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理想主義と現実主義という二つの思考軸の交差する空間に定位し展開するということ

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まず吉野の思想は、理想主義と現実主義という二つの思考軸の交差する空間に定位し展開していたと考えることができるかと思う。前者、理想主義の思考軸によって位置づけられるものとしては、何よりも彼が情熱をこめて説いた人間性についての信頼、たとえば「吾人は人類を信ずる。適当の機会に置けば其性能の限りなく発展してやまざることを信ずる」(「無用の干渉」一九二四年五月、『公人の常識』三二-三三頁)という彼の信念などはそれであろう。この信念は、根底において彼のキリスト教信仰に支えられるものであったが、彼の生涯を通じて変わることのなかった言論の自由、思想の自由、良心の自由など人間の内的領域の自由を擁護するための多彩な主張を可能にした。それは、米騒動についての報道をめぐる大阪朝日事件(白虹事件)、森戸事件、治安維持法批判などに代表されるが、そこではたとえ思想的立場を異にする場合でも、内面的自由に対する権力の介入についてきびしく対決する姿勢をつらぬいたのであった。
 また彼の理想主義的立場は、維新いらい朝野を問わず日本を支配してきた富国強兵的価値観を排して、個人の人格の進歩向上、あるいは文化的価値の創造を究極の価値尺度とする人格主義・文化主義の哲学として彼の思想の一つの特質を形づくった。それは、国家の自己目的化と国家への無条件的服従を当然のこととして求めるそれまでの国民道徳観念の転換を意味する点で注目すべきものがあった。
    --松本三之介『吉野作造』東京大学出版会、2008年、343-344頁。

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ところで他方、現実主義的思考にかかわるものとしては、何よりもその師小野塚から受け継いだ実証的な政治学が挙げられよう。国家についての法的・形式的な組織を主要な考察の対象とする政治学に代えて、国家の現実の動態を社会的な視点から考察する方法を目指した小野塚の政治学は、そのまま吉野の現実政治を捉える視座を形づくった。「私の立論の基礎はつねに政治の実際に即して漸次的改革を策する態度にある」(「統帥権問題の正体」一九三〇年六月)という彼の言葉はそれを示している。主権の法的主体の問題を避けて、もっぱら主権の実際的運用を問題とした吉野の民本主義に代表される立憲政治論は、まさしく「政治の実際」に即した彼の現実主義的所産であった。
    --松本三之介『吉野作造』東京大学出版会、2008年、345頁。

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何度も書いているかもしれませんが、だいたい、世の中に一番多いパターンというのが、理想主義のみに惑溺するパターンと、現実主義を嘯くパターンというふたつの両極ではないかと思います。

前者は連合赤軍事件を、後者はヘルメットを被った学生さんが就活に入るや否や、運動から「卒業」する事例に眼をやれば、その落とし穴を見て取ることが可能です。

本当に必要なのは何かといえば、その両方なのですが、ひとはときとしてどちらか一方に重点を置いてしまう生き物なのかもしれません。

その両者をたくみに生き方に転換したのが、吉野作造(1877-1933)の歩みではないかと思います。

さて……。
吉野において理想と現実を交差させるひとつの翠点は何かと問うた場合、それは「ひとにたよらない」という生き方ではなかったかと思います。

もちろん、協力を要請したり、連合したり、さまざまな知恵はぎりぎりまで絞って奮闘いたします。しかしながら、「あのひとにたのんでおけば大丈夫」「組織の力にまかせておけばOK」という精神でものごとにあたらなかったことが、その生涯からみてとることができます。

先に「ひとにたよらない」と表現しましたが、これは「だれかを宛にしない」生き方といってよいでしょう。

もちろん自分一人できないことも存在します。

しかし、吉野作造はぎりぎりまで自分で挑戦し続けた……そこにキリスト教神学研究者としての自分もキリスト者・吉野に惚れ込んでいるのかもしれません。

さて……。
本日は細君の誕生日ですから、(贈答品は用意しましたが今日届かないので(涙))、、、花ぐらいは準備しました。

できることはきちんとやっていく……これは大切かもしれません。

思っているだけではだめなんですよ。

形にしないとね(ニヤリ


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