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【覚え書】これは世界七不思議の一つだが……、高崎隆治「『文藝春秋』の戦争責任」。

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 一九四五年(昭和二十年)八月十五日、『文藝春秋』がどれほど悪あがきをしようと、来るべきものは、その日まちがいなくやってきた。
ポツダム宣言の受諾--つまり、天皇が降伏をきめた理由は、「これ以上の惨害を避ける」ということであった、と、一般にはいわれているし、「詔勅」を読むかぎりにおいても、修飾を除けばそういう主旨であると理解される。『文藝春秋』がたとえどれほど妄想のとりこになっていたとしても、この「詔勅」の主旨を曲解することはないであろう。それは天皇の「聖断」だし、少なくとも『文藝春秋』にとって「聖断」は絶対のはずだからである。おそらく、『文藝春秋』は、天皇のその決断を、「人間主義的合理主義的考へ方」として、観劇的に受けとめたに違いない。よもやそれを、「尤もらしい考へ方」とか、「敗戦思想の源泉」とか決めつけることはしなかったはずである。
 これは重大なことだから、『文藝春秋』はよくよく考えなければならない。「これ以上の惨害を避ける為に降伏する」のは、「大日本帝国」のとるべき道であるかどうか、現人神(あらひとがみ)としての天皇の、それは「聖断」「英断」であったのかどうか、『文藝春秋』は頭を冷やして冷静に判断しなければならない。そして判断がついたならば、あらためて次の文章を凝視してみるがよかろう。これは自身のおぼえのある文章のはずだ。
「イタリヤの単独降伏が発表された。盟約を裏切る国は唯それだけの理由で軽蔑すべきである。イタリヤは日独両国や世界各国から軽蔑されるのみでなく、米英からも軽蔑されるのである。(中略)これ以上の惨害を避ける為に降伏するといふ、尤もらしい考へ方の中に敗戦思想の源泉があり、又、この人間主義的合理主義的考へ方に対して劃然として異るものが皇国の戦争であることを改めて知る必要がある」(昭和十八年十月号後記)
私は、ここでもう一度こんどこそは嘘いつわりのない『文藝春秋』の明確な返答を要求する。「これ以上の惨害を避ける為に降伏する」と決断した天皇の考え方は、「尤もらしい考へ方」で、これは「皇国の戦争」にあるまじき「敗戦思想」であるのかどうか、天皇たる者は、日本国民のことごとくが惨死するまで、あくまでも戦争を継続せよと命ずるべきで、たとえ原爆が何十個落ちてこようとも、断じて降伏すべきではないというのかどうか。あるいは、天皇の「聖断」は「聖断」などではなく、大空襲による天皇自身の錯乱狂気の結果だとでもいうつもりかどうか、性根を据えて正直に答えるべきである。それとも『文藝春秋』の後記は、すべてみずからの錯誤・錯乱でありましたと、天皇に対して謝罪するのかどうか。
 それは『文藝春秋』自身の問題だからどういう謝罪の方法をとろうと自由である。だが、『文藝春秋』が神と仰ぐ天皇に対して、八・一五以後今日にいたるまでのこの長い年月、菊池寛以下のスタッフがこのことを謝罪し土下座したという事実はない。彼等はなにもしなかったし知らぬふりをした。いや、天皇などどうでもいいというのなら『文藝春秋』ははっきりそういえばいいのだし、ましてや国民など、おかしくて謝罪などできるかというのならそういえばいい。だが、ここで私のいう「国民」とは『文藝春秋』の読者だということを忘れないで欲しい。念のためにいえば、私はこれを評論家として書いているのではない。あの戦時下における『文藝春秋』の読者としていっているのだ。「雑誌にのせた言論」どころか、自身の判断や意思を記すのが編集後記であるなら、なおさらに「編集者自身が責任を負わねばならぬ」(昭和十六年十二月号後記)はずであろう。
 よもや『文藝春秋』はそれをしも、〈心にもないことでした〉というつもりはないだろうが、かつて洟垂れの中学生だった者に、これだけいわれても黙否する以外にないようなダラシなさを天下にさらして、少しは恥ずかしいとでも思っているのだろうか、なんとも情けない。
 『文藝春秋』はあの戦争の最大の元凶であるがゆえに、天皇よりも軍部よりも、さらさらに突出して最先頭を突っ走っていったのだ。そして気がついてみたら、誰もその後ろに続いていなかったというだけである。その『文藝春秋』が、遂に国民にも天皇にも一言の謝罪もせず、どうやって今日再び市民権を手に入れ、そ知らぬ顔で今に存在するのか、これは世界七不思議の一つだが、その戦後部分は稿ををあらためて追及することにする。
    --高崎隆治「『文藝春秋』の戦争責任」、『雑誌メディアの戦争責任』第三文明社、1995年、66-69頁。

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