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新しいぶどう酒を古い革袋に入れる者はいない。そんなことをすれば、革袋は破れ、ぶどう酒は流れ出て、革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ。そうすれば、両方とも長もちする。

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 断食についての問答
 そのころ、ヨハネの弟子たちがイエスのところに来て、「わたしたちとファリサイ派の人々はよく断食しているのに、なぜ、あなたの弟子たちは断食しないのですか」と言った。イエスは言われた。「花婿が一緒にいる間、婚礼の客は悲しむことができるだろうか。しかし、花婿が奪い取らる時が来る。そのとき、彼らは断食することになる。だれも、織りたての布切れを取って、古い服に継ぎをあてたりはしない。新しい布きれが服を引き裂き、破れはいっそうひどくなるからだ。新しいぶどう酒を古い革袋に入れる者はいない。そんなことをすれば、革袋は破れ、ぶどう酒は流れ出て、革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ。そうすれば、両方とも長もちする。
    --「マタイによる福音書」9:14-17

 断食についての問答
 ヨハネの弟子たちとファリサイ派の人々は、断食していた。そこで、ひとびとはイエスのところに来て言った。「ヨハネの弟子たちとファリサイ派の弟子たちは断食しているのに、なぜ、あなたの弟子たちは断食しないのですか。」イエスは言われた。「花婿が一緒にいるのに、婚礼の客は断食出るだろうか。花婿が一緒にいるかぎり、断食できない。しかし、花婿が奪い取られる時が来る。その日には、彼らは断食することになる。
 だれも、織りたての布から布切れを取って古い服に継ぎを当てたりはしない。そんなことをすれば、新しい布きれが古い服を引き裂き、破れはいっそうひどくなる。また、だれも、新しいぶどう酒を古い革袋に入れたりはしない。そんなことをすれば、ぶどう酒は革袋を破り、ぶどう酒も革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋にいれるものだ。」
    --「マルコによる福音書」2:18-22

 断食についての問答
 人々はイエスに言った。「ヨハネの弟子たちは度度断食し、祈りをし、ファリサイ派の弟子たちも同じようにしています。しかし、あなたの弟子たちは飲んだり食べたりしています。」そこで、イエスは言われた。「花婿が一緒にいるのに、婚礼の客に断食させることがあなたがたにできようか。しかし、花婿が奪い取られる時が来る。その時には、彼らは断食することになる」。そして、イエスはたとえ話をされた。「だれも、新しい服から布切れを破り取って、古い服に継ぎ当てたりはしない。そんなことをすれば、新しい服も破れるし、新しい服から取った継ぎ切れも古いものには合わないだろう。また、だれも、新しいぶどう酒を古い革袋に入れたりはしない。そんなことをすれば、新しいぶどう酒は革袋を破って流れだし、革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れねばならない。また、古いぶどう酒を飲めば、誰も新しいものをほしがらない。『古いものの方がよい』と言うのである。」
    --「ルカによる福音書」5:33-39
    ※すべて新共同訳

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イエスのひとびとへの語りかけというものは、一部族宗教に過ぎないユダヤ教という枠組みを乗り越え、世界宗教(普遍宗教)への跳躍というひとつの挑戦だったから、世界宗教「として」のキリスト教が誕生しました。

新しいパラダイムは、古いパラダイムに準拠します。

だから旧約と新約で聖書となる。

しかし、摂受されるだけと見てしまうとそこが盲点となる。

準拠は脱構築の出発点にしかすぎず、跳躍によってそれが完成されると見て取るしかないんです。

信仰の新たなパラダイムは、古いほうを駆逐する。


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