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保守主義的イデオロギー形成のこの第一段階

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……そもそも「具体的なるものの意欲」、社会的当為からの構成に対する嫌悪、直線的時間構成の拒否、土地および有機的団体の強調的体験を意味明瞭なものにさせる中心は、保守主義的体験が、歴史的出来事を今日なお生きている過去の成分から体験し、同時にまたここからその伸張(tension)(心的な緊張方向)を入手しているという事実である。それゆえ、保守主義的に(オリジナルな仕方で)体験するということは、歴史的出来事の過去の状況のなかにその成立根源が基礎づけられている体験中心、つまり近代的保守主義が成立する時代にいたるまで、比較的不変のままに保たれた体験中心から生活することを意味する。というのは、これらの体験中心は、その時まで、近代的諸事件によってまだ揺り動かされていなかった社会的生成の諸領域に、その担い手をもっていたからである。この原初的な生活芽と体験形式とから、保守主義的思考はその充実と、単なる思弁的なものではない性格とを獲得する。
 しかし、保守主義的思考は、このような環境と内的世界との体験に底礎づけられているので、それは特殊な刻印をおびている。したがって原初的保守主義的体験は、その精神的および心的滋養分の源泉をなしている。かの生活芽を、生活圏がなお伝統的なものとのつながりを保っているところにおいて、もっとも早く把えることができる。この原初的保守主義的体験は、それは存在している生活空間のうちにすでに異種の生活態度と思考方法とが出現し、それに対するイデオロギー的防御において自己をはっきりうち出さなければならないときに、反省的になり、その特性を意識するようになる。保守主義的イデオロギー形成のこの第一段階(同時にそれは方法論的考慮の段階)において、保守主義的体験ならびに思考はすでに反省的であり、その運命線はその後、この反省がたかってゆくのにつれてますますはっきりと決定されてくる。
    --カール・マンハイム(森博訳)『保守主義的思考』ちくま学芸文庫、1997年、85-88頁。

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原体験は、バーチャルなものに比べて圧倒的に優位な位置に定位しておりますが、それに対する過度の信仰は、一種のイデオロギーになってしまうことも事実かあ。

くわばらくわばら。


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