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独創性や創造性といったものは、鎖国的な根性から生まれてくることはない。かならず世界との交流からうまれてくる……。

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 斯くて慶長頃の人としてロドリゲース、幕末頃の人としてはホフマン博士、之が日本語学界に於る二大偉人と称する事が出来ます日本人としての日本語学界の大先覚者大槻文彦を初代の校長として有する我が一中は、先生と共にまた西洋の二偉人を記憶するも強ち無用の事ではないと思ひます。只私の記述が粗略に過ぎて十分に二偉人を伝え得なかつたことは、私の呉々も遺憾とする所であります。
    --吉野作造「西洋人の日本語研究」宮城県仙台第一中学校学友会、大正十二年、10頁。

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吉野作造(1878-1933)が母校の宮城県第一中学校(現・宮城県仙台第一高等学校、吉野当時・宮城県尋常中学校)の創立30周年のとき、記念文集に寄稿したのが「西洋人の日本語研究」という小文です。

内容は、キリシタン時代からの明治最初期にいたる西洋における日本語研究(日本語学習の便覧や辞書)を概括したもので、吉野が在学時の校長で、『言海』の編纂者・大槻文彦(1847-1928)をリスペクトする内容としてまとめられております。

かならずどこかに世界との繋がりを意識してまとめている吉野の様子が、たった10頁の短い作品からもうかがえます。

独創性や創造性といったものは、鎖国的な根性から生まれてくることはない。
かならず世界との交流からうまれてくる……。

当時の中学生(現在の高校生)に対して、日本を誇ろうとするだけでなく、さりげなく世界との有機的な関係を示唆するところは、世界市民の吉野作造らしいですね。

右傾化の厳しい昨今ですが、歴史の健忘症を発症してしまったはだかの王様になってしまうのではなく、世界と有機的に繋がっている自分でありたいと願うものです。


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