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何らかの弁明の理由がありうるとしても、奴隷制が、奴隷や社会にとっての不利益を十分に上回る利益を奴隷所有者にもたらすということは、決して奴隷制についての弁明の理由ではありえない

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 奴隷制の一定の黙認が正当化されているか、あるいは多分それよりはましであろうが、その弁明の理由があるという状態を検討してみるならば、これらの状態がかなり特殊な種類のものであることがわかる。おそらく、奴隷制は過去から受け継いだものとして存在しており、それを徐々に取りこわしてゆくことが必要であることもわかるであろう。時には、奴隷制が、以前の制度よりも一歩前進したものと考えられることもあろう。さて、特殊な状況の下での奴隷制については、何らかの弁明の理由がありうるとしても、奴隷制が、奴隷や社会にとっての不利益を十分に上回る利益を奴隷所有者にもたらすということは、決して奴隷制についての弁明の理由ではありえないのである。このような仕方で論じる人は、おそらく途方もなく的はずれな議論をしているわけではないが、道徳的な誤りをおかしているのである。道徳的諸原理の序列についての彼の考え方には混乱がある。というのは、奴隷所有者は、彼自身の認めるところによっても、奴隷所有者として彼が受けとる利益については、いかなる道徳上の権利ももっていないのである。奴隷と奴隷所有者の双方の各々の地位の基礎を成している原理を、奴隷が承認する用意がないのと同様に、奴隷所有者も、それを承認する用意はないのである。奴隷制は、彼らが相互に承認しあうことのできる諸原理と合致しないのであるから、彼らは各々、奴隷制が不正義であるということに同意すると想定されるであろう。奴隷制は、承認すべきでない要求を承認し、そうすることによって、拒否すべきでない要求を拒否するのである。それ故、自分達の共同の実践の形態を論じている一般的状態にある人々の間では、ある実践が、これらのまさに拒否されるべき要求を容認しつつ、それにもかかわらず、それが現存の諸利害に一層効率的に適合しているということは、その実践を支持する理由としては提示されることができないのである。それらの要求の充足は、まさに要求の性質からして、重要性をもたないものであり、利益と不利益のどのような一覧表の作成にあたっても記入することのできないものである。
 さらに、道徳の概念から、奴隷所有者が、奴隷に対する自分の地位は不正義であると認めるかぎりにおいて、奴隷所有者は自分の要求を押しつけることを選ばないであろう、ということが導き出される。奴隷所有者が自分の特別の利益を受けとることを欲しないということは、彼が奴隷制を不正義であると考えていることを示す方法の一つである。それ故、彼らのために実践が設計されており、実践の利益が彼らのところへ流れてゆく、そのような人々が、その利益に対していかなる道徳上の権利をももたないことを認め、その利益を受けとることを欲しないならば、その場合、ある実践のもたらす不利益よりも利益の方が大きいということが、その実践をもつことの一つの根拠である、と立法者が考えるのは誤りであろう。
 これらの理由により、正義の諸原理は特別の重みをもっている。そして、欲求の最大限の充足という原理との関連では、自分達の共同の実践の理非を論じる人々の間の一般的状態において引き合いに出したように、正義の諸原理が絶対的な重みをもっている。この意味において、正義の諸原理は偶然的なものではない。これは、正義の諸原理を実際に満たしている実践については、功利主義的な意味での効率という一般的仮定(それが存在すると仮定して)によって説明することのできる説得力よりも、正義の諸原理の説得力の方が大きいという理由によるのである。
    --J・ロールズ(田中成明訳)「公正としての正義」、田中成明編訳『公正としての正義』木鐸社、1979年、61-63頁。

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「不正義」であるのは奴隷制だけじゃないでしょうねえ。

奴隷制以外のその他もろもろの考え方のなかにも、「不正義」であるにもかかわらず一定の「弁明の理由」があるから「正義」とはいわないまでも「不正義」ではないとするマヤカシの議論で本朝は充満しているようですね。

がっくしorz


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