、仏狼機(フランキ)ヲ打ツ。(中略)大河又ハ大洋ニ押出シテハ、大船に非レバ慥(タシカ)ナル働キハナキコトナリ」(『鈐録』第二十)と記しているほどである。
 だが、軍船はただ大きいばかりが能ではない。明代の威南塘が倭寇船と渡り合っていたちょうどその頃、ヨーロッパではまだ帆船時代だったが、各国はすでに有力な艦隊を編成して制海権を競い合っていた。中国も日本もまだそのことを知らない。そのために海戦の概念がなかった、といより想像だにしなかったのである。軍船、いや、軍艦の性能は火力と機動力(航行能率)に比例する。それを艦隊として編成し、開戦論がうちたてられた過程を、いまや古典的な名著となったアルフレッド・マハンの『海軍戦略』(一九一一年、昭和七年海軍軍令部訳、昭和五十三年再刊、原書房)からうかがってみることにしよう。

    --野口武彦『江戸の兵学思想』中公文庫、1999年、288-290頁。

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今後、どのように推移するのかまったく予断を許さないし、ひとつの臨界点を越えた後は、安定するまで長い混沌の時間が続くことは承知なのです。

チュニジアのジャスミン革命をひとつの翠点とする北アフリカでの変革を求めるムーブメントがどのように展開していくのかという点では、できるだけ血が流れないようにと、祈るばかりです。

はっきりしているのは、長期独裁政権の支配というのがナンセンスであると同時に、宗教を利用した一元的価値観の強要独裁というものおなじくらいナンセンスということ。

両者に共通しているのは、生きている人間を人間として扱わないということでしょう。前者は西洋流の世俗主義によって人間を平等に扱う立場、そして後者は宗教的平等によって人間を平等に扱う立場を「建前」として掲げますが、人間そのものが目的とされていない点では同根ですし、ふたを開ければ一族支配(苦笑

結局ソンをするのは民衆という仕組みになっております。
もちろん、くどいですけれども一方に悪なる権威権力を措定し、一方に無辜に民衆を措定するような図式を描こうなどとは思いませんし、それこそがナンセンスであるだけに、そういった極端をさけつつ、多様なひとびとが、どのようにコモンセンスが形成されていくのかは推移を見守るほかありません。

そういう見方をさけつつも、今回の事件は(まだ途中ですが)、ひとつの風穴をあけるようにはなったのではないか……そうは思ってしまいます。

さて……
チュニジアでの出来事、そして継続中のエジプトでの出来事では、ネットメディアの戦略が大きくクローズアップされておりますが、まだこの功罪は今のところ判断がつきません。風聞の粋を出ないところもありますし、小針棒大の感もありますので、おおきくそれに軸足を措きすぎると、過大・過小評価を招いてしまいますのでアレですけれども、ひとついえるのは、政権運営者が思っている以上に、情報というもの果たした役割というのは大きいということは言い切れるのではないかと思います。

facebook、twitterに限らず、衛星放送から古典的なところでいくとラジオや口コミを含め、完全に情報を遮断することは不可能です。

統制国家は、それを「うまくやっている」“つもり”なのでしょうが、おそらくそれは“つもり”にしかすぎないでしょう。

なぜなら統制国家は基本的に、暴力で締めれば済むという人類の歴史と同じくらい古い法則に支配されたパターンを十年一律を旨とするからです。

本朝の状況はさておきますが……、人間という生き物は、そして「支配されている」人間というものは、思っている以上に賢いものなんです。

そのヘンを見落としているのかも知れませんネ。
武装しているところの安心でしょうか。

支配の論理というものは、江戸兵学の陥穽と同じような瑕疵をかかえているのかもしれません。

……などとネ、ふと思った次第。

さて仕事に戻ります。

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