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無限に滑車を廻すハムスター

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 実際、我々は極普通の談話においてさえ、快適と善とを区別しているのである。香辛料やその他これに類するものを加えて味を利かせた料理を食べると、最初はなんの考えもなく快適だと言うが、しかしそれと同時に本当は善くないということを認めているのである。こういう料理は、なるほど直接には感覚を喜ばせるが、しかし間接的には--換言すれば、あとあとのことを慮る理性によって考えてみると、快いとは言えないからである。健康というものの価値を考えてみる場合にも、やはりこのような区別に直ぐ気づくのである。健康は、およそ健康な人にとっては直接に快適である(少なくとも消極的には、即ち身体的苦痛がまったく存在しないという点では)。しかし健康を善であると言うためには、さらに健康を理性によって目的に完成させてみなければならない。そうすると健康とは、我々を自分の一切の仕事に進んで従属させるような状態である、ということになるだろう。最後に幸福について言えば、誰しも生活を快適ならしめるものの(その数および持続に関して)最大量を真の善--それどころか最高の善とさえ名づけてよいと考えている。しかしこういう考えに対しても理性は反撥するのである。快適とは取りも直さず享楽のことである。ところで享楽そのものが人間の唯一の関心事であるとするならば、享楽を我々に与えるところの手段に関してやかましい論議だてをするのは、--換言すれば、その享楽は仁慈な自然から受動的に得られたのか、それとも我々自身のはたらきによって自発的に得られたのかを詮索するのは、愚かなことだろう。しかしひたすら享楽するためにのみ生きているような人(そしてこの点にかけてはいかに勤勉であろうも)の存在が、それ自体なんらかの価値を有するなどということは、断じて理性の納得し得るところでない。ましてこの人が、やはり彼同様にもっぱら享楽を求める他の人達の欲求を促進する最適の手段となり、しかもそれが彼等と情感を同じくすることによって相共に一切の感覚的満足を享楽するためとあっては尚さらである。人間は、享楽を度外視しまた自然が彼にたまたま受動的に与えるところのものにいささかもかかわりなく、完全に自由な状態において彼の為すところのもの〔行状〕によってのみ、一個の人格的実在としての彼の現実的存在に絶対的価値を与えるのである。そして幸福は、快適な事共の一切を挙げても、とうてい無条件的に善たり得ないのである。*
 *享楽する責務などということは、明らかに不合理である。それだからもっぱら享楽を目標とするような一切の行為に対するいわゆる責務なるものもまた不合理である。たとえ享楽が、いかに精神的なものとして案出され(或は粉飾され)ようとも、或はまた神秘的な、いわば此世的なものならぬ享楽であるにせよ、やはり不合理なものであることには変りがない。
    --カント(篠田英雄訳)『判断力批判』岩波文庫、1964年、79-80頁。

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別に聖僧でもありませんから、享楽を否定しませんし、享楽という部分がなければ生活に潤いがなくなってしまうということはひといちばい理解しております。

しかし、それをしつづけなければならない……ということを首肯することはなかなかできません。

これは享楽に限定される問題ではありませんけれどもね。

電気を使うために電気を発電し続ける……。
お金を儲けるためにお金を使いつづけていく……。

無限に滑車を廻すハムスターのようで……orz

「ひたすら享楽するためにのみ生きている」ということでは、「いかに勤勉であろうも」それはどこかオカシイと思うのですが……。

ううむ。

ただし安直にそれへのアンチとして「自然へ還れ」という号令も空しい訓戒に等しいわけなんですがねえ。


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