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「文明とは人の安楽と品位との進歩をいうなり。またこの人の安楽と品位とを得せしむるものは人の知徳なるが故に、文明とは結局、人の知徳の進歩というて可なり」

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……然らば即ち何事を指して文明と名るや。いわく、文明とは人の身を安楽にして心を高尚にするをいうなり、衣食を穣(ゆたか)にして人品を貴くするをいうなり。あるいは身の安楽のみを以て文明といわんか。人生の目的は衣食のみにあらず。もし衣食のみを以て目的とせば、人間はただ蟻の如きのみ、また蜜蜂の如きのみ。これを天の約束というべからず。あるいは心を高尚にするのみを以て文明といわんか。天下の人、皆陋巷にいて水を飲む顔回の如くならん。これを天命というべからず。故に人の心身両ながらその所を得るにあらざれば、文明の名を下すべからざるなり。然り而して、人の安楽には限りあるべからず、人心の品位にもまた極度あるべからず。その安楽といい高尚というものは、正にその進歩する時の有様を指して名けたるものなれば、文明とは人の安楽と品位との進歩をいうなり。またこの人の安楽と品位とを得せしむるものは人の知徳なるが故に、文明とは結局、人の知徳の進歩というて可なり。
    --福澤諭吉(松沢弘陽校注)『文明論之概略』岩波文庫、1995年、60-61頁。

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福澤諭吉(1835-1901)は周知の通り、新しい文明の唱導者、啓蒙思想家として有名であり、その事実を否定することはできません。

そして『福翁自伝』では次のような有名なエピソードもあります。すなわち、少年時代ですが、神社のご神体を見たら目が潰れると言われていたけれども、どうしても見たくなって、ある時、祠を開いて覗いてみたら、それはただの石だった。そして、それから数日経っても何も災難が起こらなかったので、今度はその石を庭石と取り替えてみた……。しかし村の人々はそれからもありがたく拝んでいた……という話です。

この挿話に見られるように、徹底した世俗主義者・合理主義者・反権威主義者であるからこそ、物質文明としての理知を窮めることを第一とし、文明開化を唱導したという福澤像が形成されたといっても過言ではありません。

また福澤自身もそのことを全く否定しておりません。福澤にしてみれば、儒学的徳論はむしろ権威主義を招く陋巷にほかなりません。

しかし、だからといって、では物質一元論的還元主義者だったのかといえば、一慨にそうだと首肯することもできません。

「痩せ我慢の説」や新政府との対応でみられるように、福澤諭吉とは、基本的には、絶妙なバランス感覚の上に自説を展開し、何かに拘泥してしまうことを慎重に退けた人間というのがその真相でしょう。

何かに拘泥してしまうことを「惑溺」と福澤は表現し、そのことを極端に廃したわけですが、そこからまた別の福澤に対する一面的な評価(風見鶏的なそれ)が出てくるわけですが、ここではひとまず置きます。

さて……戻ります。
福澤は旧態依然とした封建主義的徳論を「親の敵」とまで表現して、徹底的に対峙し、西洋文明の導入につとめたわけですが、新しい文明か、それとも旧態依然とした文明の対決かという二極構造を演出し、前者をのみ「正しい」ものとして示して見せたわけではありません。

その消息がうえに示した福澤の文明論の集大成ともいうべき『文明論之概略』に見て取ることができるというものです。

確かに、福澤の見た文明は、人力から蒸気へ、幕府から政府へ、暗記から理学への展開であったわけですが、それが文明の総てではないという眼差しを見て取ることが出来るかと思います。

「いわく、文明とは人の身を安楽にして心を高尚にするをいうなり、衣食を穣(ゆたか)にして人品を貴くするをいうなり」。

「文明とは人の安楽と品位との進歩をいうなり。またこの人の安楽と品位とを得せしむるものは人の知徳なるが故に、文明とは結局、人の知徳の進歩というて可なり」。


そして文明というのものをそうした単純に見ていたのは現在の吾々の眼差しであり、二元論的に文明と徳育のようなものを対決させてきたのは現代の吾々かもしれません。

文明とは何か。
たしかにそれはテクノロジーであり、技術であり、電気であったりします。
しかし重要なことは、「そのことが人間にとって何を意味するのか」そのあたりの省察が散逸してしまうと、それは文明とは全く以て似て非なるものになってしまうのかも知れません。


人間の問題と切り離して文明を議論してきたことに問題があったのかも知れませんね。


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