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「誰かが自分を正しく幸福にしてくれるのではないのです。自分で自分と闘い、自分を少しでもよくしていくしかないのです」。

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今の世の中はどこかおかしいと、誰もが感じています。政治家もおかしい。経営者もおかしい。役人もおかしい。子供たちもおかしい。どこをどう改革するべきか議論も盛んです。それはそれで大いに必要でしょう。
 しかし、社会といっても結局は一人一人の人間ならば、その人間を生み育てるのは母親です。どんな偉い人も、母親のお腹から出てくるのです。一人の心をどう育んであげるか。機構や制度以前に、その「一人」に焦点を当てなければ手遅れになる時代が来ています。
 女子高生や女子中学生までもが、援助交際という聞こえのいい売春行為を平然としています。罪の意識もなく、お金のためなら手段を選ばないということに、恐ろしさを感じます。テレビで彼女たちが「お金がほしい私たちと、若い女の子と遊びたいオヤジがいるんだからいいじゃない」と話しているのを聞き、本当に悲しい気持ちになりました。
 同じインタビューで、彼女たちから「オヤジ」と呼ばれていた男性は、「今の政治家なんかもっと悪いことを平気でしている。それに比べれば自分がしていることはかわいいもんだ。アイツらが変わらない限り、今の日本はダメだ」などと、もっともらしいことを喋っていました。
 今の日本は、ある意味で指導者の質が変わらなければならないことは否定できませんが、やはり自分で自分をどう変えるかを忘れてはいけないと思います。誰かが自分を正しく幸福にしてくれるのではないのです。自分で自分と闘い、自分を少しでもよくしていくしかないのです。
 遠回りなように思えますが、結局、一人の人間が、自分で自分を変える闘争を開始しないと何も変わらないのだと痛感します。そして、人間は闘争すれば変われるのだということを、自分も闘いながら、人に伝えていかないといけないのです。
 彩花が生まれていなかったら、もともとエゴの強い私は、とてもいやな人間になっていたと思っています。彩花に教えられ、ハッと気づかされ、自分で自分を軌道修正したことがどれほどあったでしょう。
 子供を産んだところで、親である私たちが人間というものの質において、どれほどわが子にまさっているといえるでしょうか。
 そうであるならば、親自身が、自分で自分の歪みと闘い続ける姿勢を見せていくことこそ、最高の教育だと思うのです。
 平凡な人間であったとしても、世の中に歪みに無関心にならず、世の中を歪みと闘おうという意志を子供に見せ続けることが大切だと思うのです。
 大人たち、なかんずく、私たちの母親の責任は重大です。
    --山下京子『彩花へ 「生きる力」をありがとう』河出文庫、2002年、142-144頁。

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今、もういちど、『彩花へ 「生きる力」をありがとう』を読み直しております。

1997年の「神戸連続児童殺傷事件」の被害者のお母様が事件後、その心境を綴った一冊です。

天災も人災も「いやおうなく」襲ってくるものであることは理解しております。
だから、それをどのように受容していくか、そこが大切になってくる……だから読み直した次第です。

しかし、それが一種の諦念になってしまうと、防ぐ手だてを講じないままにもなってしまうというものです。

だからこそ、現実を正面から受容しつつも、何から手を付けていくべきなのか考えることが必要なんです。

正直なところ、日本政府は機能していないし、政治家ども馬脚がチラホラ見え始めておりますし、まさに「アイツらが変わらない限り、今の日本はダメだ」というのはごもっともであります。

しかし「アイツらが変わらない限り、今の日本はダメだ」という判断を下すまえに、「一人の人間が、自分で自分を変える闘争を開始しないと何も変わらない」というのも事実です。

よくいわれますが、人間は自分自身を見つめ直すことがもっとも苦手な生き物だそうです。

たしかに、自分自身のorzなところを直視することは疲れますし、嫌なものです。

しかし、ときどきそれを点検しながら、「自分で自分の歪みと闘い続ける」ことは必要不可欠でしょう。

確かに「アイツらが変わらない限り、今の日本はダメだ」というのはごもっともです。
そのことは徹底的に追及し、変革への烽火を挙げていくべきです。

しかし、それと同時に、「一人の人間が、自分で自分を変える闘争を開始しないと何も変わらない」のも事実です。

自分が変革できずして、相手を変革できるわけがないじゃないですか。

だからこそ、僕はいまこそ「人間は闘争すれば変われるのだということを、自分も闘いながら、人に伝えていかないといけない」と思う。

他人事として論評する時代はもはや終わった。

さあ、なすべきことに着手しよう。

「誰かが自分を正しく幸福にしてくれるのではないのです。自分で自分と闘い、自分を少しでもよくしていくしかないのです」。

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