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司馬遼太郎が嫌悪した『だらしない成熟』に向かう日本

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 坂本竜馬も土方歳三も秋山兄弟も、それから彼らが活躍した幕末日本、明治日本もみな青春であった。そうして青春とは突然断絶するのである。竜馬は道なかばで横死し、歳三はさわやかに覚悟の死を受容した。一個の俗人としても、青春は断絶した方が潔く、ぐずぐずと中年男の内部に生き残るのは未練であり、みじめである。
 日露戦争後「だらしない成熟」に向かう日本を、司馬遼太郎という巨大な青春小説家が、ついに書かなかったのは、おそらく生理的理由からである。「普通の、立派な人々」の、やがてとんでもないことに手を染めるという事実を、司馬遼太郎は知りつつ、書きたくなかった。そのため、ことさら日露戦争から敗戦までを特別な四十年、断絶の四十年、「異胎」の跳梁した四十年と強調した。
 それは、大衆を、大衆出身のエリートが主導して悲劇を招来した四十年であった。さらにいうなら、司馬遼太郎の文藝春秋への危惧もまた、会社の青春文化が断絶したのではないかという危惧であり、それは日本近代への不安と共通していた。
 急造の戦車将校であり、めぐりあわせから「戦後」を生きて迎えることのできた司馬遼太郎は、「こんないい社会が僕の生きている間に来るとは思わなかった」という感想を持った。
 <社会そのものが、やたら元気がいいんです。ヤミ屋から大学の先生に至るまですごく元気がよい。陰惨な漢字も、何もかもなくなりましたという悲壮感もなくて、何かとにかく芽生えてくるという感じがありましたね>(『岩波書店と文藝春秋』のうち「司馬遼太郎戦後五十年を語る」)
 戦後の日本人は営々と働いて、日本を復興させた。社会から貧困は駆逐され、その果てにバブル経済があった。どちらも、「普通の、立派な人々」によってもたらされた。
 完全かつ高度な大衆化社会を建設した戦後の日本人は、「自由」を「私利私欲の発揮の自由」と翻訳し、その国民的エネルギーは利益追求へと惜しみなく注ぎ込まれた。その意味では「バブル」もまたたしかに、「青い天にかがやく一朶の白い雲」にほかならなかった。
 やはり歴史と文化とは断絶しないのである。歴史と文化とは、やむを得ず継続するのである。
    --関川夏央『司馬遼太郎の「かたち」 「この国のかたち」の十年』文春文庫、2003年、231-232頁。

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「だらしない成熟」は今も続いているんだろうなア。
これを断絶することによって「成熟した」大人になるはずだし、そのことによって通俗的な言い方で流通する「生涯、青春」というものが実現されるはずなのですが……。


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