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「呪術は、人が事物にも人間にも命令できる、ひとつの観念」ですけども・・・

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 接触もなく、媒介者もいなくて、いろいろな結果を生みだす可能性が、もし呪術だとすれば、あらゆる権力は、現に生きている呪術だと言ってよいだろう。そこでは事物は、すっかりまたたちまち柔軟なものになってしまう。ところで事物そのものは、別に従順とかそうでないとかいったシロモノではない。だからこれを動かすには、やはり力が必要となる。またこの力をどこに適用するかが問題となる。巫者の呪禁にしても、なにかきまった操作が加わらないと、その効目が現われない。ところで人間は、事物よりも柔軟な存在なので、かれらの多くは、言葉や合図で手に入れることができる。これほど簡単なものはない。が、とにかく呪術は、人が事物にも人間にも命令できる、ひとつの観念だといってよいだろう。
    --ロジェ・カイヨワ(内藤莞爾訳)『聖なるものの社会学』ちくま学芸文庫、2000年、79頁。

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国家が巫者であり、その拡散者がメディアであることは、現代社会の仕組みにおいて否定できない事実です。そのことに賛成しようとも反対しようとも。

しかし、巫者が巫者の役割を放棄し、メディアが巫者を自認してしまっているのがこの数日の出来事かもしれません。

しかし、ひとりひとりの人間は、巫者や拡散者が想定しているよりも、たやすく操作される存在でもありません。

ただし、ふりまわすことはいい加減にやめてほしい。
何が必要で、何が不必要なのか。その感覚を取り戻すために、人間を人間として眼差すしかない。

その原点に立ち返って欲しいと切に願う。

人間は数字や物量でカウントして、OKとする発想は、決して人間を幸福にすることはない。

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